第4話
あの夜から数日、わたくしは自室に籠もり、カイゼル辺境伯から送られてきた本を読み解くことに没頭した。
幸い、王家への嫁入りに備えて叩き込まれた古代語の知識が、ここで役に立った。
読めば読むほど、背筋が凍るような事実が明らかになっていく。
わたくしの腕輪は、やはり『魂蝕の枷』と呼ばれる呪具の一種だった。魔力を抑えるという名目で、装着者の生命力を少しずつ削り取り、最終的には心を壊し、廃人にするための道具。
(お父様、お母様……あなた方は、わたくしに死ねと、そうおっしゃりたかったのですか)
両親の顔が浮かぶ。
彼らは、わたくしの魔力が暴走することを、家の恥だと、汚点だと言った。
だから、この腕輪を嵌めさせたのだと。
それは、しつけの一環なのだと。
けれど、これはしつけなどではない。
静かで、緩やかな、処刑だ。
婚約破棄の一件で、わたくしと両親の関係はさらに冷え切った。
父はわたくしを呼び出すと、「王家にご迷惑をおかけしたのだから、しばらくは修道院で頭を冷やせ」と、事実上の勘当を言い渡した。
母は、そんな父の横で、ただ冷たい視線を向けるだけだった。
彼らはもう、わたくしを娘だとは思っていない。
ただ、家の体面を汚した厄介者としか。
(……それでも、仕方がないのかもしれない)
心のどこかで、そう思ってしまう自分もいた。
だって、わたくしは、取り返しのつかないことをしたのだから。
ふと、脳裏に遠い日の記憶が蘇る。
あれは、わたくしがまだ、この腕輪を嵌められる前のこと。
五つか、六つくらいの頃だったろうか。
庭の木陰で、わたくしは一羽の小鳥を可愛がっていた。
怪我をして飛べなくなっていた、小さな青い鳥。
毎日こっそり餌を運び、名前をつけて、話しかけていた。
わたくしにとって、初めての、たった一人の友達だった。
ある日、些細なことで侍女に厳しく叱られた。
悲しくて、悔しくて、感情が激しく昂った。
その瞬間、自分の中から、熱い何かが溢れ出すのを止められなかった。
――気づいた時、手の中にいたはずの小鳥は、真っ黒な炭になっていた。
「あ……あ……」
声にならない悲鳴が喉に詰まる。
指先から溢れた魔力が、わたくしの大切な友達の命を、跡形もなく奪ってしまったのだ。
あの時の、手のひらに残る灰の感触と、焦げ付く匂い。
侍女たちの怯えた顔。
『怪物だ』と囁く声。
あの絶望が、今も胸に突き刺さっている。
わたくしの力は、何かを傷つけ、壊すための力なのだ。
大切なものほど、この手からこぼれ落ちていく。
だから、この腕輪は罰なのだと、そう思っていた。
この力で二度と誰も傷つけないための、必要な枷なのだと。
(けれど……本当に、そうなのだろうか)
カイゼル辺境伯の、あの静かな瞳を思い出す。
彼は、わたくしを『怪物』として見てはいなかった。
コンコン、と扉がノックされる。
「お嬢様、エドワード殿下とイザベラ様が、ご訪問です」
「……え?」
最悪の来客の名に、思わず眉をひそめる。
一体、何の用だというのか。
断ることもできず、重い足取りで応接室へ向かうと、そこには勝ち誇ったような笑みを浮かべた二人が、我が物顔でソファに座っていた。
「あら、クラウディアさん。ずいぶんとおやつれになったこと。夜も眠れないのかしら?」
イザベラが、扇で口元を隠しながら、くすくすと笑う。
その隣で、エドワード殿下は腕を組み、ふんぞり返っている。
「当然だろう。俺という婚約者を失ったのだからな。だが、これも自業自得だ。ところでクラウディア、お前、最近リントヴルム辺境伯に色目を使っているそうじゃないか」
「……何のことでしょう」
「とぼけるな! あの夜会の日、辺境伯がお前に声をかけていたと、もっぱらの噂だぞ!」
殿下の声が、嫉妬と苛立ちで尖っている。
どうやら、あの氷の辺境伯がわたくしに関心を示したことが、彼のプライドをひどく傷つけたらしい。
「いいか、勘違いするなよ。辺境伯が興味を持つのは、お前のような出来損ないではなく、ヴァインベルク家の後ろ盾だけだ。だが、そのお前ももうすぐ修道院送り。辺境伯もお前にはすぐ興味を失うだろう」
「そうですわ、クラウディア様。身の程を知るべきですことよ」
二人は言いたいことだけ言うと、満足そうに帰っていった。
わざわざ、わたくしを貶めるためだけに来たのだ。
その幼稚さと悪意に、溜め息しか出ない。
けれど、同時に、小さな波紋が心に広がっていた。
(そうか……あの人たちは、わたくしがカイゼル辺境伯と親しくなることを、恐れているんだわ)
それは、ほんの小さな発見だった。
けれど、今までただ耐え、受け入れるだけだったわたくしの心に、初めて生まれた、反撃の狼煙のような、小さな、小さな光だった。




