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フェイク  作者: 来城
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後篇


 翌日、大学に行くとコウスケはまだ来ていなかった。

 教室はざわざわと、いつもどおり平和で暢気な空気に包まれている。私もこの空気に身を浸したいけど、そうもいかない。

 少し離れた席に座るアサコの方を見やる。

 何も知らなくていいなぁ。そんなことを思っていると


「なに、どうかしたの?」


 アサコが私の方に視線を向けて首を傾げた。

 自分でも気づかない間に凝視していたみたいだ。慌てて「なんでもない」と取り繕う。その時、後方のドアから教室に入ってくるコウスケの姿が見えた。

 背中を向けているアサコは当然、コウスケに気づいておらず、コウスケは私たちに気づたみたいだった。

 私とアサコが対面している状況を見たコウスケは、どこか困ったように眉を寄せ、私のほうに視線を送った。

 その瞬間に、分かった。彼はコウスケじゃない。滝口くんの方だ。お互いをしっかり認識してからは、大学は交互に通っていると聞いていたのですぐに合点がいった。

 私の視線を辿ってアサコが後ろを振り返る。


「コウスケ」


 そのアサコの顔ときたら。昨日見た滝口くんと全く同じ、これ以上ないってくらい幸せそうな顔。まるでアサコにとっての世界は滝口くんによって形成されているかのような。

 アサコはそのまま席を立って、滝口くんの元へ駆け寄る。

 そんなアサコに笑顔を向ける滝口くんはやっぱりこれ以上ないくらい幸せそうな顔をしていて、あまりにも大きな違和感に吐き気がした。


 まるでここが異世界であるかのような。……事実、そうなのかもしれない。私とコウスケは、滝口くんとアサコが愛し合っている世界に突然紛れ込んだ異分子なのかもしれない。


 吐き気が酷くなって、私は講義を受けることを諦めて教室の外へ出た。

 コウスケに会いたいと思ったけれど、会うのが少し怖い。とりあえず、この吐き気が治まるまでは一人で居よう。そう思って、私は学内の総合図書館へ向かった。

 一番人の少ないところに座り、先ほどの光景を思い出す。

 滝口くんとアサコ。二人がどれほど愛し合っているか、見ているだけでよく分かった。

 私とコウスケはあんな風に互いがそこにいるだけで幸せな顔になれていただろうか?

 コウスケは確かに私にとって特別な人で、コウスケにとっても、多分、私は特別だったと思う。でも、あの二人が持っている、強い絆や愛情、結束みたいなものが、果たして私とコウスケの間にあっただろうか。

 そう言い切れる自信が……ない。


 私は頭を抱える。これ以上、考えているととても嫌な現実にぶつかりそうだ。

 でも、考えずにはいられない。

 私とコウスケ。滝口くんとアサコ。そして、滝口くんとコウスケ。

 彼らは――コウスケと滝口くんは二人きりの時、どんな話をしていたんだろう。その想像は容易かった。

 きっと滝口くんはあのとびっきり幸せそうな顔で、アサコとの思い出を語ったんだろう。

 じゃあ、コウスケは? ……多分、コウスケはただ滝口くんの話を聞いていたんだと思う。滝口くんのキラキラとした恋に目を細め、我が身の覚束なさに戸惑いながら。

 どっちかが消えればいい――そう言ったのは、きっと、コウスケだったんだ。

 コウスケは、もうとっくに決めていたのかもしれない。


 ああ、嫌だ。なんで気づいちゃったんだろう、私。

 コウスケが私に相談を持ちかけた理由。

 決め手がほしかったんだ、きっと――



 ※    ※    ※



 その日の夜、もう一度二人のコウスケに会った。

 コウスケは私の顔を見てヘラッと笑った。それはコウスケが私に対して、なにか後ろめたいことを口にしようとしてる時に、よく見られる笑顔だった。


「コウス」

「今日はユウカの意見を聞きにきたんだけど、なんつーか俺の中ではもう答え出ちゃってんだよな」


 私の言葉を遮って、コウスケが言う。

 カラっとした笑顔。その隣にいる滝口くんは緊張した顔をしている。

 滝口くんも最初から分かってたのかもしれない。なにしろ自分自身のことだ。なんだか腹が立った。


「それなら、何で私に相談したの?」


 こんなこと聞くのはイジワルだと分かっていたけど、止められなかった。コウスケが困ったように頬をかく。滝口くんは苦しそうな顔で私とコウスケを見やった。

 私はただコウスケの言葉を待った。


「……ゴメンな、ユウカ。俺が消えることにすっから」


 少しの沈黙の後、コウスケは私の質問に答えず結論だけを口にした。瞬間、涙が出そうになって、慌てて堪えた。その顔を見られたくなくて、俯く。


「泣くなよ、ユウカ」

「……泣いて、ない」


 強がってみる。だって、本当に泣いてないもの。まだ。


「なんかさ、俺の方がフェイクだったみてー」


 微かな息と共に告げられた言葉に、頭にカッと血がのぼった。

 フェイク、なんて言葉がコウスケの口から軽々しく出てくるとは思わなかった。 それは今までの私たちの関係を全て否定しているようなものだ。


「私とのことも全部ウソだったっていうの?」

「そういう意味じゃねーよ……悪い」


 顔を上げてコウスケに詰め寄ると、彼は少しだけ泣きそうな顔をしていた。熱くなっていた頭が一気に冷えていく。冷えた頭で考えれば「フェイク」と、あえて使った彼の方が、どれだけ心を痛めているか容易に想像できて、カッとなった自分が無性に恥ずかしくなった。

 暫くの沈黙。コウスケは私の言葉を待っているかのようにこっちを見つめている。

 私は一度、目を伏せた。昼間、コウスケの本心に気づいてから、どう答えるか決めていた。

 だから、言わなくちゃ……自分に言い聞かせてコウスケに視線を戻す。


「……コウスケが決めたことなら、私は何も言わないよ」

「サンキュ、ユウカ」


 私の言葉にコウスケはホッとしたように笑った。コウスケは無神経だ。


「じゃあ、そういうことだから」


 滝口くんの肩をコウスケがポンと叩く。滝口くんは何か言いかけたのか口を開き、けど、何も言わずに閉じた。


「……コウスケ」

「そんな顔するなよ」

「……だって」


 コウスケの体が微かに透けている。

 本当に、本当に、消えてしまう。ここから。この世界から。じわっと視界が滲んだ瞬間


「愛してるよ、ユーカ」


 そんな言葉と共にコウスケは消えてしまった。

 途端、ぶわっと涙が溢れて止まらなくなった。

 私はみっともないのを承知で大声で泣いた。滅茶苦茶に泣きじゃくった。不意に体が抱き寄せられて、馴染んだ匂いが鼻をくすぐる。コウスケはもういないのに、コウスケの匂いがした。

 私を抱き寄せた滝口くんの手が頭を撫でる。私はその胸の中で泣き続けた。


「ごめん、早川」


 滝口くんの言葉に私は頭を振る。

 謝られたってコウスケは戻ってこない。私を抱きしめる腕の力が強くなる。


「アサコに怒られるよ……」

「……そうだね」


 私の言葉に、滝口くんは泣き笑いのような顔で頷いた。

 滝口くんは「ごめん」とただ繰り返す。私はそれに対して、やっぱりぶんぶんと首を振る。


 滝口くんが悪いワケじゃない。コウスケが悪いワケじゃない。私が悪いワケじゃない。アサコが悪いワケじゃない。悪いのは、気紛れで変な細工をした神様。

 でも、だからって、コウスケが消えること、無かった。だって、私、コウスケのこと愛してたのに。誰にも負けないくらい。アサコにも、負けないくらい、コウスケのこと愛してたのに。フェイクなんかじゃなかったのに。

 今さら気づいても遅いけど、私の気持ちもコウスケの気持ちも、絶対に本物だった。ただ、重なってしまった世界にコウスケは少し戸惑っていただけで、まだこの世界での自己に自信が持てなかっただけで――

 だから、キラキラ輝く滝口くんを見ていて、自分がフェイクだと勘違いしてしまった。きっとそれだけの話なんだ。


 滝口くんの胸の中で泣きながら、私は、このまま私という存在も煙のように掻き消えたらいいのにと思った。

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