#2 本に囲まれた少女【5th】
午後一時過ぎ。俺はミラと共に、中篠宅へ訪れていた。もちろん、服は既に着替えてある。
外観は普通の一軒家といった感じで、適度な大きさだ。
庭もそんなに広くなく、修行できるスペースがあるようには思えない。一体どこでするつもりなのだろうか。
とにかく、このまま眺めていてもどうしようもないので、やや緊張した面持ちでインターホンを鳴らす。
すると、間髪入れずに扉が開く。
「……入って」
中篠も、当然私服だった。
上は、水色を基調としていて所々に花模様のある、涼しそうなTシャツ。下は、およそ太ももの辺りまでの長さしかない、群青色のミニスカート。
同年代の女子の私服なんてそうそう見る機会ないから、思わずドキッとしてしまった。海聖学園は、初等部ですら制服なのだ。
これで、あと二十センチほど身長が低かったら完璧だったのに、惜しいな。
ふと、隣に立っているミラがジト目で俺を見てきたが、無視して案内されるがまま中へ入る。
トイレ、風呂場、リビング、台所などオーソドックスなものに加え、本が多すぎる。ざっと四千冊くらいはあるんじゃなかろうか。
それも全て、リビングの本棚に綺麗に収納されている。俺の部屋なんか、ラノベが床に置いてある状態だというのに。
人知れず愕然としていると、突然中篠が口を開く。
「……あなたが、五十嵐君のパートナー?」
「は、はい! 蓮さんと契約をしました、ミラといいます! よ、よろしくお願いします!」
少し畏まりすぎなミラの挨拶に、中篠はやはり興味なさげに「……よろしく」と答えるのみ。
「蓮さん蓮さん、この人は本当にわたしたちと会話する気があるんでしょうか?」
「……さぁ」
ミラが小声でそんなことを言ってきたが、俺に訊かれても困るよ。
それから庭へ移動し、中篠が言う。
「……まずはあなたの実力を確かめるため、私と戦ってもらう」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺はまだ契約したばっかなんだぞ?」
「……大丈夫。本気は出さない」
「いやそういう問題じゃねぇよ」
「……覚悟はいい?」
ちっともよくないが、中篠は諦めるつもりなどないみたいだし、仕方ない。修行を頼んだのは俺なのだから。
それに、実践のほうが学べることが多いかもしれない。だから、やってみる価値はあるよな。
くそう。緊張したらトイレに行きたくなってきやがった。
「な、なぁ、その前にさ。トイレ貸してくんねぇか?」
「……大? 小?」
「え、小、だけど?」
「……じゃあ私の中に出せばいい」
「は!? いきなり何言ってんだ!?」
「……わざわざ場所を教えて、厠に行かせるより手軽」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
中篠はもっと真面目だと思ったのに、下ネタを言う人だったのかよ。ギャップが激しいね。
「……私は構わない。こんなこともあろうかと、早脱ぎの特技は習得している」
「ちょっとは構えよ! どんなときに備えてんだ!」
「えぇ? だ、出す!? ど、どどこに、何を、ですか!?」
「お前は落ち着け!」
前方で無表情を崩さない中篠と、後方で赤面しながら狼狽しているミラに、連続でつっこむ。
駄目だ、幼女の潔白は守らないと。
というわけで俺は、意地でも便所の場所を聞き出し、用を済ませたのだった。何でトイレに行くだけで疲れなきゃならないんだろう。
そして、俺と中篠の勝負が始まる。
「……シャウラ」
中篠がそう言うと、さっきからずっと俺たちの周囲を舞っていた蝶が、人間の姿に変貌を遂げた。
腰の辺りまでのばした、明るい黄金の髪。
身長や体重は中篠と大差ないだろうが、その一部分。胸だけは、比べ物にならないほど豊満だ。
更に、少し吊り目気味である。
と、不意にシャウラと呼ばれた女が手を差し出し、ミラが握り返す。
「あたしはシャウラ。恵のパートナーよ。よろしくね」
「は、はい! 蓮さんのパートナーの、ミラです!」
なるほど、中篠と契約を交わした精霊獣は蝶か。
……ん、待てよ? もしかしてあの時。学校で見かけた蝶はシャウラで、俺を中篠の下まで案内してくれたんじゃ……。いや、さすがに考えすぎかな。
「……シャウラ──〈不可視の結界〉」
「分かってるわよ!」
途端、肉眼で認識できるほど濃い紅色の結界のようなものが、中篠の家の四周に展開された。
「……この結界の中なら、たとえどんなに激しい戦闘が行われても、一般人に気づかれるどころか目にすることすら不可能」
「ちなみに、精霊獣だったら誰でも使える基礎的な技よ」
「あ、はい。わたしも使えます」
じゃあこれさえあれば、どれだけ暴れても問題ないってことか。
一人で納得していると、中篠はスカートのポケットからシンプルな眼鏡を取り出し、自分の瞳に装着した。
うむ。思ったより似合っている……が、何の意味があるのだろう。
「……いくぜ」
あれ? 今心なしか、口調が変わってたような。今まで中篠の口からは聞いたこともない、蛮的な言葉遣いに。
「……本〈ノッカー〉」
なんて脳内に疑問符を浮かべていたら、シャウラが分厚い辞書みたいな姿に変わり、声を発したばかりの中篠の左手の上に現れた。
蓮VS恵、開戦!
本で予想外の戦い方をする恵に蓮は──!?
ミラの刀剣、グレムリンで勝利を掴むことができるのか!?
次回、本に囲まれた少女【6th】
2013年11月6日前後、深夜12時更新予定!




