【ネタ】媚び農家ドキュメンタリー
媚び農家ヤマモトさんの朝は早い。まだ日の昇らない午前五時に起床し、手早く身支度を整え畑へと向かう。
紺色の空の元、薄暗い視界の先に見えるのは〈お兄ちゃんだ~い好き♡〉畑だ。ヤマモトさんが丹精込めて育てた媚びが一面に広がっていた。
「いい媚びでしょう?」ヤマモトさんは言う。
「土から丁寧に作ってきた成果なんです。豊かな栄養と澄んだ水をたっぷり吸い上げた媚び。おかげさまで媚び売りの皆さんにもご好評いただいているんですよ」
破顔するヤマモトさんの背後、東の山稜から太陽が顔を覗かせる。日を浴びた朝露がまるで宝石のような輝きを放ち〈いやぁ~さすが部長!〉の新芽を鮮やかに飾り立てた。
「媚びとは人生にとって"油"のようなものです。時折舌がジャンクフードを猛烈に欲する日が来るように、〈萌え萌えだニャン♡〉もまた脳が糧として求める日が定期的に訪れます。
そして潤滑油としての機能も忘れてはなりません。〈やっぱり僕にはキミが必要なんだ〉の定期的投与が世の男女間トラブルの抑制に大きな効果があるということは周知の通りであります。
私の媚び愛用者様の中に浮気からの離婚危機をこれと泣き土下座で首の皮一枚繋げた猛者がおります。それは藁のようにか細い希望かも知れません。ですが、そうした備えが彼の危機を救ったという事実は頭の片隅に留めておいて損はありません。
まあ、もちろん私にそんな危機が訪れる心配なんてありませんけどね(笑)」
――媚び農家として苦労している点は?
「やはり自然が相手ですからね。ままならないことばかりですよ。二年前の台風で手塩にかけた〈はわわぁ~〉に大量の廃棄品が出てしまった時は辛かったですね」
――媚びを育てるうえで大事にしていることは?
「媚びに合った生育を心がけています。メイド服にもクラシック、和風、ネコミミと様々な種類があるように、媚びにもまた多彩な種類があります。
それどころか同じ種類の媚びですらひとつとて同じものがありません。まっすぐに育ったもの、人生のように折れ曲がったもの。同じ畑で育った媚びのどれもが実に個性的なのです。
『媚びの個性を育てる』という考え方は我々農家の驕りなのかも知れません。我々が手を伸ばすまでもなく媚びは元々個性的なのです。我々が行うのはたっぷりの愛情を注ぐだけ、ただそれだけで畑に個性という名の花が咲き誇るのです。
そう、メイドさんのように」
そう語りながら〈素敵ですぅご主人様!〉を優しく撫でるヤマモトさんの横顔が印象的だ。
夕刻。
日が落ち畑作業が終わってもヤマモトさんの一日は終わらない。風呂と食事もそこそこに机へ向かう。
「勉強も必要なんですよ」ヤマモトさんは言う。
「農家は単に媚びを育てるだけではなく、その販売戦略も考えていかなければならないんです。そのためにも市場の情報収集は欠かせません。もちろん農法・農薬に関する知識も仕入れなければなりません。経理も自分で行う必要があります。農家の仕事場は屋外だけとは限らないんです」
本棚には『タイプ別・上司との付き合いかた』『まんがじかん・キュルルン☆きらっと』『月間ネクストタイプGirl』など農業に関する書籍だけでなく、簿記資格の参考書も並んでいる。我々が想像している以上に媚び農業は頭脳労働の場でもあるのだ。
ヤマモトさんがノートPCを開く。画面にはPDFが表示される。
――それは農薬の資料?
「ええ。農薬による除草、害虫駆除は農業効率を高めるのに役立ちます。ひいては媚びの安定供給にも繋がる大事なものなのです」
――農薬による健康被害への懸念もあるようだが?
「そもそも農薬には適正量が定められています。ですのでその範囲内であれば問題になることはありません。遺伝子組み換えなどもそうですが過剰に心配する必要はありませんよ」
そう言いながらヤマモトさんは別の資料を表示する。
「そもそも自然界において遺伝子が組み変わるのはごくごく普通のことです。私もあなたもお父さんとお母さんが必死に遺伝子を組み替えた結果この世に生を受けた存在ということを忘れてはなりません。遺伝子を組み替えるという行為は自然界の尊い営みです。それが大空の下で行われたことか、それとも試験管もしくは布団の中であったかなど些細な違いでしかないのです。
そもそも古事記によれば日本列島はイザナギとイザナミが遺伝子を組み替えた結果誕生したものです。我々の立つ豊かな国土は神々が与えもうた遺伝子組み換えによる祝福の産物であると言えるでしょう。
遺伝子組み換え、それは生命の神秘であり躍進であります。かのシオランが災厄と喝破してもなお人々は遺伝子を組み替えることを止めませんでした。食べる、寝る、そして遺伝子を組み替える。そうして人は連綿と歴史を紡いできました。遺伝子組み換え、それは人類史を支え続けた輝ける希望そのものなのです」
『幼なじみらいふ♪』と題された資料には遺伝子組み換えの様子が詳細に記されている。こうした資料は媚びの参考にもなるのだとヤマモトさんは語る。
こうした日々の勉強が媚び農業を支えているのである。農家の方々の努力には頭が下がる思いだ。
「まあ、私にそんな機会はありませんけどね(笑)」
ヤマモトさんの横顔が印象的だ。
出荷の日だ。
ヤマモトさんは箱詰めされた媚びをトラック荷台に乗せ、集出荷場へと運ぶ。
運ばれた媚びは、まず品質に問題がないか検品が行われる。ヤマモトさんが丹精込めて育てた〈パネェっす兄貴!〉に真剣な目が向けられる。
広い集出荷場内を見渡せば、各農家から運び込まれた様々な媚びが集まっている。
〈さすが男の子、頼りになるね〉〈キミは外見よりも中身が素敵だよ〉〈いやぁ旦那には敵いませんわぁ〉……。各農場から集められ箱詰めされた媚びが整然と積み上げられたさまは圧巻だ。
「農家によって育てる媚びにも違いがあるんですよ」ヤマモトさんは言う。
「ひとことで媚びと言ってもそのアプローチの種類はさまざまです。たとえばあそこにいるキムラさんは硬派系の媚びを専門に育てています。昔から根強い人気があるんですよ」
ヤマモトさんが指さした方向には〈俺はテンプレ展開に頼らない〉〈承認欲求なんて興味ない〉といった硬派系の媚びが並んでいる。
「ロシュフーコーは言いました。『断じて媚びは売らないと標榜するのも一種の媚びである』と。"自分は他とは一味違う"というセルフブランディングの手法としても媚びは使われているんです」
話をしているうちに媚びの検品が終わった。結果は無事合格だ。
「ほっとする瞬間ですね。これまでの苦労が報われる思いです」
誇らしげな視線の向こうでヤマモトさんの育てた媚びがパレットに乗せられてい
く。この後は業者のトラックに積載され各店舗へ運ばれていく。
「家に戻ったらまた仕事ですね」
そう言って満足そうに笑うヤマモトさん。
筆者は最後に質問をする。
――ヤマモトさんにとって媚びとは?
「自慢の子供たちです」
――媚びずに言うと?
「カネです」
穏やかな顔でヤマモトさんは語った。
私達の生活に欠かせない媚び。今日もどこかで媚びは売られている。




