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死蝶町  作者: 谷樹 理
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第一章

 微かに風が流れ、少女のブーツが踏んだ周りから幾匹もの蝶が羽を瞬かせて舞い上がった。

「……今、悲鳴みたいの聞こえなかった?」

 薄いワンピースの上に大き目のサマーニットを着て、左側の長い三つ編みだけを伸ばし垂らしたショートカットの麻諷(まふう)は立ち止まって携帯通信機の画面をのぞき込み込む。

 腰には梵語で文字の書かれた長方形の布をぐるりと何枚も縫い付けていた。

 錆びて古びた建物が樹々の中に建て増しされて城壁のように並んだ暗い道の途中だ。

 昼間の晴天下だというのに湿気が多いな、と感じつつ帽子に大きなサングラスを掛けシャツとワイドパンツ姿で背の高い紅琵(くび)は、悲鳴が気に掛かっていた。

 言った当の麻諷は場所の確認に集中している。

 藪の茂る小路の先で少女は振り返った。

「聞こえなかったな。もう一度、声を上げて欲しいものだが」

 興味が出たと言わんばかりの反応だ。  

「この辺りが隠れ街ってとこだけども……」

「……ちょっとしたら一降り来るな」

 紅琵は樹々の葉が擦れる空に軽く目をやった。 

 彼は二十三歳。

 細い身体の麻諷は十八歳。

 麻諷はにコミュニティから削除される寸前だった。

 彼女が属しているのは、黄天載(こうてんさい)という名の八歳から十八歳の女子のみが所属できる一種の里親制度だ。

「流石、謂れだけある風景よねぇ」

 辺りには茂り揺れる枝葉の音しかしない。

「悲鳴はどこから聞こえた? どんな声だ?」

 紅琵は四角いカバンを背に、河が流れる脇の藪に顔を向ける。

 淡々と年齢的だが明らかに興味を示している。

 麻諷が聞こえたというのだ。

 紅琵の耳はそれをまったく拾わなかった。

 それもそうだろう。麻諷の感覚野は人の数倍鋭い。精度も下手な機械などよりも高いのだ。

 ようやくといった風に麻諷が眼をやる。

「聞くのはいいけど、それってどういうことか分かってるよね?」

 意味ありげな口調。

 その癖に表情は悪戯っぽい。

「……そいつが死ぬってことだろ? しょうがないだろう、そういう風にできてる」

 紅琵はサングラスに指を添え、顔を隠すようにした。

「無駄な死人出したくないしね」

 麻諷は正解とばかりに笑顔になる。

「お互い物騒なもんだ」

 この歐木(おうぎ)町に二人が来ることになった時点で、紅琵は不幸なものだと嘆息していたのだ。

 まるで他人事だと、からかっていたのは麻諷である。

 紅琵はNPО法人「黄天載」の委託を受けている。

 黄天載は感覚が過敏なまでに優れているために逆に日常を送れないほどの子らを抱える保護・育成プログラム組織だった。

 彼女たちは成長してやがてそれぞれ社会に復帰してゆくが、それでも無理という子らには別の道があった。

 どの感覚過敏かにより、選り分けられるが、麻諷の場合は「降ろし身」というものである。

 彼女は、あらゆる現象をその身をもって一個にまとめ上げて「何か」を「何者か」にする収縮性を持っているのだ。

「お互いはやめてもらえる? 一番物騒なのはあんただし」

 麻諷は無表情な青年に、軽く顎を浮かせて見せた。

 紅琵は「何者か」を改めて「何か」に「分解」するのが役目だった。

 それは、一種の推理と物理的行為によってなされるが、推理が必要ということは、解明という「何か」を「分解」する行為であり、対象が人の場合はほぼ必要上、「死」が伴う。

 紅琵が関心を持ったものには、死が訪れる「システム」だった。

「そういうものだから、仕方がない。君もそういうものだから、仕方がない」

「だから一緒にしないでほしいね」

 やれやれと、通信携帯機を再び操作する麻諷。

 下手に直観に従うより、機械を相手にした方が集中できるのだ。 歐木町。古木と不思議に蝶の舞う古風な東京の一画にある、神隠しの噂で有名な町だった。

 雫が点々と落ちてきた。

 紅琵の言う通りに空は曇り、やがて激しい土砂降りの雨になった。

 幾本もの枝が分れたかのような稲妻が走り、鳴り響いた。

 ここにも電子がある。

 逃れられないな、と紅琵は濡れながらイグーノ社製の黒い棒のような解電子タバコを咥えた。







 歐木町で暮らす早紗(ささ)は、十五年ほど前に流行ったサテライト・コミューンという集団を指す言葉を知っていた。

 地上の人間の劇的な知覚の広がりと破滅的な失墜を象徴して、サテライト・コミューン世代とも呼ばれる。

 彼女はその後に生まれた。

 個々人が軌道衛星を打ち上げられるようになり、衛星間の情報伝達がメインに移った安定期に、網の目が幾つも重なった海のような情報のなかから、正体不明の塊が出現したのだ。

 最初は、小さな子供のようなハッキリとしない姿のモノがそこかに出現しては消えた。嬌声をあげ、意味不明な言葉のようなものを喋り、集団でぼんやりと立っていたり、走り回ったりする。

 カムロと呼ばれるまだ無害らしいモノは、日常的によく眼にする。

 一方で「星」と呼ばれるものはその時と場所により反応が違い、状態もそれぞれの情報塊だった。  

 それを「意志」と認識する者もいた。ただの「情報反射物」であるとする者もいた。

 空の交流を主な手段として社会参加していた人々は、星々の反応する意志により、ズタズタに混乱をきたした。

 サテライト・コミューン世代は同時並行していた技術により、地中に通路を造り、軌道周回する地下衛星も造っていた。

 現在の情報伝達手段は、荒波の空と這えずる地中に分離し、それぞれが独自の発達を遂げていた。

 東京には空がある。地下には多数の空洞があった。

 巨大な情報交流場として、極東の端で半ば廃墟となった都市は新たな生活圏として誕生していた。

 隠れ街の歐木町も、その中に埋没している一つである。

 早紗は、古老たちから祟りがもうすぐこの町に現れると言われているのを聞いていた。

 衛星の軌道周回を計算した結果だと知らされている。

 蝶たちが今年はより多く町にはためき、樹々の葉は良く茂っていた。

 土砂降りになった午後、彼女が硬い表情で立った木造の三階にある小部屋には、一人の男が苦し気に唸っていた。

 男は、小柄で細身の、蒼いハーフツインをして薄い空色のシャツにフリルのミニスカートと、その下にデニムの七丈ワイドパンツを合わせた可愛らしい十六歳の少女を見上げた。

 助けを求めるでもない眼は、虚ろに揺れていた。

 これで三人目。

 この男はもうすぐ死ぬ。

 悲鳴が空間内を伝達し、早紗が駆け付けたのだ。

 だからといって、彼女にできることは確認することだけだった。

 報告を古老にし、後の判断を任せる。

 そのためだけに、早紗は人の死の過程を見つめていた。

「……おまえは、誰だ?」

 苦し気な男は、やっとつぶやいた。

 早紗は答えない。

 無駄だからだ。

 やがて男の身体に細かな線が幾筋も通った。

 四つん這いになった背中から、小さな破片となって部屋中に砕けていく。

 小さな蝶たちだった。

 窓の外は土砂振りである。

 部屋に満ちた蝶は、不思議な光を灯して狭い空間を満たす。

「……お疲れ様」

 早紗はボソリと一言いうと、一匹だけ手の中に柔らかく握り、下への階段を降りて行った。

 歐木町は地下道が地上の道路よりも縦横に掘られている。

 そこに住居を造り生活する者も少なくない。

 たまにカムロたちが遊んでいるのも見える。

 換気や壁のつくりなどがしっかりした坑道を行き、早紗は町の中央近くまでやって来た。

 空の衛星を雲を抜けて一つ反射させている噴水と井戸を兼ねた構造物があった。

 脇の隙間からわずかに水が染み、黒ずんでいるコンクリートの階段を昇ってゆく。

 雨が小降りになってきていた。

 部屋はまるで廃墟だが、埃っぽさが一切ない。

 代わりに壊れた椅子、古びた巨大な時計、ひびの入った姿鏡と小さなクマのぬいぐるみが置かれていた。

「キキド様……」

 彼女は呼びかける。

『……早紗、メクロメが不機嫌だ』

 応えるように一画から伸びた人の影からの声を早紗は聞いた。

 影は一つではない。部屋のあらゆる場所にあらゆる恰好で、五人分ほどあった。

「……井戸に星が落ちていました」

『昇った、か』

 早紗は手の中の蝶を一匹、部屋の中に放した。

 ゆらりとした線を描きながら、羽を瞬かせる蝶は、窓から外に出て行った。

「メクロメの星が新たに一つ」

『……空への道がまた一つ伸びたな』

『ところで、町に来客が来ている』

『迎えてくれ、早紗』

 少女は頷いた。

 

  





「ずぶ濡れ……」

 髪の毛から水滴を垂らしながら、明るい調子で軽く麻諷は笑う。

 雨の止んだ町は、樹々の中に錆びた廃墟が積まれたの山といった風景だった。

「つかさぁ、さっきの雷鳴の時に、稲妻に沿って地面からなにかが雲の上に走って行ったんだけど?」

「……放電現象だろ」

 淡々とした紅琵が町を眺める。

「その線の痕に沿って、蝶がまとわりついてるように飛んでる」

 サングラスの奥から目だけを向けてきて、ほぅ、と解電子タバコの煙を吐く。

「人工物か」

 微かに面白げな雰囲気が見られた。

 黒い棒状のスティックを指に挟んで垂らし、再び町を眺める。

「……言って、ここ自体がどこまで人為的に造られたか。衛星の影響とのバランスが気になるところだな」    

「あー、余り影響とかほしくないなぁ。あたしまた痛い目合うじゃん」

「役目だろ」

「ひでぇ……あんた相変らずひでぇよ」

 大げさな口調と表情をつくる麻諷だが、わざとらしすぎてふざけているようにしか感じない。 

「とにかく、目障りなもんは「解体」する。ここに変なシステムが確立されてたんじゃ、他の地域が余計な影響を受ける」

 煙を飲み、吹き出しながら紅琵は再び感情を込めない態度になった。

 麻諷の視界にカムロらしき子供の姿、ところどころで瞬間的に目に入ってくる。

 カムロがいるということは、「システム」は完成の域にたっしているということだった。

「調べたいのは、星の影響と町の役割だ。どれほどの物か知りたい」

「それここに来る前に言われたじゃん? 「古龍」が住む町だって。放電現象も雨もそれを示している。探しゃいいんじゃない?」

「じゃあ、探せ」

 無下になく言われた麻諷はぶーたれた顔で、辺りの雰囲気に感覚を開放する。

 樹々が深く根を張り、空の一部を葉が覆っているのが気になった。

 麻諷は町に人影がないか目を至る所になった。

 静かな古びたたたずまいの風景に、気付くと一人の男がやや離れたところに立っていた。

 辺りから劈くような悲鳴が響いた。

 一気に空気が張り詰める。

 痩せて青白い肌をし、薄汚れた服を着て、光り無い虚ろな瞳でこちらに向いている。手には、だらりと鉈を持っていた。

 猫背でゆっくりと、こちらに向かってくる。

 似たような相貌の男たちがあらゆるところから現れた。

 カムロたちの姿はいつの間にかいなくなっている。

 麻諷は腐臭を感じた。

 彼女が認識で得たものは、紅琵の外部認識野に送られて共有されている。

 紅琵は一瞬の軽い眩暈に肌の上を小さく電流が爆ぜるような痛みが各所に起こるのを感じた。

「……この話はまったく聞いてない」

 紅琵は立ったまま煙を吐く。

「と、言われましても……?」

 ふざけた口調で、麻諷は辺りに首を回す。

「なるほどね……流石、謂れのある町だ。君へ外的介入を仕掛けてきてか」

「あー……」

 麻諷は辺りを探して、目指すモノを見つけ軽く上げた手で指さした。

 道路表示の棒の脇にある塀の上に、小さな少年が座っているのだ。

 明らかにカムロではない。

 ドレッドを乱した髪でコートのようなロングジャージに、ハーフパンツでスニーカーを履いている。

 だらりと前のめりになり、両手と頭を垂らしながら、片目だけを上目使いにこちらを睨みつけてきている。

「……ああ」

 紅琵は見つけたとばかりに小さくうなづいた。

「……濡れた人影が二つ……気味が悪いなぁ」

 ボソリと少年がつぶやくのが聞こえた。

 紅琵は背のカバンを手元に降ろす。

 地面から熱が伝わってきて、濡れていた彼等の服がゆっくりと暖まってくる。

 同時に、腐臭と人影の増加。

 正に湧き上がってくる。

「……ポンプか。心臓に来るね。だが、雑魚だ。君の力を使うまでもない」

 カチりと、弾丸を薬室に送り込み、カバンから出した手には、バレルの短い弾倉が下に伸びたレミントンの改造ショットガンを片手で握っていた。

 解電子タバコの煙がたゆる口の端を引き上げると、腕を伸ばした動きにワイドパンツから垂らした鎖がジャラリと鳴る。

「ポンプ? てか、いきなりそんなもん出すわけ、あんた? 推理も何もない、力技じゃん」」

 呆れ気味に言うその麻諷の語尾に轟音が重なった。

 薬莢が二つ排出されて跳ね、道路に転がる。

 間近に迫った二人の男の胸が爆発して、後方に吹き飛んでいった。

「多分、あの悲鳴だ。あれを起点にして、このゾンビみたいなのをここに湧かせている。悲鳴で、こちらの心臓が反応して動悸が起こる時に、電子を挿入して頭の中に注ぎ込ませてくるんだ、この状態に。意識と現実は違うといつも言っているだろう?」

 自動装てんされる散弾を、引き金を引いてもう一人の男の胸板に叩き込んで続ける。

「……つまりは、地下衛星からの介入だよ」 

 少年が不気味に笑った。

「お兄ちゃん、言ってること意味がまったく解らないよ……」

 ゆっくりと立ち上がる。

「……ここは俺の遊び場だぜ? 何勝手に入ってきてるのさ?」

 怒りをため込んだ声は恨みがましく、聞いた麻諷経由で紅琵の皮膚がチリチリと爆ぜる。

 紅琵が少年にショットガンを向ける。  

 三発、連続で見舞ったが、効果はまるでなかった。

 マガジンを変えて、まず手近な男を撃つ。

 痺れるように痙攣すると、男は人形のように倒れた。

 高圧電流発生弾薬だ。

 改めて少年に向けて手を伸ばすと、彼は不気味に笑い、塀の裏に降りた。

 急に周りの雰囲気ががらりと変わる。

 物静かで寂し気な廃墟といったものに。

 男たちの姿は消えていた。

「……ミスったか」

 紅琵は鼻を鳴らして、ショットガンを持つ手を垂らした。

「で、今のガキはなにさ?」

 麻諷が促す。

 紅琵は解電子タバコの煙を一気に吸った。

「……歳は十三歳。ここを遊び場にしていた子供。本人は死んだことに気付いていない。死因は事故死だ。車に轢かれた。ここで」

 カチりと何かがかみ合う音が頭の中で鳴った。

 この瞬間に、少年が死んだことが確定したのだ。

「轢いた犯人は?」

「見つかっていない。だが、多分白のセダンだ」

 つらつらと述べてゆく。

「暴こう。きっと良いカードになるよ」

「話は全部、歐木町の都市伝説内にある。あの子の名前は、西鹿悠(にしか ゆう)だ」

 麻諷はニヤリとした。

 辺りにカムロが現れ、蝶がはためいた。

 二人の服はすっかり乾いていた。








  




 

    





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