Ⅵ
およそ一週間の後、あの村落にある駅に貼られていたポスターのひとつが剥がされた。そんな事には誰も気を止めず、しかし、たまたまその駅を使っていた男子高校生がちょうどポスターを剥す作業に鉢合わせ、その作業員の老人と言葉を交わしていた。
「……あ、とうとうその人、捕まったんですね」
いかにも大人しそうな男子生徒が列車が来るまでの暇潰しも兼ねて、老いた作業員の男に言葉を投げる。
「あぁ、捕まったんじゃなくて、自首したらしいよ」
作業員がぶっきらぼうに、しかし、しっかりと答えた。
「しかしまぁ、半年近く逃げ回っておいてひょっこり出てくるんだから、犯罪者の心理っつうのは訳がわからん」
作業員の言葉に、少年が「でも」と続ける。
「逮捕されて、ひと安心ですね。あの時のニュースの内容といったら、惨憺たるものでしたから」
「ああ、細かいことは忘れたが、猟奇的なんちゃらがどうこうとか言ってたしな」
そこまで言ったところで、列車のたてる轟音が二人の会話に割り込んできた。
「ほれ坊主、乗り遅れたら遅刻確定だろ?」
その音が鳴りやむと同時に、老作業員が少年に声をかける。
「……はい。では、失礼します」
少年はそう言い残して客車の中に消え、しばらくして、その列車も再びディーゼル機関のうなりと線路が軋む音を残して駅を離れていった。
「さて、俺も次のポスターを剥がしに行くか」
列車を見送り作業も終えたその老人は一人呟き、駅の外に停めてあるまるで新聞配達用のものと何ら変わらないバイクに向かう。
駅のフェンスにもたれるように停められたバイクに戻り、剥がしたポスターを篭に放り込んだ。
そうしてバイクに跨がろうとしたところで、彼はバイクの陰で狐が身を隠しているのに気がついた。それはまるで、物憂げに線路の続く先を見つめているようですらあり、そのどうも人間臭い、哲学者然とした姿に老いた彼は苦笑せざるを得なかった。
屈み込み、そっとその動物に出てくるように促す。
その野生の哲学者は老人の仕草に一瞬躊躇いを見せ、そして飛び出したかと思うと金色の体を揺らして老作業員の視界からあっという間に消えてしまった。
こんな人里まで降りてくるなんて動物の世界も不況なのか、それとも哲学には人里が適しているのか、と他愛もないことを一瞬思い、しかし次の瞬間にはもう狐の事など頭にないかのように頑丈さだけが取り柄のバイクに股がってキーを回し、そのままその駅前を後にした。
あの殺人犯が自首した日の前後、彼に何があったのか、なぜ唐突に、数ヵ月にわたって逃亡していたのにも関わらず自首をしたのかを知る者は、誰もいない。
……この作品、一応夏ごろに学校の校内誌(?)のために書いたものなんですよね。字数オーバーが原因で没になった(はずな)のですけれども。
今から見ると、少し粗が……(汗)
前書きって、その作品世界に入るのを邪魔してるみたいで、苦手なんです。だから、必然的に語りたいことはすべてあとがきに押し込められてしまうと言う始末……。
観測気球的な意味合いも込めて、では、またお会いすることもあるでしょう。