4.召喚されし女学生
真理は醜いもの
――フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
「さあ、皆様ご傾注下さいませ!」
唐突に、会場の中心から高らかな声が発せられた。
曲芸師や演劇などの見世物は既にあらかた消化し終えたはずだ。
不思議に思ってそちらを見てみると、そこには初老の男性がいた。
黒髪のアカイア人。学者のメテウスであった。
「私はアカイアから参りました“世界の法則”を研究しております、学者のメテウスと申します!」
まるで演劇の語り部が台本を謳い上げるが如く、彼は声を上げる。
「本日はある研究の成果の副産物を皆様に一目ご覧頂こうと思い、陛下と王妃様の結婚式に飛び入りの出し物を行なうことを、恐れ多くも陛下に承認して頂きました!」
ざわざわと会場がにわかに騒然となる。
国家を挙げての結婚式に学者が出し物をするという事態も異常ながら、“研究の成果の副産物”と言うが彼は何も手にしていないし、何よりも“世界の法則”という研究対象からどういった副産物が生まれるのか見当もつかなかいからである。
「その成果とは――即ち、“この世界の秘密”です! その秘密の一端を今、皆様にご覧頂きます!」
一瞬、場が水を打ったように静まり返った。
「……奴は気でも狂ったのか?」
唖然とした様子で執政公は言葉を漏らす。
“世界の秘密”。あるいは“真理”。この世界に厳然と存在すると言われる、隠されし法則。
“世界の秘密”を「発見した」と発表する学者は古来より少なくない数がいる。しかしそれを今も「発見した」と口にする学者がいるのは、それら発表が全て嘘か間違いだったからだ。
まともな学者であれば到底口にすることも憚られるようなことを、アモール王国に援助されている学者の彼は声高に「発見した」と主張しているのだ。
周囲はざわざわと騒がしくなる。
「“稀人よ”」
構わず、学者は歌い始めた。理屈でなく、論理でもなく、詩を読み始めた。
「“門より来たれ、異界の人よ”
“希望と絶望と共に疾く来たれ、幸運にして不運なる者よ”」
詠唱だ。
「奴め、魔法使いになったか……!」
魔法使い。それは人々の恐怖の象徴であり、この世の条理をねじ曲げる“魔法”を行使する狂人の総称である。
その存在は希少にして危険だ。概して狂気に冒されており、その凶悪な魔法で社会秩序を乱す、と古来より言い伝えられている。
「“その者がもたらす知恵は永久不変の天球世界に響きて止まず”
“その者がもたらす疫病は十七ヶ月で千の家畜と万の人々を死に至らしめる”」
とっさに「捕らえよ」と誰かに命じようとして、しかしオーレンは舌打ちして言葉を切った。
今から人を向かわせても間に合わない。学者の周囲に陽炎のような揺らぎが現れ始めている。効果が現れ始めているのだ。
おそらく、詠唱自体がそう長くはないのだろう。
「“我らは被造物による被造物”
“我らは人形”」
揺らぎは次第に大きく、早くなり、その規模は遂に狂気の学者と同程度にまでなった。
観衆は、それを信じられないような面持ちで唖然として見ている。
阻止しなければならない。
懐にある護身用の短剣を振りかぶり、オーレンは狙いを定める。
距離は遠い。緊張からか、手も震えている。今から中断させられるかどうかすらわからない。
「“我らは困惑と驚異を胸に抱いて、究極の問いを口にする”
“なぜ何もないのではなく、何かがあるのか”
“故に、私は今この問いに答えよう――”」
おそらく、次が詠唱の最後の文節だ。
「間に、合え――!」
祈るようにして短剣を投擲する。
短剣は吸い込まれるように学者の頭部へ向かう。
「“――在る。それ故に在るのだ!”」
学者の言葉と同時に、強烈な光がその場を包み込んだ。
太陽が落ちてきたかのような明るさ。会場の誰もが悲鳴を上げる。
光が収まり、目が元の暗さに慣れ始めてきた。
短剣を投擲した先、会場の中央を見やると、そこには二人分の人影が横たわっているのが見えた。
「あれは……?」
一つは短剣が頭部に突き刺さり、絶命した魔法使いメテウス。
そして、もう一つは見慣れない――否、ある意味で懐かしい――服装をした少女である。
オーレンはその服装が何だったかを思い出し、青ざめ、戦慄した。
女学生のセーラー服である。
「――みな、即刻この場より脱出せよ!」
叫ぶが、周囲は未だに困惑した様子でまごついている。
「ここは危険だ! 王命である!」
オーレンの一喝でやっと人々は正気づき、我先にと部屋から脱出した。
「執政公。外に避難した連中に聖水を飲ませた後、面倒を見てやれ」
「御意」
命令を受け、執政公は衛兵たちのところへ駆け寄って指示を出し始める。
聖水。アモールの中央に存在する“大樹”。その根本にある泉からこんこんと湧き上がる水が、聖水だ。
それは邪を清め人の精神を安定させる効能がある。気休め程度だが、病に対しても効果がある。それで多少は混乱も収まるだろう。
……まったくもって、とんでもない爆弾を寄越してくれたものだな。
例の倒れた女学生を見ながら、オーレンは胸中で毒づく。
恐らく、あの学者が詠唱していたのは“召喚”の魔法だろう。
稀人。異世界からの来訪者が存在する、というのも古来から言い伝えられてきたことだ。
……正直、サファイアでも持って聞くような話だと思っていたが。
まさか本当にあり得たとは、と彼は自分のことを棚に上げて嘆息する。
「『シクラメン』。ここは危険だ。逃げて、聖水を飲んでおき給え」
「“その者がもたらす疫病は十七ヶ月で千の家畜と万の人々を死に至らしめる”。疫病なら、私は大丈夫です。そんなことよりも、彼女を他の場所に隔離するべきかと」
確かに、『シクラメン』の言うとおりであった。
ともかく、オーレンは少女を軽々と担ぎ上げた。少女の年の頃は『シクラメン』よりも若干歳下、十代の半ばだろうか。それにしては顔の作りというか雰囲気が何となく幼く見える。
「これは私が隔離しておこう。貴様はこれの分の汲んで来るついでに聖水を飲んでおき給え」
「場所は」
ふむ、と彼は考える。
「私の私室にでも放り込んでおけばいいだろう」
冗談めかして言うと、『シクラメン』に猜疑心丸出しの視線を向けられた。
「好色王陛下に竜と神々の加護があれ」
嫌味たっぷりの定型句に好色王は肩をそびやかし、後宮にある自室へと向かうのだった。




