#4 悪意に満ちた人造【8th】
かなり遅れてしまってすいませんでした!
驚愕しつつ思索する俺をよそに、鳥山先生は再び目を閉じる。そして、中篠は俺に言う。
「……五十嵐、言ったはずだ。相手の一挙手一投足に注意すれば、技の仕組みなど自ずと分かる」
なんて無茶をおっしゃる。
俺だって詳しく観察しているつもりだ。でも分からないんだよ。
思考を邪魔するかのように、再び辺りの景色が変貌を遂げた。
地面や空など、全ての上下が元に戻る。
鳥山先生は一体、何がしたいんだ。
と、鳥山先生は小さな鏡を鋭利な刃とし、右手で中篠に向かって投げ飛ばす。
今度は守るためではなく、攻撃か。
「……無駄」
それに対し、〈紅蓮の阻隔〉を発動するまでもなく首を右に傾け、容易く回避する。
――しかし。
「……ッ!?」
中篠は錯愕の表情を浮かべる。
何が起こったというのか。
今確かに、避けたはず。
なのに、中篠の右頬には小さなかすり傷があり、そこからわずかに血が垂れてしまっているのだ。
鳥山先生が右手で投げた鏡は、俺たちから見れば左に来る。だから右側に首を傾ければ鏡は左肩の上を通り過ぎ、中篠に傷はつかない。
じゃあ何で、中篠の右頬に傷が? どうなってるんだよ。
「……そういう、ことか」
中篠は傷痕を掌で優しく擦りながら、得心がいったように呟く。
さすが成績トップの天才。下ネタさえなければ、完璧なんだよな。
でも俺はまだ分かっていないので、訊ねる。
「何がそういうことなんだ?」
「……先ほどまでの奴の行動を思い出せ」
そう言われても困る。
心中で考えていたら、中篠の分析は続く。
「……最初、私と五十嵐を"マーク"したとき。奴は目を閉じ、直後世界の上下が反転した。その後再び目を閉じると元に戻り、もう一度目を閉じたら今度は避けたはずの私に傷がついた」
鳥山先生が〈有象無象の反逆〉とやらを発動してからの経緯を、無表情に戻って淡々と話す。
そう、あいつが目を閉じると光景が変わった。どういうことなのかは、やっぱり分からないけども。
「……あくまで私の推測だが、この技はおそらく――目を閉じて思い浮かべたものが対象者には反対に見える。まるで、鏡のように。初めのは上下と思い浮かび、先ほどのは左右と思い浮かべた……そうだろう?」
「ああ、さすがだな」
的を射た達意に、鳥山先生は素直に頷く。
対象者――つまり体に鏡の絵が描かれてマークされた俺と中篠だけに、鳥山先生が思い浮かべたものが反対に見える。だから、さっきから目を閉じたりしていたのか。
確かに、それなら合点がいく。
最初は上下と思い浮かべ、地面が上に空が下に見えた。
次に左右と思い浮かべたため、左に来るはずの鏡が右に来てしまい中篠に傷がついた。右手で投げたように見えて、本当は左手で投げていたんだ。
なるほど、これは厄介だぞ。
俺が理解し終えたところで、再び目を閉じていた。
今度は何だ? 何を思い浮かべた?
「いくぞッ」
すると、右手で鏡の刃を構えて駆け出す。まっすぐ、中篠に向かって。
瞬時に本を開き、中篠はおそらく〈紅蓮の阻隔〉を発動する準備をする。
……おかしい。
俺の直感が、告げていた。
あいつだって、中篠の技を知っているだろう。なのに、何も仕掛けないでまっすぐ立ち向かうわけがない。
まさか……これは――。
「中篠、違うッ! 後ろだッ!」
俺の本能からの叫びはどうやら間に合わなかったらしく。
すっかり〈紅蓮の阻隔〉を発動して、背後ががら空きになってしまった中篠は。
後方から走ってきた鳥山先生に、鏡の刃によって背中を切り裂かれてしまった。
「……ぁぐッ」
苦悶の声つきを漏らし、破れた制服の背中から鮮血が迸る。痛みのせいか前のめりになり、地面に倒れ込む。
その拍子に眼鏡が目元を離れ、落下してしまう。
「恵、大丈夫?」
分厚い本の姿でシャウラが心配そうに声をかけ、俺は再び近くに駆け寄る。
鏡自体がそんなに大きくなかったため傷口はそこまで大きくないものの、先ほどの穴も開いたままでボロボロだ。制服が血で赤く染まっている。
くそ……やられた。
さっきまでは上下と左右だったが、今度は前後だったのかよ。
いつから?
一体いつから――後ろにいたんだ。
心の中の疑問に呼応するかのように、血塗れの中篠をどこか悲しげな表情で見下ろしつつ鳥山先生が言う。
「お前たちは気づかなかっただろう。上下を反転させたときから既に、後ろへ回り込む準備に取りかかっていたことを」
何……言ってんだ、こいつ。
後ろへ回り込む準備だと? そんなもの、上下が反対に見えたあのときに、何をやったんだよ。
「上下が逆さになりお前たちが驚いている隙に、気づかれないよう透明の鏡を投げて中篠の背後に設け、俺の後方にも設置した。名は〈無限の扉〉といい、鏡の中に入るともう一つの鏡へ瞬間移動する技だ」
どういう、ことだ。
わけが分からず疑問符を浮かべる俺とは逆に、中篠は血飛沫を滴らせながら倒れたまま呟く。
「……そう、だったの……ッ」
眼鏡をかけていないので普段の口調に戻っている。
「五十嵐、お前も少しは感づいたようだが……まだまだだ。中篠は火炎の壁によって目の前の攻撃を防ぐ。まっすぐ向かっていったように見えただろうが、違う。〈有象無象の反逆〉によって前後を反対にさせていたからな。本当は後方へ走って透明な鏡の中に入り、中篠の後方へ回り込んでいた」
何だよ、それ。
技のレベルが、桁違いじゃねぇか。
技の使いどころが、絶妙すぎるじゃねぇか。
中篠はもう限界だ。これ以上戦わせられない。
だったら――俺がやるしかないんだ。
胸中で人知れず決意していると、不意にバタンッと勢いよく扉の開く音。
何だろうと思い扉のほうへ目をやると、そこには。
走ってきたのだろう、はぁはぁと息切れをしたあやめが、突っ立っていた。
何で……何であやめが、ここにいるんだ。
「――〈不可視の結界〉」
鳥山先生が言うと、辺りを覆っていた結界が解ける。
何で……何を、考えてんだよ。
あやめにも俺たちの姿が見えるようになったみたいで、愕然として言う。
「何、やってるのぉ……? 兄貴ぃ、中篠さん、鳥山さんまでぇ……」
その問いは当然だろう。
けど、何で……鳥山先生を知ってるんだ。
「中篠や君の兄を――殺そうとしている。これで分かっただろう。俺は、君が思うような優しい男ではなく、もっと残虐な男だ」
「違うっ!」
普段とは似ても似つかない大声で、あやめが叫ぶ。
「鳥山さんはぁ、優しい人だもん。楽しく話してくれたりぃ、財布を取り返してくれたり助けてくれたんだもん! そんな鳥山さんがぁ、好きなんだもん!」
その言葉に、俺も、中篠も、鳥山先生も驚愕する。
俺の知らないうちに、そんなことがあったのか。
っていうか、好きって……え? 違うよな。そういう意味じゃないよな。
脳内にクエスチョンマークを浮かべていたら、いきなり鳥山先生から携帯電話を手渡される。
「それが、偽りの姿だとしたら、どうする? 殺人犯のような俺が、本当の姿だとしたらどうする」
「違う、もんっ。鳥山さんはっ、違うもん!」
二人の会話を耳に入れつつ、俺は液晶画面を見て驚く。
そこには、あやめからのメールがあった。
件名はなく、本文のみ。
『いきなりごめんなさい
鳥山さんに相談したいことがあるんですけど、いいですか?
最近兄貴の様子がちょっとおかしくて
夜遅くに帰ってきたと思ったら傷まみれだったりするんです
何をやってると思いますか?
自分では怖くて聞けないんです』
小学生の幼い妹が打ったとは思えない丁寧な文章で、そう書かれていた。
最近の兄に不審がるあやめと、突然話し出す鳥山疾風。
そして次回、ついに精霊獣の正体、中篠恵とシャウラについてが明らかに!
伏線回収もあり、物語はクライマックスへと走り続ける――!
#4 悪意に満ちた人造【9th】




