一話・コンタクト
板野さん……かぁ。
フルネームは板野ゆかり。朝礼直後の出席点呼で彼女の名前を知った。
今朝ぶつかるまでは存在すら知らなかったクラスメイト。なんで今更気になるのだろう? 唐突に電波な事を言われたから?
「どしたー? ボーっとして、頭でも打った?」
隣の席の麻衣から声が掛かる。
「なんでそうなるのよ?」
「いつものノリ突っ込みがなーい」
麻衣はつまんないとばかりに頬を膨らませた。
「私は芸人か? ていうかいつもそんな事してないし」
「知佳、冷たーい。これでも心配してるんだよ?」
「うーん、ちょっと考え事」
「知佳が考え事って珍しいねぇ」
「私も考え事くらいするんだけど」
「だよねー」
クスクスと笑う麻衣。あぁ、馬鹿にされてるなこれは。
「で、何? ウチで聞ける事なら聞くよー?」
知佳は少々迷ったが、考え込むよりは情報を集めた方が賢明だと判断した。ただし、麻衣は宛てにならないだろうが。
「板野さんって、何者?」
訊くとしばらくの沈黙。麻衣は板野さんの方角を向き、何か考えてるようだった。やがて知佳の方に向き直り笑顔で答えた。
「何者も何も板野さんは板野さんでしょ。いつも読書してるおとなしい子」
「はぁ……」
予想通りの結果に溜め息が出る。見たまんまじゃん。
「なんで溜め息? 確か今年この高校に転校してきたんだったかな」
少しはマシな情報だ、と心の中で褒める。
「今朝、ぶつかった時なんだけど自分をロボットだとか言ってたけど……そこは何か知ってる?」
本題を切り出したはいいが麻衣は唖然とした顔になり、やがて吹き出してしまった。
「あっはははっ! 予鈴に慌てて人にぶつかるなんてさっすがっ!」
大笑いする麻衣。
「反応するところはそこじゃあない!」
そして、すかさず突っ込み。
「あはは、ごめんごめん。けど板野さんかぁ話した事ないなぁ」
まだクラスに馴染めてないから一人なのか、板野さんを見ると相変わらず読書している。
「でも自分がロボットなんて面白い事言うねぇ。もしかしてそんなので考え事してたの知佳? ちょっと可愛いかも」
「うるさいなぁ」
他の人に板野さんの事聞くのはやめよう。自称ロボット説の事を訊いたら麻衣に限らずバカにされそうだからだ。
それにしても寂しそうな目をしていた、と今更ながら思う。あの時一瞬目が合っただけだが直感的にそう感じていた。
「ハッ!? まさか!」
麻衣が突然驚きの声をあげる。
「ん?」
「板野さんに恋、しちゃった?」
「なんでそうなる」
「違うんだ?」「違う。大体私にそういう趣味はない」
「えー、良いと思うけどなぁ」
しょぼーんとうなだれる麻衣。何が良いのかさっぱり分からない。
「とにかくこの話は終わり」
「そんな~!」
「アンタは他にやるべき事があるでしょ」
「へ? 何それ?」
「宿題、やってきたの?」
知佳はノートをひらひらと振って見せる。ノートの中には一限目の数学に提出の宿題が記されてある。
「あっ、そうだった! ありがと~。やっぱり持つべきものはなんとやらだね!」
友達だ! と心の中で突っ込む。呆れて言葉には出せなかった。
溜め息を吐き、板野さんをちら見する。外見は全然可愛かった。背は低く肌は色白、髪もサラサラのロングで綺麗だ。全体からは清楚な雰囲気が漂っている。
すぐ友達が出来そうなのに孤立している事が不思議でならなかった。
※※※※※※※※※※
昼休みの屋上。
知佳と麻衣は天気の良い日は大概ここで昼飯を食べる。今日も二人はそこで昼食にしていた。
「いやあ助かったよ知佳~」
「助かったよじゃないでしょ。まったく、呆れを通り越すわアンタには」
麻衣は数学に限らず全科目の宿題をやっていなかったのだ。何を考えてるのか、もしくは何も考えていないのか。
「字もきれいだし知佳って実はロボットなんじゃない?」
そう言ってニヤニヤする麻衣。実はあの話の後からネタにされてる。
「もう! その話は終わり……って」
知佳の言葉が途切れる。なんと屋上の片隅に板野さんを発見したのだ。
「噂をすれば板野さんだね」
「噂はしてないけどね」
「何してるのかな?」
よく見ると板野さんには小鳥が何匹か群がっていた。パン切れを持ってる事から鳥に餌をあげてるのかもしれない。
「良い子じゃん」
「うん、あれ……? 何か喋ってない?」
確かに何か喋ってるらしかった。ただ、この位置からは聞き取れない。
「行ってきなよー」
「わっ!?」
突然背中を押された。振り返ると、麻衣は親指を立てて笑んでいる。何がグッジョブだ。
けど、今朝は謝り忘れたというのもある。もしかしたら例の事を聞き出すいい機会にもなるかもしれない。
少しずつ板野さんとの距離を縮める知佳。そして目前まで到着した。
「あ……の、板野さん?」
ぎこちなく声を掛ける。
「はい?」
振り向いた板野さんは無表情で、やはりどこか悲しげな印象があった。
「あっ、あの……今朝はごめんなさい」
「別に気にしていません」
「…………そう」
話がこれ以上繋がらず気まずい。変に緊張して頭の中がごちゃごちゃになる。
「と、鳥に餌あげてたんだ?」
とっさに訊くと板野さんは小鳥たちの方に顔を戻した。
「餌、と言うより情報料です」
「は?」「この子達には他のクラスの監視をお願いしていたのです。これはその情報のお礼です」
「な、何の為に?」
電波的な内容だが、ここで折れたら何もわからずじまいだと自分に言い聞かせる。
「私がここに送り込まれた理由は生徒の監視……もといデータ収集と観測です」
「そ、そうなんだ? というか今朝の……ロボットってどういう意味?」
「そのままの意味です」
さも当然のように言う板野さん。
「ど、どの辺がロボ?」
「これ以上余計な詮索はやめてください。訴えますよ?」
訴えたところでまともに取り合ってくれるのだろうか? まさかボケたのか? とか思わず考えてしまった知佳だが、気分を害したのは間違いなさそうだった。
「用がないなら――」
「板野さんって面白いねー!」
突然、麻衣が割って入った。
「面白い事を言ったつもりはないのですが」
「うちのクラスにロボットがいたとはねぇ、うんうん!」
「ちょ、麻衣」
状況を悪化させかねない麻衣を止めようとする。
「このことは他言無用でお願いします」
そう言うと同時、板野さんは立ち上がり背を向けた。なんか悪い事をした気分だ。
「ねぇ、板野さーん」
麻衣が呼ぶと板野さんは振り返った。
「放課後暇ー?」
「なぜです?」
少し怪訝そうな顔になる板野さん。
「ケーキ食べに行くんだけどよかったら板野さんも行かない?」
「ちょ、麻衣……!」
いきなり誘われて行くはずがない、と思った矢先だった。
「ご一緒します」
「へっ?」
「良い機会です。情報収集の為に行きます。情報収集の為に、です」
情報収集、という言葉を強調し板野さんは去って行った。
電波だ……というか今のはすんごい感じ悪い。
「なんで誘うのよ」
「たまにはいいじゃん、他の人誘うのも」
「けどよりにもよって」
「いろいろ聞けるチャンスだよ~」
と肘で突かれた。意味が分からない。多分……いや絶対、麻衣は勘違いをしている。
※※※※※※※※※※
放課後。板野さんも交え三人は目的の喫茶店へ向かっていた。
「この前、新作出すって言ってたから楽しみぃ! どんなのかなぁ」
一人盛り上がる麻衣。で、しっかり付いて来る板野さん。そういえばロボットはケーキとか食べても大丈夫なのだろうか? まぁ、本気でロボって事はなさそうだけど。
「ケーキ食べれるの? 板野さん」
さりげなく訊く。
「私は人と神とのインターフェースです。限りなく人間に近く作られており潜入任務をしている為、疑われないよう人間の食べ物は大体口にする事が可能です。なので問題ないです」
「ふーん、そうなんだ」
理解出来ないがケーキは食べれるらしい。ここで突っ込んで、また気分を害したらめんどくさい事になる。
しかし、改めて見ても板野さんはやっぱり人間だ。それに美人の部類に入るように思う。
「どうしたんですか? ジロジロ見て」
「へっ!? あ、いや。どう見ても人間だなぁと」
いつの間に見入っていたのか焦る知佳。
「見てもわかりませんよ? それだけ精巧に作られてますから」
得意げになる板野さん。なんか鼻に付く。
「よそ見してると見失いますよ」
そう指さされた先には麻衣がいる。というか距離が遠い。
「場所は知ってるしはぐれても大丈夫だよ」
そう言って足を進める。それにしても、板野さんと普通の会話をしていないな。そう思った時だ。
「吉井さんは彼女の事……詩垣さんの事、好きですか?」
一瞬、思考が止まる。
「はぁ!? 何言ってんのよ!」
「なんでそんなに驚くんです?」
「そりゃあ驚くでしょ。いきなり変なこと言わないでよっ」
そりゃあ友達としては好きだけど……ってそういう意味で言ったのかな? まさか変な勘違いした? だとしたら麻衣のせいだ!
「大切にね」そう小声で言われた気がして板野さんを見ると、もう先を歩いていた。
「待って、そこ道違うし」
「なら早く歩いてください」
「はいはい」
気のせいか、からかわれてるような気分になった。
※※※※※※※※※※
「遅いよ二人ともー」
店の中では麻衣が膨れっ面になって待っていた。
「や、張り切りすぎだって。勝手に見繕ってるし」
ケーキは既に三人の席に用意されており、板野さんは自分の皿の上を見つめる。
「これは……?」
「それおすすめだよー、元祖チーズケーキ! この店が初ならまずはこれだよね。あ、ロボだから食べれない、とか言わないでよ~」
「いえ、大丈夫です。私は人と神のインターフェースであり限りなく――」
「それはもういいから」
「お、いつの間に漫才出来る程の仲に?」
「別にそんなんじゃないし」
思わず突っ込んでしまった。というかこの二人はボケる点で似ている。板野さんはボケてないつもりかもしれないけど。
「板野さん、飲み物とか大丈夫なの? 錆びたりしないの?」
「問題ないです。体内でオイルに変換されるようになってますので。エコ的要素もあって水でも変換可能です」
「へぇ、すごいすごい!」
そんな事で胸張られてもな。それよりも麻衣が本気で板野さんをロボットだと信じてないかが心配になる。
そして三人は一時間程して店を出た。
「今日はいろいろ情報が得られました。ご協力ありがとうございます」
それらしい話はしてない。いや、ケーキの情報の方かな?
「まったねー」
「さよなら」
「ありがとうございます」
板野さんは家が反対方向らしく、その場で見送る事にした。小さな背中がより小さくなる。板野さんは一度振り返ったがすぐに向きを直し、やがてその影は見えなくなった。
「やっぱり変な子だ」
「面白いキャラ作りだよねー、なんで一人なんだろ?」
「さぁ? 観測とやらで忙しいんじゃない?」
それか、誰も彼女の話に付いていけないとか。
「けど楽しそうだったよね」
「そう?」
「うん。ちょっとだけど笑ってたし意外によく喋るし」
麻衣は人のことよく見てるなぁ。けど言われてみれば楽しんでいたように感じた。少なくとも嫌そうではなかった。
「今度また誘っていい?」
「私はいいけど。意外にウザくなかったしね……って、あれ?」
地面にある物を発見した。拾い上げる知佳。
「わっ! これって――」
「まさか、板野さんの?」
その品は意外な物で、私達はしばらく顔を見合わせていた。