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2話 誰の記憶が本当なのか

Twitter上の創作企画「空想の街」(企画設定のwiki→http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品を加筆修正したものです。

作中に企画の設定に準拠した表現があります。

一部、企画の他参加者さんとのコラボがあります。ご了承ください。

「ブックカフェ黒猫」肇‏(@likeanalleycat)さん

「デコ少年と平凡少女」さく(@miriasaku)さん


「空想の街」のまとめはこちら↓

ttp://togetter.com/id/keitoura1123


また、一応カテゴリは推理にしてありますが、ファンタジー設定を含むなんちゃってミステリです。その点を留意して読んで頂けるようお願いします。

ぱた、と読み終えた冊子を閉じて彼女は尋ねる様に私を見た。ふわりと、目線に合わせて長いまつ毛が春の陽に透ける。

「で?」

「だからあ、何か思い出さない?」

不満そうな彼女に負けずに口を尖らせてみせる。

壁の本棚には、日に焼けていい感じに飴色になった背表紙が並んでいる。スチールのテーブルに数脚のパイプ椅子。大学の研究室に特有の静かな空気に不似合いな表情で、芽衣ちゃんは軽く肩をすくめた。

手に持ったわら半紙の冊子を振るのに合わせて、色素の薄い彼女の髪が揺れる。

「何も思い出さないって言ってるだろう、しつこいなあ。僕がこれを読んで分かったのはこの冊子の作者は趣味が悪いってことだよ。バッドエンドのものばかり選んでるじゃないか。これは君の編集かい?今度は童話にハマってるのか」

「私じゃないよ。芽衣ちゃんのいう“趣味の悪い作者”について、何か分からないかって聞きたいんだってば」

「知らないものは知らないよ」

ふ、と息を吐いて芽衣ちゃんは困ったような表情になった。う、と怯む。困らせたい訳じゃ、なかったけど。だって。

「芽衣ちゃんならって思ったのに」

うつむくと後ろで結んだ髪が首筋を擽った。

「はあ、」

「ううう」

「そう小さくなるなよ、まるで僕が苛めてるみたいじゃないか。話くらいなら聞くから、頼むから泣き出したりしないでくれよ」

ぽん、と頭にあたたかい手が乗せられて。弾けるように顔を上げる。

「・・・芽衣ちゃんが優しい。奇跡だ」

「で?僕が誰を忘れてるって?」

「あだっ」

途端、頭に乗っていた手が丸められた冊子に変わり、私の頭に直撃した。

咄嗟に頭を押さえて、上目使いに見上げて呟く。

「やっぱ優しくない」



設定


・空想の街

空想の街とは、twitter上で行った創作企画のこと。街の設定に基づいて各個人がその街の住人となり、イラスト、ノベル、ポエム、短歌、都々逸、俳句etc で「空想の街」での出来事を描いて遊ぶというもの。


街の簡単な設定

中心に時計塔を構える。その塔に東西南北の地区がくっつくようにして円形に街が出来ている。

地区の間には水路があり、街には環状線「丸ノ形線・通称マルケー」が通っている。

街の東側は海と隣接。西側は森と隣接。

時計塔が売りのためか、細工や加工の職人が多い街。不思議なことがよく起こる街としても知られている。


・飯島芽衣(19)

流南大学の超自然科学専攻1回生。両親は二人とも高名な研究者。ふわふわした茶髪にくっきりした目の超美人さん。僕っ子で頭の回転が早く記憶力もいい。高校では伝説の生徒会長になってる。リュカは親友。友人は少ない。


・リュカ・ニーデンベルグ(19)

新米時計職人。時計職人の一族で一般にはニーベル一族。進学はしてないが知的好奇心が旺盛で、個人で色々な分野を調べたりしている。飽きっぽく様々なジャンルに手を出しては放り投げてる。黒髪ポニテ猫目の元気っ子。暗記力はいいのに連想力・応用力がないので阿呆っぽい。



「・・・遥」

「うん。数藤遥、男、私たちと同い年で文学研究の為に去年の冬からこの街に来た」

ふー、とため息を吐いて、芽衣ちゃんが閉じていた目を開いた。

「・・・正直に言って覚えはない」

「でもいたんだってば!」

低い芽衣ちゃんの声に、答える声は自然と大きくなる。膝の上の手に力が入った。

「去年の冬に時計塔で出会って、そこから仲良くなって色々話したりお茶したり散歩したり三人でだらだらしたり、」

ぼそぼそ喋る遥の姿が思い浮かぶ。

「人見知りだけど友達増えていっぱい遊んで、なのに誰も覚えてないって、」

「オッケイ」

涙声になる私を芽衣ちゃんが手で制した。

「つまりこういうことだ。リュカには数藤遥という人間の記憶がある、けれど僕を含む彼を知っているはずの人間にはその記憶がない」

「うん」

「ということはだ」

くっきりした茶色の瞳が私の瞳を覗き込んだ。

「リュカが間違ってるか僕たちが間違ってるかのどちらかだろう」

「・・・嘘じゃないよ」

「そんなことはとうに分かってるよ」

眉の下がった私を見て、芽衣ちゃんは呆れた顔をした。

「君は僕の専攻を何だと思ってるんだい」

専攻?と聞き返しかけて、閃く。

「あ」

「超自然科学。ナマエが逃げたり見たい夢を見せる仕組みに理論性を見つける学問だぜ」春の陽が揺れる。

「何らかの形で君に架空の記憶が紛れたのか、はたまた僕らの記憶の方が消えてしまったのか。どちらにせよ僕の専門分野な可能性は高い」

「じゃあ、遥探すの手伝ってくれるの!」

思わず声を上げた私を押しとどめて、芽衣ちゃんは軽やかに笑った。

「当前さ。君の話では彼は僕の友人でもあるんだろ。僕は友人を見捨てるほど冷たくはないぜ」



「じゃあ行こうか」

研究室を出て鍵を閉めると同時に、芽衣ちゃんがスタスタ歩き出した。揺れるスカートを慌てて追いかける。

「行くって何処に?」

「まずは間違ってるのがどちらかを見極めなくっちゃならないだろう?ない記憶を探すよりは、ある記憶の綻びを探す方が楽だ」

ない記憶とある記憶…ってことは、私の遥の記憶の方から疑ってみるってことか。

「私の行動を浚うってこと?」

「そうだな。一番最近のものから日常を辿ってみよう。異常が見つかれば、その時に調べる。まずはリュカがここに来る前に寄った場所からだろうな」

ふむ。と腕を組む。確かに合理的な考え方だ。さすが芽衣ちゃん。って。

「なんでそれで芽衣ちゃんが先導するのよう」

「先を歩くのがどちらなんて些細な問題だろう。どうせ行き先は決まってるんだ」

「ふーんだ。知ったかぶり」

私の言った些細な意地悪に、芽衣ちゃんは振り向いて笑った。

「工房から来たんだろ?髪に硝子粉末が付いてるぜ」


芽衣ちゃんの研究室がある流南大学から、地下街入口までは大体5分。東区のリコリス通り独特の煉瓦道を辿ると、地下への階段が姿を現す。こっち方向から地下に潜るの新鮮だな、って呟いたら、耳聡い芽衣ちゃんに睨まれた。

「いつも仕事帰りに僕の研究室に入り浸ってるのは何処の誰だと思ってるんだい」

「ちゃんとお土産持って行ってるじゃない」

密かにクッキー楽しみにしてる癖に。

地下街は薄暗いものの足元灯のお陰で転ぶ心配はない。くねくねした道の突き当りが私の師事してるニーベル時計工房だ。

「ニーベル氏は遥君とは知り合いだったのかい?」

ふと思いついたように芽衣ちゃんが言った。

「ううん。遥すごく人見知り激しいもん、叔父さん紹介なんて出来ないよ」

「ふうん」

「芽衣ちゃんが、」

遥君って呼ぶとか、なんか変な感じ。足元灯がぼうと明るい色を浮かべている。

「着いたぜ」

芽衣ちゃんがくい、と工房の看板を指した。

工房は、地下とはいえ音が響かないように厚い石造りの構造になっている。足元灯に石がオレンジ色に鈍く光る。工房のドア、なんでかは分からないけどこれだけは鋼鉄製、を踏ん張りながら押し開けた。

「う、おも、いー」

「毎日開けてるんだろう」

「いつもは叔父さんがあけてくれっ!?」

内側からドアが引かれて倒れそうになった体が、誰かに支えられる。ふわり、と嗅ぎ慣れた鉄と火のにおい。

「お前らか」

「ご無沙汰してます」

見上げると仏頂面の叔父さんが立っていた。灰色の短髪に口髭。黙って見下ろしているとそれなりに迫力がある。私は見慣れてるから平気だけどね。

「今日の分は終わったが。おまぇ休みだったろ?」

「ちょっと別件で来たの。作業邪魔しちゃった?」

「いや。入るのか?」

「うん」

「失礼します」

軽くお辞儀する芽衣ちゃんの横をすり抜けて中へ入る。大きい方のライトがまだ付いていて、ああ、本当についさっき作業が終わった所なんだ。続いて芽衣ちゃんと、叔父さんも工房の中へ。

「ここに来るのも久しぶりだな」

「そうだっけ?」

「何度か遊びに来たがね、最後に来たのは去年の秋だ」

「ああ、ハロウィンの時か!」

ぽん、と手を叩くと芽衣ちゃんは肩をすくめた。

「まあ、僕らの思い出話はこの際どうでもいいさ」

かつん、と芽衣ちゃんのヒールがわざとらしく音を立てる。

「わざわざやって来たんだ、雑談は後にしよう」

「はあい」

と言っても、何からやればいいのかな。小首を傾げて芽衣ちゃんを見つめる。叔父さんは中断していたんだろう、片付けの作業を始めていた。

「最近ここに関することで、何か特別変わったことはあったかい?」

「変わったことって言ったって・・・」

くるり、と工房を見回す。いつも通りの機具、棚、原料室。

「そんな曖昧に言われたって答えられないよ」

「言いたいことは分かるが、原因も問題も分からないんだから曖昧にしか尋ねられないだろう」

「ううんん」

そう言われても最近変わったことなんて何もない。時計の依頼も普通のものばかりだったし。

床を見つめて言いあぐねる私に

「じゃあ僕らが遥君を忘れていると気づいたのは何時だい」

「へ?」

「少なくとも、リュカが気づいた時点より前の段階で何かが起きたのは確実だ。異常が起こった時期の特定につながるかもしれないだろう」

「ああそっか。えーと、昨日だよ」

「昨日?」

意外そうな声が返る。

「うん。部屋でごろごろしてて、本を借りてたことを思い出したの。それで返さなきゃって思って下宿に行ったら、」

何もなかった。部屋は空っぽで管理人さんは何も覚えて無くて。胸にぽかりと穴が開いたような気分になる。

「慌てて学校とかに電話して、でも誰も覚えて無くて」

「ふむ」

芽衣ちゃんは首を傾げた。

「広くとってここ2か月といったところか?」

「2か月っていったって何もなかったってば」

変わったことがあったらすぐ思い出すだろうし。ほんとに心当たりはない。

「大体何かあったとしても記憶の病気なら忘れてるんじゃないの?」

「そういうパターンもあるんだろうがね。覚えているかいないかは、確認してみないと分からないだろう。そう文句を言うなよ」

「文句じゃないよ!」

芽衣ちゃんが顔を顰めたので慌ててフォローを入れる。両手をぶんぶん振ってると、叔父さんが私を見て軽く首を傾げた。

「・・・おまぇ1か月前に長期休暇取ったろ」

「え?」

「なんだ。やっぱり何かあったんじゃないか。僕は聞いていないけれど、どこか旅行でも行ってきたのかい?」

「・・・そうだっけ」

「リュカ?」

覚えてない。

「私、休暇なんてとったっけ」

すう、と顔から血の気が引いた。

「・・・覚えていないのかい」

身を乗り出した芽衣ちゃんが、俯いた私の顔を覗き込む。

「・・・うん」

「馬鹿言え。おまぇ2週間休暇取ってなんかゴソゴソやってたやろう」

叔父さんが変な顔をした。

「全然覚えてないや」

へにょん、と自分の眉が下がるのが分かった。

「・・・とりあえず、君の記憶に異変があるということは、僕らではなく君に異変が起きたという可能性が高まった訳だ。人一人の失踪の確率が低くなったんだぜ。元気出せよ」

「・・・うん」

遥の記憶、偽物だったのかなあ。あんなに、仲良くしてたのに。事情を呑み込めてない叔父さんが眉を寄せていった。

「もぅ工房に用がないなら閉めるぞ」

「あ、うん」

「お邪魔しました」

会釈した芽衣ちゃんを見下ろして叔父さんはおう、とくぐもった返事をした。

「よく分からんが明日と明後日は休みだろう。なんかありゃぁ呼べ」

ぽん、と大きな手で頭を叩かれる。勢いで首がぐらぐら揺れて、少しだけ気分がよくなった。

「うん」

私が頷くのを見てから叔父さんはのしのし工房の外へ出た。後ろに続きながら、自然と思考は記憶の方へ向く。

あんなにみんな忘れてるって思ってたのに、自分の記憶が間違ってるかもと分かって、途端に私は不安になっていた。足の下の煉瓦道が急に不確かなものになったような。この記憶は一体なんなんだろう。偽物、の記憶?

「さて、リュカ」

「!」

ふいに右手があたたかくなった。

「実は君に急に連れ出された所為で、僕はまだお昼を食べていないんだ。調べたいことがある。行き先は黒猫で構わないかい?」

芽衣ちゃんが私を覗き込んだ。揺れる髪と、ふわりと春の香り。

「・・・芽衣ちゃんが行きたいなら行ってもいい」

「甘い顔をすればすぐこれだ。偶には僕もリュカに甘やかされてみたいものだね」

でも手は繋がれたままだった。



主人公女の子のいちゃいちゃ話です。最後までこんな感じ。

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