表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
幕間

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/97

閑話休題2 第一話 反省


 共同便所は古く、分かりやすい罰だった。石床は黒ずみ、壁の目地には汚れが残っている。窓は小さく、空気もこもっていた。渡された道具は、水桶と雑巾と刷毛、効きの悪い磨き粉だけ。


 ヴァンは雑巾を絞った。水が桶に落ちる。隣では、ハリスが便器の縁を刷毛でこすっていた。便所掃除をしていても、ハリスは要領が良い。どこを先に濡らし、どこで磨き粉を使い、どこを最後に乾拭きするか、段取りが効率的だった。


「ハリスまで来なくてよかった」


「計画の立案者って話だろ」


「そうか」


「そうだ」


 それで一度、話は終わった。


 鍵を取ったのはヴァンだった。塔に入ると決めたのも、ヴァンだった。けれど、鍵の場所を絞り、先生達の動きを読んで、作戦を考えたのはハリスだった。


「ミコト達も来ると思うか」


「来ようとするだろうね」


 ハリスはすぐ答えた。


「ミコトさんは、自分がきっかけだと言う。姉さんは、同行した以上は同じだと言う。オーレリアは、教員を足止めした件を持ち出す。ロイも、現場にいた以上は受けるべきだと言うだろう」


「来なくていい」


「同意見だ」


 ヴァンは少し笑った。


 この便所に全員で入ったところで、掃除より混雑の方が面倒だ。


「罰を受ける人数が増えても、特に何も変わらない」


 ハリスが言った。


「学院としては、旧塔への無断侵入と鍵束の持ち出しを見逃さなかった、という建て前を残す必要がある。ほかの生徒への示しだ。学院側の体面もある」


「体面か、どうでもいい」


「そうでもない。体面も制度の一部さ」


「そうか。でも、そういう話なら、二人で十分だな」


「その通り。それ以上は無駄だ」


 ハリスはそう言って、汚れの残った場所を指で示した。


「そこは先に水を含ませた方がいい。乾いたままこすると広がる」


「分かった」


 ヴァンは水を撒いた。


 古い汚れはしつこい。こすっても、すぐには落ちない。手がだるくなる。けれど、旧塔で息が詰まった時よりはずっとましだった。


「効率が悪いな」


 ハリスが言った。


「それが罰ってことだろ」


「罰であっても、非効率である必要はない」


「そうなのか」


「少なくとも、汚れを落とすという目的だけで見ればね」


 ハリスは壁の隅を見た。


「この便所には、清浄術式の実装がない。だから汚れる」


「清浄術式?」


身滓清掃ライプケーアという新しい術式があるらしい。その考え方を設備側に応用すれば、利用者の出した排泄物や軽微な穢れをその場で祓う機構を作れる。そういう装置の組み込まれた便所なら、そもそもここまで汚れない」


「でも、ここにはない」


「ない。術式陣もない。維持用の魔力線もない」


「だから、手で磨く」


「そういうことだ」


 ヴァンは、床の黒い筋をこすった。


「その術式は設置できないのか」


「まだ無理だ。その身滓清掃ライプケーアは、皇國歴1001年、つまり去年にデルトラバス・モーゼ・フォルテッシモ教授が編み出した近代術式で、古来から神官達がみそぎに使う浄身祓ライプリーニグングを原型の一つにしているらしいが、市場に出回るのはまだ先だ」


「詳しいな」


「新しい術式だから話題になっている」


「話題はどうでもいい。今すぐ使えないんだろ?」


「駄目だね。使えない」


「だよな」


 ヴァンは雑巾を絞り直した。しばらく、二人とも黙って掃除した。水の音。刷毛が石に当たる音。雑巾を絞る音。遠くの廊下から聞こえる生徒の声。


「……やっぱり、お前まで来なくてよかった」


 ヴァンが、ぽつりと呟いた。


「まだ言うのか」


「言う」


 ハリスはそこで、ようやく手を止めた。


「君がそうやって一人で背負うなら、次から僕は計画に加わらない」


「なんでだ」


「責任を共有できない相手とは、計画を立てられないからだ」


 ヴァンは、少し黙った。


「……分かった」


「何が?」


「次から、お前も入れる」


「何を今更。最初から入っている」


 ハリスは笑った。ヴァンは下唇を突き出し、息を吐いた。


「次はもっと上手く、バレずにやる」


「反省している人間の台詞ではないね」


「反省はしてる」


「バレずになんて話は、反省の方向が違う」


「分かってる」


「本当に?」


「たぶん」


「君は反省文をもう一枚書いた方がいい」


 ヴァンは言い返さず、床をこすった。ハリスもまた手を動かした。二人分の罰としては、たぶん、これでいい。


 後日。


 便所掃除の罰は、予定通り終わった。ハリスの反省文は、共同便所の改善提案書として校長室へ回された。題名は『校舎内共同便所における衛生管理上の問題点と、清浄術式導入に向けた段階的改善案』であった。ジークハルト先生は、題名を読んだ時点で眉間を押さえたらしい。


 結果、この問題については、学院側で検討されることになった。ただし、ハリスは反省文を再提出する事になった。理由は、あれが反省文ではなかったから。


 ヴァンは、苦笑いしながら言った。


「もう一枚書く羽目になったな」


「ああ、なんて効率の悪さだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ