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4話 探偵は街を歩く

Twitter上の創作企画「空想の街」(企画設定のwiki→http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品を加筆修正したものです。

作中に企画の設定に準拠した表現があります。

一部、企画の他参加者さんとのコラボがあります。ご了承ください。

「ブックカフェ黒猫」肇‏(@likeanalleycat)さん

「デコ少年と平凡少女」さく(@miriasaku)さん


「空想の街」のまとめはこちら↓

ttp://togetter.com/id/keitoura1123


がちゃり、と木製の扉が開いて、中から初老の女性が顔を覗かせた。

「あら、どなた?」

「始めまして、飯島芽衣と云います」

微笑んで綺麗なお辞儀をした。こういう場合は自分の容姿を最大限に活用することにしている。案の定、品のいい女性はすぐ好意的な笑みを浮かべた。本当の事情は伏せたまま当たり障りのない理由を説明して、下宿用に貸し出している部屋への案内を頼む。

通された部屋には確かに綺麗さっぱり何も残っていなかった。電球もカーテンもないただの空き部屋だ。管理人さんを体の良い言葉で追い返して、僕は部屋の隅々まで調べてみることにした。

ガスコンロ、押し入れ、クローゼットにバスルーム。大して広くない部屋だ、捜索にそう時間はかからない。ここまでする必要があるのか、と思いつつ慎重に部屋を調べる。

数分後、僕は自分の用心深さに感謝することになった。作り付け棚の隙間、普通なら目に着かないような場所に、ペン先が一つ、落ちていた。

鈍色に馴染んだ使い込んであるそれを、指先で摘まんで眺める。これは恐らく物証と思って問題ないだろう。リュカは遥は文系の学生だと言っていた。朝に渡された藍童話の冊子を思い出す。神経質そうな細い線の丁寧な文字。

注意深くペン先をポケットに入れて、踵を返す。見るべきものはもうこの部屋にはないはずだ。

残るのは謎だけだ。遥は何処に行ったのか、なぜ僕らは彼を忘れリュカだけは覚えているのか。

お茶への彼女の誘いを丁重に断って、僕は大学への道筋を辿った。さすがの僕も、嘘の理由で部屋に入り込んだうえにお茶をご馳走になれる程神経は太くない。


石畳を少し強い歩調で歩く。現状の全てが気に入らない。

研究室の扉を勢いよく開けて、苛立たしさに任せて本棚を開いた。超自然科学の文献の揃った棚には、今回の事象の手がかりになるものがきっとあるはずだ。

手を伸ばしかけてふと、遥君の捜索と、リュカの記憶とどちらを優先させるべきか迷う。数秒の逡巡の後、結局僕が手にしたのは記憶研究の本だった。僕や管理人さんの遥君の記憶喪失にも通じるだろう、なんて言い訳を誰にともなくする。

誰に指摘されなくても自覚はあった。昼間彼女を揶揄ったように僕は大概彼女に甘い。学生時代孤立していた僕を明るい方へ引っ張って来てくれたリュカに、僕は未だに厳しくあることが出来ないのだ。

ため息を一つ。どさり、と机に文献を降ろして椅子に座った。


記憶の喪失・捏造は人為的要因(主体の意志も含む)と外的要因(病気や事故)に分類される。この場合、僕らが遥の記憶をどうして失くしたかによって対応が変わってくる。もし名前喪失などの魔法めいた奇病によって遥本人が消えてしまったのなら、僕らの記憶の喪失は恐らくその病気に付随する症状だ。

人為的なものであるのなら、誰がどうやってということになる。僕が思ったように遥本人が僕らの記憶を消して姿を消したか、リュカが言ったように誰かが遥を攫い僕らの記憶を消したか。

現状、記憶を移動・修正する技術といえば魔法(超自然)か催眠術くらいだろう。

催眠や暗示については超自然とは別の分野だ。心理学、僕の専門外になる。そういえば彼は人心掌握について詳しいんじゃなかったか。ふとページをめくる手を止めて、古くからの知人を思い浮かべた。咄嗟に窓を見るが外はもう薄暗くなっている。おそらく彼はもう寝ただろう。浮かせかけた腰を椅子へと戻す。明日リュカと一緒に訪ねてみればいい。

超自然の技術の多くは未だ解明されていない。確かなのは、こう行動すればこういう結果が生まれる、という事例だけだ。とはいえ、事例から出来ることと出来ないことくらいは絞り込むことが出来る。どうやら魔法による記憶操作は遠隔操作の例はないらしい。となると、もし相手が魔法を使う人間なら、まず僕らに近づいてから魔法をかけたことになる。

こうなるとますます失踪説を採りたくなるな。人間関係の狭い僕の記憶を弄れるほど僕に近づくことが出来る人間なんてそう多くはないはずだ。

遠くで鐘の音が響いた。ふと顔を上げると外はすっかり暗くなっていた。文献を置いて思い切り伸びをする。

明日はオダを訪ねて心理学について聞いてみるか。ふと床に落ちていた冊子を拾う。

遥が編集したという藍童話集。彼は一体どこにいるのだろう。僕は彼を覚えていないけれど。無事だといい。そう願った。



ベッドでぼんやり天井を見上げる。開いたままの携帯画面には、芽衣ちゃんからのメールが表示されたままだ。明日、オダさんの家に行く、という文面。了解、と返事を送信する。

行きたくない、なあ。なんだかとても億劫で、溜息が零れた。オダさんの話を聞くのは好きなはずなのに、なんでだろう。しぃちゃん達といた時は治まっていた不安がまた首をもたげている。

なんで私はこんなに不安なんだろう。遥と私の記憶は何処へ行っちゃったんだろう。



「お早う、リュカ」

「お早う芽衣ちゃん」

玄関を開けて笑う芽衣ちゃんがいつも通りで、少しだけ気持ちが軽くなった。我ながら単純である。

「オダのところに行くと言ったけど少し気が変わってね」

「え、行かないの?」

「二手に分かれようと思う。君は街役所に行ってくれないか」

「街役所?」

「入街記録さ」

ひょい、と歩き出した芽衣ちゃんが私を振り向いた。

「遥君がこの街を出たのかどうか調べようと思ってね」

「ああ、そっか」

確かに遥が旅に出たかどうかを調べるのは重要なことだ。オダさんのとこに行かなくてすんで少しほっとする。芽衣ちゃんが訝しげに私を見た。

「なんだか元気がないようだが大丈夫かい?具合が悪いなら休んでいてもいいんだぜ」

「まさか!」

ぶんぶん首を振る。

「遥を覚えてるのは私だけだもん。しぃちゃんたちにも頑張るって約束したし!」

「まあ毎年風邪も避けて通る君のことだ、心配しなくて大丈夫か」

「健康優良児って言ってよねー」

「褒めてるんだよ」

「気持ちが伝わらない!」

頬を膨らませた私を見て芽衣ちゃんがまた笑った。



リュカと再び別れてオダの家へ向かった。オダは“森の人”だ。街の住人とは違う、代々森に住む人々の末裔。親の友人である以上、僕の友人というのは少し違うのかもしれない。けれど理知的な彼と話しをするのは、僕にとっては同世代とお喋りをするより楽しく感じることが多かった。

南区から西区までマルケーと人力を乗り継いで、1時間かけてやっと森へ到着する。彼に会うのは好きだが、遠いのが難点だな、と眉を顰める。自分が出不精である自覚はあるから、余計にそう思うのかもしれないけれども。



オダ:森に住む老人。白髪と緑の目、小柄な体格のいたって物腰穏やかな男性。役所に雇われて森の観測をして暮らしている。芽衣の両親(研究者)の知り合いで、芽衣を古くから知っている。リュカも芽衣を通して知り合った。博識で知識が多い。心理学について造詣が深いのは森の人の特徴でもある。



ミゼン駅から徒歩30分程で、森の端にある素朴な小屋に着く。散歩にはいいのかもしれないが、用事がある時にはやはり少し遠い。

「オダ、僕だ。居るかい」

「芽衣ちゃんか」

入りなさい、という声に従って扉を開ける。木の椅子、木の机、木の棚。すぐ外が森なのに観葉植物まで置いてあるのは相変わらずだ。

オダは机で書き物をしていたらしかった。振り向いて僕を見て

「久しぶりだね」

といつものように笑った。

「今日は一体どうしたの」

「少し心理学について話を聞きたくてね」

こちらに向き直るオダに向かって、僕も椅子に腰かけた。軽やかな会話は僕にとって心地よい。

「へえ、芽衣ちゃんが?珍しいねえ」

「・・・ちょっと厄介なことが起きているんだ。今まで心理学に欠片も興味を抱かなかった僕へのあてつけかい?」

「まさか。好奇心旺盛なのはとってもいいことだよ」

「広い分野はリュカに任せるさ。僕は自分の分野だけ極められれば構わない」

「相変わらずだね。で、出不精な芽衣ちゃんを動かすほどの厄介な事件とやらを、僕に相談しに来たんだ?」

僕を見るオダの目は普段と同じ様で、彼が面白がっているのかどうか僕にはいまいち判別できなかった。もっとも出し抜こうなどと考えている訳ではないから構わないのだが。張り合おうにも役者が違う。

おもむろに立ち上がり、紅茶を入れ始めたオダに軽く現状の説明をした。消えてしまった人がいること、彼の記憶が一人を除いて消えてしまっていること。

「記憶かあ。また難しい問題だなぁ」

「それでオダに話を聞きたくてね。心理的要因で、例えば忘れたいと強く思えば人はそれを忘れてしまえるものなのかい?」

「そうだねえ。解離性障害の一種としてそういった例は存在するよ」

「解離性ね。また特殊な例を出してきたな」

置かれた紅茶を一口含む。

「あるいは自己暗示かな」

「自己暗示か。僕にはそちらの方が可能性は高く思えるが」

「複数人の記憶が消えたのなら、共通して何か忘れたい程の嫌なことが起きたのだ、と解釈することはできるねぇ。もちろん論理上の話だけど」

「遥が、失踪した彼が僕らの記憶を消した可能性は?」

「可能性はあるけど、それなら芽衣ちゃんの”専門分野”だろうに」

「超自然じゃないさ。暗示、催眠についての話だ」

すっかり温くなってしまった紅茶を口に運ぶ。オダは興味深そうに静かに僕と会話していたが、珍しいことに僕はオダのテンポに少し焦れていた。

「催眠術かい?出来なくはないけどなかなか難しいだろうねえ。ある程度時間がかかるし、まず相手を自分の支配下に置くことが必要になるかな。催眠に関してはリュカちゃんが知ってるんじゃないのかい?一時期凝ってたでしょう」

「ああ、半年くらい前のことかい」

そういえば何やら実験台にされた覚えがあった。

「哲学の認識論の授業から興味を持ったとか言ってたな。とっくに別のものに興味は移ったようだがね」

最後に彼女の部屋を訪ねた時は確か歴史書が散乱していた。リュカは印象に反して頭が良い。知的好奇心が旺盛だと言った方がいいだろうか。暗記力もあるし、進学しなかったのは勿体ないと思うのだけれど、彼女には彼女のやりたいことがあるのだろう。

「まあいいさ。オダの見解を聞かせてもらってもいいか?」

「私はアドヴァイス出来る程の能力はないよ。心理学はお家柄、多少詳しいが、超自然の方はさっぱりだからね。精々辞書代わりにしておいておくれ」

「いつもそれだ。魔女と言われた一族の末裔なんだろう。僕は頼りにしてるんだぜ」

いつもの言葉に、肩をすくめて席を立つ。紅茶を流しに持って行くと、背後からふとそれまでとは違った声音が届いた。

「まあ何か分かったら教えて」

振り返る。真面目な顔で彼は言った。

「相談くらいは乗るよ」



街役所は時計塔の傍にある。ちょっと距離はあるんだけど、この通りを歩くのは楽しくて好きだった。中央区は雑貨屋やお店が多くて賑わっている。観光スポットの時計塔の近くだからだろう。

そのせいか、役所のデザインもちょっと洒落た感じになっている。こぢんまりした役所の入り口で守衛さんに会釈をして、奥の一般公開の書類室へ入った。ごそごそと名簿棚を探す。

無駄な手続きがないのは便利だけど、防犯なんかは大丈夫なのかな。利用するのは何度目かだけど、いつも心配になってしまう。

3か月、街の出入り名簿に遥の名前は載っていなかった。ぱらぱらめくってみたけど不自然なところもないと思う。

家出でなくて嬉しいのか、手がかりがなくて悲しいのか自分でもよく分からない。この街の何処かに遥はいるってことなのかな。ため息を落として、少しほつれた名簿を仕舞う。と、手が当たって何冊か落としてしまった。

あわわわわ、と奇声を上げながら名簿を拾う。幸い傷んだものはなさそうだった。早速棚へ戻そうとして

「あれ・・・?」

偶然開かれたのは立ち入り禁止区域の許可申請名簿だった。役所が管理している危険な場所へ立ち入るための許可申請を出した人の名簿だ。そこに、嫌という程見慣れた文字と名前。

「私の名前、」

地盤沈下の名残りを持つ青銅坂、1か月前の日付。私の名前が私の筆跡でぽつんと書かれている。

「休暇中に行ったってこと・・・?」

呟いた声は震えていた。思い出せなかった、なんでそんな所へ行ったんだろう。

冷たい手で名簿を戻して部屋を飛び出した。廊下に私の足音が大きく響く。

「ああ、見つかったかい?」

声をかけてくれた、人のよさそうな守衛さんの前を無言で走り抜けた。

何故だろう、手が震える。思い出したい思い出したい思い出したくない。きっと坂に行ってみた方がいい。早く芽衣ちゃんに知らせなくちゃ。分かってた、分かってたけど私はそれを言わなかった。



頑張る芽衣ちゃんとぐらぐらなリュカ。

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