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死蝶町  作者: 谷樹 理
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第五章

 窓のない薄暗い部屋。

 円状に座る、梵字の書かれた布を顔に垂らした者達は、幾分緊張しているようだった。

 一人、兆錠だけは顎髭の顔を晒している。

「葛葉会がキキドの井戸を破壊した。これで龍が昇るルートは一か所に決定した。今までのように、どちらかになるかを考えなくてもよくなった」

 彼は厳かに言う。

「……龍に昇られたら町に災厄がふりかかるからな。楽になったのはいいことだ」

 少しの間があり、一人が淡々と言葉を継ぐ。

 彼等には、今だ兆錠へのわだかまりが微かに感じられた。

「化生については、放って置けば町の住人がやられる。今日は、御方の力を借りようと、集まってもらった」

 言う兆錠の落ち着いた余裕ある態度に変化はない。

「力を貸す?」

 一人が何を今更という声を出す。

 久鴨衆を乗っ取ったのは彼ではないか。

 そう思ったのもつかの間。

 兆錠から光る線が走り、円座を組んだ久鴨衆の者達を捕らえた。

 彼等は途端に歪な動きで異変に抗おうとした。

 しかし、電流が神経系を乗っ取り、思うように身体が動かない。

 彼等は、一瞬で兆錠の繰り人形そのものと化した。






「そもそも龍が昇ったらどうなるの?」

 麻諷が宿で素朴な疑問を投げかける。

 紅琵は椅子でだらりとしている。

 完全オフ・モードだ。

 部屋の隅で体育座りをしてこちらを伺っている早紗は、やや顔を上げた。

 傍には悠が腰を下ろしていた。

「それ、多分紅琵が聞いたら、そんなこともわからないでここに来たのかとか言われるよ……?」

 早紗がボソボソと呆れるような声をだした。  

以前はこのような軽口めいたことを言う娘ではなかった。

 麻諷はそれに気付いているのか気付いてないのか、続きを聞きたがった。

 そもそも頓着していないかのようだった。

 感覚過敏の彼女は彼女なりに壁を設けているらしかった。

「……龍は年に一度、町から衛星に昇ろうとする。地下に集まった情報がその姿を取って解析した現状を他の衛星ネットワークと共有するために。でもここは隠れ町だから。町の人間は、この町がネットワーク上でもみつけられることを嫌ってる。それで『龍』を衛星に昇らせないように、年一で龍狩りが行われるんだよ。あなたらがここをどうして知ったかはわかんないんだけどね」

「その件については、あたしもわからない」

 気おらない麻諷は自然に正直な返答をした。

「因みにこれからどうするかも、あたしにはわからない。そこでキマってる駄目な大人にしかわからない」

 続けた麻諷は紅琵に軽く目をやる。

「まったく、色々掻きまわしてくれるもんだよ」

 早紗はやれやれという風に息を吐いた。







 報告書を読んだ時、比微は額を掻いた。

 とてもじゃないが、まったくよろしくないのだ。

 彼は細かくちぎって灰皿に入れては、火をつけて行った。

 葉理を呼ぶ。

「我々が介入するのは、全てが終わってからだ」

 挨拶も何もなく、現れた葉理に向かって言い渡した。

 葉理は複雑な表情を浮かべる。

 反論する機会も間もなかったからだ。

 彼は黙って一礼して、社長室をでた。

 逆に彼はその一言で意地になった。

「警部補止まりが……」

 絶対にあの二人組を捕まえるか始末する。

 そう心に決めた。

 比微は彼が消えた部屋で、窓の外を一瞥する。

 晴天だが、どこか白々しい。

 彼は情報演算機のデータ・ベースを開き、検索を開始した。







 煙のブーストを掛けている解電子タバコを吸いながら、紅琵は早紗が言ったことを麻諷から伝え聞いた。

「なるほどねぇ……」

 サングラスに顔を当てて、口元のニヤケを隠す。

早紗の近くにいた悠はいつの間にか舟をこいでいた。

「悔しくないか、祟り子?」

 彼は、体育座りをしている早紗に向かって挑発的に聞いた。

「……悔しい?」

「そうだ。キキドを潰され、悠は狙われている。町の落とし子として、黙ってられるか?」

 鋭い視線を紅琵にやる。

「言っても無駄だけど言っとくわ。あなたらが来なければ、こんなことにはなってなかった」

 紅琵の態度はその程度では揺るがない。

「悠は永遠、奴らのモノだったし、キキドはいずれ久鴨衆に狙われてたよ」

「……でしょね」

 早紗はイラ立たしげだったが、否定しなかった。

「協力すればいいんでしょ?」

 続けて、吐き捨てるように言う。

「いや、俺たちが協力するんだ」

 紅琵は修正する。

 恩着せがましいとは、早紗は思わなかった。

 実際、協力してもらいたいぐらいだったのだ。

「龍は昇らせない。その代わり、ここの連中の思惑にも乗らない。俺たちは俺たちのやり方で、この町の始末をつける」

 紅琵は煙を吐きながら言う。

「任せるよ……」

 早紗には他に手がない以上、仕方がなかった。

「……僕もやる」

 いつの間にか、悠が目を覚ましていた。

「おー、勇ましいこった。ところでおまえ、交差点でよく遊んではいなかっただろう?」

「交差点? 何それ?」

 悠は不思議そうな顔になる。

「やはりな……」

「え? なに? あのゾンビ操ってた子と違うの?」

 麻諷が聞いてくる。

「違う。存在そのものが、今の悠の方がリアルだ。つまりは存在を利用するやつがいるんだよ」

「誰よ?」

 麻諷はあくまで直接的だった。    

「恐らく、久鴨衆。町によそ者をいれないようにした電子トラップだろう。あいつらの一人にはアンカーを打っている。場所は割れてる」

 大きく、紅琵は煙を吐いた。

 悠は懐疑的な眼で二人を見つめていた。

 つい数時間前、訳の分からない話のままに意識を失わされ、さらにまた、紅琵は一人で喋って何かを進めていくのだ。

 何をされるかわからない思いがある。

 その猜疑心を伝えようと、横の早紗に顔をやると、静かに頭を振っていた。

「今はね、この人たちに任せて置いた方がいい……」

「……でも」

「それが一番安全。少なくとも、この二人はあたしたちを殺そうとはしてないから」

 言われ、悠はしぶしぶ黙る。

 






 地下の街を四人は進んでいた。

 幾層もあり、階段をみつけては降りてゆく。

 人々は下に行く程、姿をひそめる。

 彼等はとうとう、トンネルのような、横に大きく掘られたところまで来た。

 ここまで来ると空気は微風が流れ、乾燥した土の匂いが充満している。カムロの数も増えていた。

「ここは……?」

 悠が疑問を口にする。

「……地下衛星軌道」

「そういうこった」

 答えた早紗に、紅琵が同意する。

 地下衛星が通る為のトンネルだった。

 紅琵はカバンから粘土のようなものを取り出し、壁や足元のあっちこっちにくっつけて行く。  

 通路の端には、小さな護摩の祭壇があった。

 その前に、一人の男が座っている。

 頭に布を垂らし、着物の下にゲートルを巻き、軍靴を履いている。

 久鴨衆だ。

「……そちらから来るとはな……」

 向きを変え、彼は言った。

 顔の前の布には梵字が書かれている。

「せっかく来てやったのに、おまえしかいないのかよ」

 紅琵は不満そうだった。 

「我は、軌道の守護に当たる者。ここにいて当然だ」

 声はしわがれている。

 かなり歳がいっているようだった。

「へぇ……」

 楽しそうに、紅琵は煙を吐いた。

 チラリと麻諷にサングラスの端から目をやる。

 答えるように、麻諷は腰の呪符を一枚はぎ取った。

 久鴨衆の男は立ち上がり、錫杖を持つ。

 四人は、並々ならない威圧感を感じる。

 カムロの姿が一気に消えた。 

 それだけで、相手がただものではないことがわかる。

 紅琵はコートの裏からショットガンを片手で伸ばして狙いを定めた。

「町に仇す化生とはおまえたちのことか。祟り子まで連れて」

 男も男の方で、この状況下を興味深げだと言わんばかりだった。

 早紗の目が据わる。

 祟り子と言われたのが気に食わないようだった。

「……望み通り、祟ってやろうか?」

 彼女は、一歩前に踏み出す。

 引っ張られて振り返ると、その服の裾を悠が掴んでいた。

 彼は首を横に振る。

 不満だったが、早紗は黙ってそのままになった。

 確かに、彼女には戦闘能力はほとんどない。キキドと融合した部分を応用すれば何とかなるが、紅琵らには及びもつかない。

 それでも自信はあったが、悠に配慮した。

 彼等に任せるのが妥当のようだった。

「やる気は伝わってくるけどな、爺さん。悪ぃ、こっちゃそんな素直じゃないんだ」

 紅琵は嘲笑うかのように言って、トンネルの階段入口まで戻る。

 三人が付いてくると、携帯通信機を操作して、設置したTNT爆弾を爆発させた。

 階段のコンクリにひびが入るほどの衝撃と轟音だった。

 トンネルは破壊されて、土砂に埋もれた。

 はずだった。

 まるで、土をそのまま軌道空間用に退けるように、すぐさま空洞が現れる。

 その奥に、久鴨衆の男が立っていた。

 紅琵はリヴォルバーをもう片方の手に取る。

 何も言わずにそのまま麻諷の側頭部を撃ち抜いた。

 弾かれた彼女は、ゆらりと揺れて、姿を変容させて行く。

 背から細長い指の生えた腕が二本加わり、脚は動物のように踵までが広く強靭になる。

「なるほど、化生だ」

 男は麻諷の姿を見て、納得したかのように錫杖を鳴らした。

 元の両手にカランビットを握った麻諷は、男に跳んだ。

 錫杖の先が眼前に突き出される。

 片手のカランビットが刈るように払った。

 そのまま、その方向に回転し、錫杖の石突きが麻諷の頬を掠める。

 男の右肩を背中から生えた指の長い腕で掴み、麻諷は右首筋をカランビットで抉ろうとする。

 錫杖が二本の腕と頭の間に入ってきて、左腕も添えられて外側に力づくで押し弾かれた。

「埋もれた荒魂よ!」

 男が叫んだ。

 次の瞬間、麻諷の身体の上に、大量の土砂が振ってきて、半ば埋もれてしまった。

 動きが取れなくなった彼女の頭に、錫杖が横薙ぎに振られる。

 悲鳴がつんざいた。

 錫杖は、いつの間にかいた早紗の握る鉈に阻まれる。

 男は舌打ちした。

 止まった彼に向かって、紅琵がショットガンを撃つ。

 男は後ろに吹き飛んだ。

 だが、そのまま姿は土の中に溶けるように消えていった。

 錫杖状に固まった土が、軌道トンネルのいたるところから突き出され、空間は格子状になった。

 埋もれな中から這い上がった麻諷は、早紗と共に辺りを伺う。

「違う、土の物理的結界だ」

 紅琵は二人に言った。

 土で出来た閉鎖空間の中に、二人は閉じ込めかけられていたのだ。

 錫杖のような長い土がさらに何本も辺りを貫く。

 ゆっくりと、辺りは土で埋められていった。

 爆破で土砂にする意味がないわけだと、紅琵は苦々しく思った。

 麻諷は迷わず、早紗を連れてトンネルの奥の方に跳んで行った。

 紅琵らも、土の棒を払いのけながら追った。

 走る彼等の背後に、土の塊となったものが迫る。

 それは、怒涛の津波のようだった。

 ならばと、紅琵はカバンからさらにTNT爆弾を取り出して後ろにばらく。

「耳に注意しろ」

 いうと、爆風の距離を考えてから爆発させた。

 爆発する土砂は迫りくる土に壁をつくり、勢いを弱めた。

「地下に土気を遣う奴がいるとは。もっと雑魚の集団だとおもってたんだがなぁ」

 軽く息を切らし、紅琵は解電子タバコの煙を吐いた。

「おっさん丸出し」

 呪符をはぎ取り、元の姿に戻った麻諷が彼を見てケタケタ笑う。

「どこに消えたんだろう?」

 早沙の問いに、麻諷が簡潔に「土の中で泳いでる」と答えた。

 確かに、物理的にこれだけ埋められれば、土気を操るとしても移動は容易くないだろう。

「アレを始末したいところだが、もっといい手を思いついた」

 紅琵がニヤリとする。

「出たな、嫌なやつ」

 麻諷が楽し気に応じる。

「なんとでも言うがいい」

 紅琵は鼻で笑い飛ばす。

「ハードだ……ハードすぎる……」

 悠がぼやくような、必死なような声を出す。

「気にするな。気のせいだ」

 ずれてはいるが妙に説得ある一言で、紅琵は悠を黙らせた。

 カムロが再び姿を現し、辺りは薄ぼんやりとした光りに包まれる。

 不本意に口を閉じらされた悠だが、トンネルの先を歩いてゆくと、その先の方に何かがあるのを感じた。

 異様に温かい、懐かしい感覚。

「何かあるね」

 麻諷が言った。

「……軌道中の衛星だろうね」

 早紗が指摘する。

「そうそう、それを探してたんだ」

 嬉しそうに、紅琵はサングラスの位置を直す。

 やがて、彼等の眼前に、壁のような構造物が立ちはだかった。

 それは球状をしているらしい。

 硬質の機械とパイプの塊で、ごくごくゆっくりと転がるように動いている。

「地下衛星だ」

 早紗が言った。

「早紗、何か感じないか?」

 紅琵が聞いてくる。

 彼の吐く煙を、バチバチと電子が弾いていた。

 彼女は、軽く渋面をつくり、彼と地下衛星を見比べた。

「何か……特別には……いや、呼ばれているような……何これ?」

 確かに、早紗を呼ぶ声がかすかに耳に響いてきた。

 それも一つではない。幾つも何度も重なり、だんだんと大きくなってゆく。

 紅琵は満足げに頷いた。

「応えてやれよ」

 何を?

 早紗は口にしようとした。

 意識が横転する。

 身体が多数の線でできているようなものになった気分だ。

 その線が伸び、地下衛星からの線と絡み合う。

 幾万もの線になった彼女と地下衛星が繋がり、全てに光りが帯び、電気のような痺れる感覚が全身を巡る。

 感電した光りを纏う部分が浮き上がると、人の姿を取った。

 早紗だ。

 彼女は、地下衛星の一つから流れ込む情報を完全に取り込んだ。

「……よし、目的は達したようだ。個々から出るぞ」

 紅琵の声がした。

「ココから? どうやるのさ?」

 麻諷が眉をしかめる。

「早紗に聞きな」

 彼は、無責任とも取れるような口調だった。

「……上に昇るのね?」

 早紗は壁に目をやる。

 すると土に穴が開き、階段ができた。

 な? と言うように、紅琵が麻諷を見るが、彼女は構わず早紗と悠と一緒に階段を上りだした。

「……意外とやるなぁ、ハヤリ神だというのに」

 少し不満げに、紅琵は続いた。







 メクロメの大木の周りを、久鴨衆がぐるりと囲んでいた。

 辺りに羽ばたく蝶が激しく舞い、カムロたちが珍しくガヤガヤと騒いでいる。

 久鴨衆は、一様に陀羅尼を唱えていた。

 オン・バサラ・サタンバ・ソギャラカ……バサラ・アラタンナゥ・マドタンラン……バサラ・ダラマ・ギャナイ……バサラ・ゲルマカロ・バンバ……。 

 低い詠唱は樹々の間にも響き渡り、空気をゆっくり泥念のようにしていく。

 樹々の枝や葉からの光がメクロメに集中する。

 メクロメの特別性がさらに高まり辺りにはこの一本しか存在するものが無いかのようだった。

 五行思想に通じている彼等にとって、陀羅尼は一般教養の範囲内である。あらゆる呪術を網羅してこその久鴨衆なのだった。 

 陀羅尼の四智讃を唱える彼等から数歩離れた位置で、兆錠は空を見上げていた。

「世直りの時ぞ……」

 星々は樹々と同じく姿を隠して、一つだけ瞬いていた。

 歐木町がサテライト・コミューンとして世界に窓を開いている衛星だった。

 辺りの空気には湿気が増していた。

 土を踏む足の下に、ゆっくりと蠢くものがあった。

 衛星の十三号と呼ばれるものの軌道が、メクロメの根の下に近づいてきているのだ。

 十三号はこの一年を掛け、久鴨衆が他の地下衛星から取捨選択したデータを上手く継ぎ合わせて転送していた。

 上手く体裁を造った町の情報である。

 歐木町が単なるそこら辺にある住宅地だという内容だった。

 無論、久鴨衆などという集団の存在もその中には無い。

 例年よりもこの機会を繰り上げたのは、町に現れた異物の二人の存在の為だった。

 彼等が外部に発するよりも早くこの町に異常はないと、天体衛星から外部に報告するのだ。

 地下衛星が、どんどん真下に近づいてくる。

 水気が充満してきた。と同時に、木気の存在感が失せてゆく。

 メクロメの巨木の樹皮に細かく線が入ってゆき、鱗のような形が浮かび上がる。

 広がる枝が一斉にざわついた。

 一枝二枝と、久鴨衆の傍に落ちてくる。

 やがて、大樹は、大あごを持った天を睨む巨龍の姿を取る。

 久鴨衆が全員で印を結ぶ。

 水気が満ちた。

 それらを合図に、大樹から巨龍が天高く昇りだす。

 人工衛星と、龍が一つの線で結ばれた。

 東京上空のネットワークに、情報が拡散してゆく。

「見ろ、黄泉が黄泉返ったのだ……」

 兆錠は、力尽きたようにその場にかがみ込む者もいる久鴨衆を視界の隅に入れながら、片手を軽く上げて空気中を奏でるように指先を流した。

 

 満足したのだ。

 水気は尽きたようで、木気が空気中を圧している。

 あとは、侵入者の始末をするだけだ。

 蝶やカムロたちが解放感に舞い踊る中、彼は首を小さく傾かせた。







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