#1 白き猫は悲劇をもたらす【7th】
「はぁ……はぁ……くそ。どこにいるんだ」
帰宅してすぐさま私服に着替え、俺は再び外出しミラの姿を探していた。
あやめが明らかに愕然として、「あれぇ? どこ行くのぉ?」とか言っていたが、答える暇もなかった。
今は時間を惜しむ。信号が変わるほんの数分でさえもどかしい。
ミラの行き先に心当たりがあるわけじゃないが、もう一度会って話がしたい。そして、謝りたい。
そんな心境が、俺の足を更に速くする。
「ミラッ! ミラッ!?」
人気の少ない道を馳せ、名前を呼ぶ。
だけど、答えてくれる声は聞こえてこない。
そもそも、何であの写真を見ただけでこんなにも懸念しているのだろう。
何も根拠がない、ただの予感。あいつ自身が言っていた、命を狙われているという言葉を簡単に信じてしまったのか。
……いや。もしかしたら俺は、ミラに会いに行く言い訳がほしかっただけなのかもしれない。
思案を巡らせながら走っていると、五日前にミラと出会ったあの場所に着いた。
もう、これで最後にしよう。見つけられなかったとしても、潔く諦めよう。だって初めから、俺には関係のないことなんだから。
そう自分に言い聞かせ、この間ダンボールが置いてあったところ(現在は誰かが片付けてくれたのか、無くなっている)まで進む。
と、そこで視界の端にあるものが映った。
見るだけで吐き気をもよおしてしまいそうな赤黒い染みが地面についているのだ。
ケチャップを零したとかでなければ、おそらくこれは――。
「血……ッ!?」
しかも、まるで足跡のように点々と続いている。
ここで何かあったのは確かだ。流血してしまうような、何かが。
ふと、頭の中に再度あの言葉が蘇る。
――命を狙われている、と。
もしそれが本当なら、この先にいるのは間違いなく。
くそ。こんな時に足が震えてきやがった。
俺は、何のために長時間走り続けたんだ? もう一度ミラに会うためだろ。あんなことを言ってごめん、と謝るためだろ。
……だったら、躊躇う必要なんてない。
小さく深呼吸をしてから静かに血痕を辿っていくと、薄暗い路地裏に来た。
そして、思ったよりあっけなく見つけた。
壁に寄りかかるようにして、ボロボロのミラが座っている。人血を滴らせながら。
「ミラァッ!」
今まで以上の大声で言い、ミラの側へ駆け寄る。
「え? れ、蓮さん? 何で、来たんですか。早く逃げてください! 死んでしまいますよ!」
俺に気づいたミラが叫んだ次の瞬間、こちらに近づいてくる足音が響いた。
すぐに立ち去らないと殺されるということを感じさせる、圧倒的な恐怖。
体が、石化したみたいに動かない。
「ちィッ! やっと来たのかよォ。感謝しろよォ、お前が来るまで殺さないでおいたんだからなァッ!」
背後から聞こえてくるやや粗暴な言葉遣いに振り返ると、約七メートルほど離れたところに男性が立っていた。
深紅色の髪に瑠璃色のメッシュ。
鋭い目つきと少し高めの身長で分かりにくいが、俺とタメか一つや二つ年上くらいだろう。
「てめぇが、やったのかよ……」
「ハッ! あァ、やったぜェ? パートナーの一人も作れねェような奴は、一番殺しやすいんでなァッ!」
目的だとか正体だとか色々気になることはあったものの、そんなことを悠長に訪ねてられるほど俺の心は余裕じゃなかった。
ぎりぎりと歯を食いしばり拳を握り締める俺を見て、ミラは慌てて口を挟む。
「だ、駄目です蓮さん! わたしのことなんか放っておいて逃げてください!」
「――嫌だッ!」
思わず、ミラのほうを向きもせず否定の言葉を叫んでいた。
……嫌なんだ。それだけは、絶対に。
「俺は昔、実の親に捨てられた。とても辛くて、寂しくて、怖かった。でもお前を拾ったのは俺だ! あの時の俺と同じような目に合わせたりするもんかよ!」
我ながら、白々しいと思う。
ミラを突き放したのは俺だというのに。
「ごめんな。……くそ。もっと他に言うことがあったはずなのに、今はこれしか思いつかねぇよ。でも! ここでお前を見捨てて、自分が生き残るくらいなら! 俺の命を危険にさらしてでも、一緒に戦ったほうがマシだ! パートナーにだってなってやるよ!」
俺の気持ちを聞いて、ミラは唖然として言う。
「な、何でそこまで……。ロリコンだからですか?」
「違ぇぇよ! こういう時にそんなボケいらねぇ!」
まったく、せっかくの緊迫感が台無しだよ。
「大した理由じゃねぇよ。俺が一番嫌いな単語は『捨てる』なんだ。だから、見捨てることなんてできない」
「あァ、そうだァ。さっさと契約を交わしちまえェ。そっちのほうが、殺し甲斐があるからなァッ!」
俺とミラの会話に割り込んできやがったこいつの言葉の中に、気になる一言があった。
「契約を交わす……って、何だよ?」
俺の素朴な疑問に、ミラは丁寧に答えてくれる。
「まだわたしと蓮さんは、パートナーとして認識されていません。正式なパートナーとなるには、契約を交わす必要があるのです。でも安心してください、簡単なので」
「か、簡単……?」
「はい。パートナーとなる人が、精霊獣の武器を手にしたらいいだけです」
精霊獣の武器? そんなものどこにあるのだろう。
……とかなんとか考えていたら、ミラが光の粒子となって消え去り――その数瞬後、眩いほどの輝きを放っている刀剣が地面に突き刺さっていた。




