#2 本に囲まれた少女【8th】
「……がはッ!」
腹の鋭い痛みで、俺は口から赤黒い血を吐きながらその場に倒れ臥す。
何だ、これ。痛すぎる。よく見たら、腹に小さな穴が空いてんじゃねぇか。
畜生。力が入らない。
体の中からこれでもかと鮮血が吹き出し、ヒューヒューと嗄れた息が漏れる。
「れ、蓮さん! 大丈夫ですか!?」
大切なパートナーの声も、今はかなり遠く聞こえる。
ふと横を見ると、いつの間にか人間の姿に戻っていたミラが、心配そうに顔を覗き込んできていた。
はは、大丈夫なわけあるかよ。腹に穴が空いてんだぞ。
息をすることさえ儘ならないっての。
「恵さん! いくら何でもやりすぎだと思います! これで蓮さんが死んじゃったら、どうするつもりなんですか!」
ミラは俺の血まみれな体を抱き抱え、中篠に憤然と叫ぶ。
既にミラの躯幹も、俺の紅血で汚れてしまっている。
が、当の中篠は無表情で淡々と言う。
「……手加減しながら甘い戦闘をするより、厳しく追い詰めたほうが今後の五十嵐のためになると思った」
確かに、間違ってはいない。中篠との勝負はあくまで修行だからいいものの、そのうち本気の相手と戦うことになるだろう。
そんな"いざというとき"に、手加減された状態で慣れてしまっては、俺自身強くなれずに敗北ってことも有り得る。
しかし、ミラの怒りは止まることを知らない。
「そういう問題じゃありません! いくら追い詰めたほうがいいって言っても、限度というものがあります! なのにこんな、穴が開くまでやるなんて……殺意があったとしか思えません!」
駄目だ。
俺は、中篠の言ってることもミラの言ってることも正しいと思うけど、最後の一言だけは許容しちゃ、駄目だ。
「ミラッ!」
「ふぇっ? な、何ですか蓮さん。あまり喋らないほうがいいですよ」
辺りに血飛沫が飛び散るのも構わずに大声で喚くと、ミラは少し驚きつつ俺の心配をしてくれる。
でも、そういうわけにもいかないんだ。
「こんな……攻撃に、殺意なんか、ねぇよ……。中篠なら、俺くらい、いくらでも、殺せたはずだ。こっちから、修行を頼んでんだぞ? 失礼とは、思わないのか?」
息が絶え絶えになりながらも、きっちりと告げる。
強くなって鳥山先生を止め、ミラやあやめ、みんなを守れるようになるためだ。ちょっとくらい、受けて立とうじゃねぇか。
俺の遺志が疎通したのか、ミラは「わ、分かり、ました……」と小さく控えめに了承した。
と、何やら中篠がこちらに歩いてくる。
「……大丈夫だ。その程度の穴なら、治せる」
そう言って左手は分厚い本に、右手は俺の腹にかざし、呟く。
「……第四章第二節、〈澄徹の鎖〉」
すると、みるみる腹の穴が塞がれていき━━一分も経たないうちに、完全に回復してしまった。
「……これは大抵の穴を塞ぎ、勝手に止血される技だ」
確かに、血も止まっている。
おいおい。中篠のやつ、どんだけ技があるんだよ。
「……だが、欠点もある。まず一つ目は、対象者とほぼ零距離にいないといけないこと。そして二つ目は……」
あ、あれ? 何だか目がウトウトしてきやがったぞ。
「……━━対象者は、必ず眠ってしまうこと」
中篠のそんな淡然とした言葉を最後に、俺の意識は静かに闇の中へ落ちていった。
◯●◎●◯
気がつくと、電気のついていない真っ暗な、見知らぬ部屋のベッドの上だった。
何でこんなところにいるんだ? というか、ここは一体どこだ? あと今は何時なんだろう。
そういった疑問を解消すべく、明かりにもなりつつ時間も分かる、自分の携帯を手だけで探す。
不意に、まるで肉のような、むにゅっとした柔らかい肌触りが、突然俺の手のひらに感じられた。
何だろう、これ。
ずっと揉んでいても飽きない、不思議な触り心地。
「……ふぁ、んっ」
ふと、艶かしい吐息が聞こえてきた。
も、ももももしかして、この柔らかくて気持ちいい感触は━━。
と、そこまで察したところで、いきなり部屋が明かりに包まれる。誰かが電気をつけたのだろう。
いつもなら、好都合と思うかもしれない。
だけど今に限っては、誰も来てほしくなかった。暗闇のままで、何も知らずに立ち去りたかった。
隣には全裸のシャウラが心地いい寝息をたてて眠っており、俺の手はちょうど、シャウラの豊満な胸へと━━。
「れ、れれれ蓮さん!? こっちはずっと心配していたのに……二人して裸で何やってるんですかっ!」
怖いというより可愛らしい怒号にはっ、として扉のほうへ目を向けると、そこにはミラが突っ立っていた。
夕陽以上の紅に染まった顔で、あたふたしている。
お約束ですね、分かります。
「ち、違う……っ! これは何と言うかその……」
無理だ。自分でもこの状況がよく理解できてないのに、誤解を解くことなんて不可能に等しい。
今気づいたが、何故か俺も上半身裸である。どうなってんの。
「見損ないました! 蓮さんはロリコンなだけではなく、む、胸の大きな人が好きなのですか!」
「だから違う! 頼むから落ち着いてくれ!」
「れ、蓮さんは変態! ロリコン! おっぱい星人です!」
パートナーが俺の話を全く聞いてくれない件について。
そもそも、ロリコンとおっぱい星人って両方成り立つのだろうか。ロリ巨乳は好きですよ、はい。
ミラも身長や性格などをそのままに、胸だけが大きくなったらたまらないね。妄想だけで一夜を過ごせちゃうね。
まぁ、怒られるに決まってるから本人には言えないけど。
なんて考えていると、さっきまで夢の世界に行っていたシャウラが目を覚ます。
「ふぇっ? ……………………い、五十嵐!? あんた何で……ってあたし裸!? あれ、五十嵐も裸!? ちょ、これどういうことよ! ま、ままさかあんた、あたしの初めてを━━」
暫しの思考停止の後、いきなり狼狽するシャウラ。
あろうことか、俺がシャウラの初めてを奪ったと勘違いしてやがる。
大丈夫だよ、俺は幼女以外とするつもりないから。
……と、言う前に扉が開き、中篠が入ってきた。
今は眼鏡をかけておらず、本を持っていない。
「……シャウラは酷い脱ぎ癖がある。眠ると必ず裸体を晒し、無意識に付近にいる者を男女問わず脱がしてしまう。五十嵐君は上半身のみで済んで幸い」
なるほど、中篠の解説でようやく分かった。
結論。シャウラは痴女、と。
「待って! あたし、そんな痴女みたいなことしてるの!? 違うわよ? あたしは痴女じゃないんだからっ!」
どうやら違ったらしい。実に紛らわしいよ。
「っていうか、自覚してなかったんだな。いくら何でも気づきそうなものなのに」
「仕方ないじゃない! いつも一人で寝てるし、恵と寝た時も、あたしのほうが起きるの遅いんだから」
「いきなり自分が裸になっててびっくりしないのかよ?」
「それは……布団の中にいると暑いからかと思ってたわ」
さすがに冬は布団を被っても寒いと思うけど、まぁいいか。
とにかく、俺とシャウラはお互いのほうを向かないようにして服を着る。ちなみに、ベッドの下に落ちてました。
「ところで、中篠は何で戦闘中だけ眼鏡をかけるんだ? 口調も変わってなかったか?」
着替えを終え、ずっと気になっていたことを問う。
すると、中篠とシャウラが連続で答えてくれる。
「……私は、眼鏡をかけると集中力が数十倍にも跳ね上がる」
「口調が変わるのはアレよ。眼鏡をかけたら少し好戦的になってしまうらしいわ。だからきっと、あんたとの戦いでもあんまり手加減できなかったのよ」
控えめな二重人格といったところだろうか。
それにしても、この二人はまだ色々と謎がありそうな気がするのはどうしてかな。
とりあえず、納得しておく。
「あー、なるほど。……っ! アナルほどじゃねぇぞ! なるほど、だぞ!」
途中で、中篠が下ネタを言いそうな気配がし、慌てて言い直したわけだが。
「……五十嵐君、卑猥」
「お前に言われたくねぇぇぇぇぇぇぇっ!」
まったく。こいつの相手は疲れるということが分かった一日だった。
「で、蓮さん。ロリコンなくせに大きいおっぱいが好きなんですか?」
「何でお前だけまだその話してんだよ! 違うって言ってんじゃねぇか!」
突然ミラが発した言葉に、俺はつっこむ。
「……五十嵐君。女の子につっこむなんて卑猥」
「もう黙れ!」
まぁ、中篠のことは放っておくとしよう。
「そういえばここはどこなんだ?」
「恵の家の、あたしの部屋よ。感謝しなさいよ、男を背負って連れてくるのは大変だったんだから」
「あ、そうだったのか。悪いな、ありがと」
にしても、シャウラって見かけによらず力持ちなんだな。もしかしたら負けてるかもしれない。
「で、五十嵐。あんた、ロリコンなの?」
「いきなりだな、おい! 俺はロリコンじゃな━━」
「そうです! 蓮さんはとんでもないロリコンです! わたしがシャワーを浴びている時に入ってきた変態でもあります!」
「うわ。何それ、サイテー」
シャウラの質問に否定しようと思ったら、一足早くミラに肯定されてしまった。
まだあのときのこと根に持ってたのかよ。
ふと、何の気なしにポケットに手を入れると、チューインガムが入っていた。何故か三枚という微妙な数が。
「あれは事故……いや、悪かったよ。だからほら、これで機嫌を直してくれ」
そう謝りながら、ミラにチューインガム三枚を差し出す。
だけど案の定、ミラは不満そうに抗議してくる。
「そ、そんなものでわたしの機嫌をとれると思ったら大間違いですよ! わたしを馬鹿に━━」
「ふんっ!」
と、最後まで言わせず口の中へチューインガム三枚を同時に突っ込む。
「ふぁ、ふぁにふるんでふか……。まっふぁく、れんふぁんはいふもいふも……」
口では色々と文句を言いながらも、美味しそうにもぐもぐとチューインガムを咀嚼している。
そんな様子がまた、たまらなく可愛かった。
次回、#3突入!
まだ何も技がない蓮は、恵とシャウラと共に技を覚える修行をする!
そして、あのあやめがついに恋をする━━!?
次回、#3 廻る焔!
今月中に更新予定です!
そして朗報!
新作「DarK BrighT」現在制作中!
まだ未定ですが、今年中に投稿できるかと思います




