第六章
昼食を一緒に取っていた稀成と別れた葉理は、そのまま郁玖詫総合警備会社の社長室にいる比微のところに来た。
「……町への侵入者で笹路來眞殺害容疑をもっている二人の身元が判明しました」
「……ほぉ?」
昼の日差しをまぶしそうにしていた比微は、形だけでも興味を持つ。
「低所得者生活地域保護を目的の黄天載というNPО団体からのものです」
「……保護?」
比微は、どこが? と言いたいようだった。
だが、議員が横やりを入れてくるほどなのだ。
そして、吉田神道とも関係ある。
「そいつらの本音は?」
彼は聞いた。
「この歐木町のような隠れ町や隠れ郷を丸々買い取って売却する組織です」
「土地ゴロか……買い手は?」
「宗教法人『黄天載』という名前のままのところですね」
「こそが横やり議員の米櫃か」
葉理は頷いた。
「ロクな噂はありません。人身売買や、人工麻薬の製造にもかかわっているというところです」
「……めんどくさいのが喰いついてきたなぁ」
比微は他人事のようにつぶやいた。
「で、來眞殺害の辻褄は合うんだろうね?」
鋭い横目を葉理にやる。
葉理は瞬間、冷や汗が出るのを感じた。
バレていた。
比微は、彼が來眞を殺害し、町の来訪者に罪を着せようとしているのを知っていたのだ。
「……始末したんだから、きちっとしてくれなきゃ困るよ?」
たたみかけるように、言葉を続ける。
葉理は何も言えず、社長室を出た。
侵入者二人を消さなければならない。
そうすれば、辻褄は合う。
彼は警備会社の実働部隊に、第一級装備の用意をさせた。
ゴム弾などというオモチャではない。
今度のは実包だった。
久しぶりの地上のレストランに四人で昼食を食べている時だった。
「……昇ったか。水気が薄くなり、土気が充満している」
「昇ったね」
紅琵と早紗が互いに頷き合う。
麻諷と悠は、自然と互いの幾つも頼んだ皿にあるものをシェアし合って、食べていた。
「ここで一つ、不確定要素ができた。悠だ」
紅琵は、唐揚げを頬張る少年にサングラスを掛けた顔を向ける。
食べている席だからか、紅琵は律儀に珍しく解電子タバコを脇に置いていた。
「……なに?」
いきなり訳が分からない、と不思議そうな表情をする悠。
「昇った龍では、多分おまえは死んだことになっている。だが、この通り、生きている。町の連中はどうすると思う?」
悪い表情で少年の顔を覗き込む。
「……それはあたしにも関わる。あたしが存在しているかどうかは、悠に掛かっている」
早紗は言う。
「悠が生きているなら、祟り子ではないという証明かね?」
紅琵が把握しているとばかりに口角を釣り上げた。
早紗は頷く。
「なんかめんどくさいけどさあ、町の連中がうち等を殺しに来るって話でしょ。今度は本気で」
麻諷が簡潔にまとめた。
「そういうこった」
紅琵はうなづく。
「逃げれないの?」
悠は素朴に疑問を持つ。
「どこに?」
紅琵が即答する。
悠の両親は殺されている。今悠に行き場所などないのだ。
「……あんたらのところは?」
「無理だな。あんな悪徳施設には行ったら人生破綻するぞ」
「もうしてる」
「売られたくないだろう? そのままでも、臓器にされてでも」
「……そんなところなの?」
紅琵は下らないものを見たかのような面倒くささでうなづく。
「まぁ、やるきゃないんだわ」
麻諷がフライドポテトを口にして鼻を鳴らしながら、単純明快に斬り捨てる。
だが、事実その通りなのは、他の三人も実感していた。
「窮鼠が猫を噛むことをみせてやろうぜ」
彼女は続けた。
悠は二人がこの町に来て彼等のいざこざに自ら巻き込まれている状態を不思議に思った。
仕事だとしても、命にかかわるのだ。
不思議そうな彼の目に気づいた紅琵は、やっと解電子タバコを取り、不躾に煙を吐いた。
「そこにいる麻諷をどう思う?」
「……え?」
いきなりの質問に、悠は困惑する。
蒼い髪ショートカットで、左側だけ長い三つ編みにした少女を眺める。
「……なんかめんどくさい視線来るんですけど?」
麻諷は露骨に嫌がる。
「何か関係あるの?」
早紗も気になるようだった。
「コイツ、ここにきて銃弾二発喰らってピンピンしてるんだぜ?」
紅琵はむしろ楽しそうに嗤う。
そういえばと。
あれは術の起動方法かと、早紗は思っていた。
悠は悠で、単純にならどうして生きているのかと思った。
「事情は、あとで話す。今は、別の事情が出来た」
「あー、外に出たとたんかい」
麻諷は鬱陶しげな言葉を吐く。
「おまえら運命だと思っておけ。無責任に無垢のまま世の中不思議に思って立ちふさがる者すべてをぶん殴れ」
謳うように紅琵が言いながらバッグの中に手を入れる。
「上機嫌になってきやがった。こいつ……」
麻諷は据わった目でどこか燃えたつような雰囲気を醸し出した。
早紗も一瞬のうちに殺意のある無表情になり、悠は黙って小さくうなづいた。
積層建築の四回にあるレストランは、いつかとはまた別な気配で、周りに何台かのバンが止まっていた。
郁玖詫総合警備会社だ。
紅琵は麻諷の腰から呪符を一枚はぎ取り、懐に収めた。
「……上下階、気配がする」
彼女は頬に肘を立てたまま再びフライドポテトを口にした。
「スナイパーは?」
早紗が聞く。
「そんな遠いやつのことまで把握できないよ」
つまらなそうな答えが返ってきた。
「これが郁玖詫総合警備会社のメンツの問題なら、前回みたいな仕込みはしてないだろうな」
紅琵はショットガンを取り出した。
弾もそろそろ尽きる。
最後に彼としての頼みの綱は麻諷しかいない。
彼女の降ろし身はできるだけ温存しておきたかった。
そのために使う呪符にも限りがあるのだ。
「……面白いね。じゃあ、あたしが祟り子として連中を恐怖のどん底に堕としてやるか」
早紗が悪い笑みを浮かべる。
紅琵が待ってましたとばかりに似た笑いになる。
悠は、心配げな視線を早紗にやる。
気付いた彼女は、ニッコリと笑った。
「……大丈夫。悠は心配しなくていい。全部あたしに任せておいて」
しかし少し不満げな悠だった。
男としてのプライドからだろうか。
その肩を麻諷が叩く。
「ガキはすっ込んでろってことよ」
直接的すぎるセリフを吐かれ悠はますますむくれた。
「おまえの出番はもっと後だ。安心しろ」
美味そうに煙を吐く蒸気機関のようになった紅琵が付け加えると、悠の表情は素直に明るくなった。
その様子に三人はそれぞれの表情で微笑んだ。
麻諷は何気なく、フライドポテトを数個、無造作にレストランの床に放り投げて行った。
それぞれ、彼ら見て横を向くか縦を向くかに揃えられていた
「横が上、縦が下」
彼女は短く言う。
「悠、郁玖詫総合警備会社のところに行け」
「何で僕が……?」
「詳しくは、早紗からだ」
紅琵が言うと、早紗は頷いた。
言い含められた悠は、複雑な表情をして静かに窓の近くまで行き、そこでしゃがんだ。
紅琵が時間を確認した。
十三時十八分。
「多分あと二分したら来るから、繰り上げるぞ」
ショットガンを片手にもち、横を向いたフライドポテトの真上天井を轟音とともに二か所連続で撃ち抜く。
瓦礫のようなものが床に散乱して落ちてきて、中に赤い血液のようなものが混じっていた。
床の横を向いた床が吹き上がったかと思うと爆発した。
何かが小さなものが投げ込まれたと思った瞬間、耳をつんざく音と光りが同時に炸裂する。
フラッシュ・グレネードだ。
麻諷はショックをまともに受けてかがみこんだが、紅琵と早紗はビクともしなかった。
出来た数個の穴から、男たちが昇ってくる。
紅琵のショットガンが、それが現れるたびに吹き飛ばしてゆく。
天井も数か所つき破られるようにして穴が開く。
悲鳴のようなものが辺りに響きわたった。
それを合図に、早紗が鉈を両手に持ち、天井から銃を持って降りてくる男たちを着地する前に薙ぐように叩き斬る。
硝煙と煙と塵でレストランの中は曇り、うめき声がそこらから鳴り、一瞬にして地獄絵図となった。
窓を破り、積層建築の外側の瓦礫状体のところを駆け降り、町の外れの郁玖詫総合警備会社がある棟まで息を切らせて来た。
階段を上り、扉を入るとカウンターがあった。
女性が受け付けに立っていた。
彼女はニッコリと笑って、悠を迎えた。
「ご用件がごありでしょうか?」
「比微さんに会わせてください!」
「ご予約は?」
「為折早紗の件といえばわかります」
受付嬢は、後ろを向いて通信機で連絡を入れたようだった。
振り返った彼女はにっこりとした。
「ご案内します」
積層建築に定番の階段を二階分登り、廊下に出ると目の前に扉があった。
受付嬢がノックをすると、中から反応があった。
「どうぞ」
彼女が扉を開けて中に促す。
部屋はエアコンと空気清浄機が効いていた。
「確かに為折早紗の話、だそうだね?」
横向きの書類が溜まった机の椅子に、四十絡みの男がこちらを眺めるようにして座っていた。
彼は悠に空いている椅子を勧め、冷えた麦茶を持ってこさせた。
「為折早紗は、この町で起こった連続殺人の犯人を知っていると言っていました」
「ほぅ……君は、扶験悠君……だね?」
比微が目を細める。
悠はややたじろいだ。
「確か、行方不明になっていたはずだが」
タバコを箱から抜いた比微は、ジッポライターで火をつける。
この人は……信用できるのか?
悠の中で疑問が湧く。
比微は、今、紅琵達を襲撃している連中である郁玖詫総合警備会社の社長である。
運命だと思ってぶん殴れ。
紅琵の言葉がよぎる。
悠は、ゆっくりと頷いた。
「為折早紗は今、あなたの部下たちから攻撃を受けています。もしここで彼女が死んだなら、あなたは連続殺人の犠牲者の一人に加えるでしょう。しかし、僕は真相を知っている。僕はその連続殺人から逃げて来た生き残りです。もし、ことをうやむやにするなら、NPО法人に訴えかけてそのまま管轄の省庁から警察庁に報告を入れさせることにします」
「……へぇ」
煙を吐いた比微は、眠そうな目で彼を見つめたまま、小さく微笑んだ。
「……聡いなぁ。俺はそういう聡さが大好きだよ」
喉の奥で笑い、携帯通信機を取る。
葉理に指示を入れようとしたのだが、通話が拒否されていた。
すぐに彼は、葛香会に通話先を変えた。
「然馬、葉理を始末しろ。今すぐにだ」
通話を切り、比微は携帯通信機を机に置く。
「さて、その為折早紗を殺した連続殺人犯の話を聞こうじゃないか」
比微は、楽し気だった。
最初、何から話していいかわからなかった。
なので悠は、まず紅琵のことから語りだした。
比微は興味深げに耳を傾ける。
目の前でメモを取るような行動は一切みせなかった。
「……化け物とはよく言ったものだ。とんでもないやつだな、紅琵というのは。まるでこの町に自身らが来た時の反応をほぼ予測している」
「多分ですけど、町の衛星とコンタクトがあるんだと思います」
悠は半ば無意識に言っていた。
自分で何を言っているのかわからなかったが、ふと頭に浮かんだのだ。
彼はいままで衛星では外部の侵入者に警告を与える、本来行方不明になった少年というだけの存在だった。
そこでの悠は、土気の死者を使い、紅琵らを邪魔した。
だが、本来の悠は今ここに存在している。行方不明になっていたが、今ここに姿を現している。衛星から切り離されて初めてだった。
つまりは、今まで衛星の影響下にあったのだ。
「また、早紗を連れてここに来ます」
悠は言うと麦茶を最後に一口飲んで、部屋から出て行った。
残された比微は、目を軽く斜め上にやる。
「……少し腐臭がするな……」
つぶやいたが、すでにことは進んでいる。
彼としては、町が変化なく、平穏であれば何も文句はないのだった。
彼が動かなければ事件は起こらない。
事件が起こらなければ、郁玖詫総合警備会社は本来の業務である治安維持を正当に行使している証拠になる。
ふと比微は基本的なことを失念していたことに気づいた。
舌打ちしたい気分だ。
悠という目の前にいた少年には、影が無かったのだ。
麦茶の入ったコップを注意深く見る。
量が減っていない。
タバコの煙を深く吐き出す。
町は平和だった。
そう、ただ一つ、連続殺人事件を除いて。
フライドポテトが放られる。
そこを紅琵が撃つ。
紅琵は明らかに無駄弾を嫌っているようだった。
麻諷も最初の驚きから立ち直ったが、バケットを抱えて床に座り込んでいることに変わりはない。
早紗は新たに階段から突入してくる相手に鉈を振るっていた。
何時果てるやもしれない攻防も、やがて外に派手なエンジン音が響き渡り、同時に空気を破裂させるような銃声が続いて、レストラン内は一気に静かになった。
騒ぎは、地上の道路へと場面を移していた。
「おー、おー。悠がやったらしいぞ」
紅琵は窓の外に目をやり、ニヤリとしつつ眼鏡に指をそえ、煙を吐いた。
「撤収しようか」
早紗が息を切らした様子も見せずに言う。
二人は頷き、死体が転がる階段を下りて行った。
葉理としては、不意打ちだった。
來眞を殺し、久鴨衆から彼個人へと切り離した郁玖詫総合警備会社の事実上トップを今度の侵入者を始末することで確立する。
そこに突然の然馬たちの襲撃である。
「我々は、郁玖詫総合警備会社一課である! 次羽良葉理! 貴様を笹路來眞殺害容疑で逮捕する!」
拡張スピーカーからの然馬の言葉は、葉理には衝撃だった。
急いで比微と連絡をつけようとするが、携帯通信機の通話は拒否されていた。
「大人しく投降せよ、さもなくば射殺やも得ないものとする!」
武闘派の然馬がその性格を隠そうともせずに、逆に生き生きと声を張る。
バンの中で、葉理はホルスターからリヴォルバーを引き抜いた。
比微の性格はよく知っている。
あの昼行燈然とした雰囲気ながら、全てを計算しつくした行動を取り、決して今まで過ったことがない。
然馬がこうして堂々とやって来たということは、彼は完全に切られたのである。
葉理は銃口を咥える。
そして、何の迷いもなく、自ら引き金を引いた。
身体が軽く跳ね、後頭部がぐちゃぐちゃになった彼は、シートの下に崩れ落ちた。
転々としている地下街にある新しい宿で、悠は彼らを待っていた。
その様子は複雑げでもあった。
紅琵はこれからどうするのか。
彼が黄戴天殻派遣されてきて、土地転がしを仕事とする点は言われていた。
だが久鴨衆や、連続殺人事件など問題が積まれている。
それは、悠や早紗達の問題でもあった。
彼の考えを読んだかのように、紅琵はその頭に軽く手をやった。
「安心しろ。全て片付けてやる」
無言で早紗が悠のズボンの腰の後ろを取り、自分の方に引き寄せ、紅琵を睨む。
「……なんだよ、取って喰いはしないぞ」
失笑しつつ煙を吐くと彼は宿の椅子に座り、カバンと解電子タバコをを置いた。
コートを脱いで、防御のための呪符をはぎ取る。
カバンの中から浸透圧注射器を取って、首筋に打った。
深い息を吐き、前のめりに俯くとサングラスが床に落ちるままに、動かなくなった。
「また打ってるのか。このおっさんも無理してるわー。長くないねぇ、こりゃ」
麻諷が呆れるように言いつつ、設置された冷蔵庫から自分用にジュースを持ってきていた。
「……ところでまた何で地下なの?」
悠は早紗に後ろから抱きしめられながら、麻諷に疑問を口にした。
「そんなもん、あたしたちに相応しいからに決まってる」
相変らずの麻諷は単純明快な口調だった。
「相応しい?」
「そうだよ。死者にはお天道さまは眩しかったろう?」
喉を鳴らすように笑う。
「死者?」
「あんたはまだ、生きているか死んでいるか、『確定』してない。それを決めるのが、この町の状況をここまで『解体』した紅琵だよ」
悠は唖然とした。
自分が生きているか死んでいるかわからない?
ならここにいる自分はなんだ?
その表情を見て、麻諷はさらに笑う。
「衛星。つまりは、あんたはまだ早紗が拠り所とする、浮遊物に過ぎないんだよ」
「……でも、比微と話した! ちゃんと話した!」
悠は半ば叫ぶ。
うんうん、と麻諷は余裕をもって受け止めつつ、缶のプルを開ける。
「だからこそだよ。そう言うこともできる。まだあんたは不確定なんだ。何かになれるが、まだ何かにしかなれない。隠、つまり鬼ってやつだ」




