表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第4話

あの夜から数日、わたくしは自室に籠もり、カイゼル辺境伯から送られてきた本を読み解くことに没頭した。

幸い、王家への嫁入りに備えて叩き込まれた古代語の知識が、ここで役に立った。


読めば読むほど、背筋が凍るような事実が明らかになっていく。

わたくしの腕輪は、やはり『魂蝕の枷』と呼ばれる呪具の一種だった。魔力を抑えるという名目で、装着者の生命力を少しずつ削り取り、最終的には心を壊し、廃人にするための道具。


(お父様、お母様……あなた方は、わたくしに死ねと、そうおっしゃりたかったのですか)


両親の顔が浮かぶ。

彼らは、わたくしの魔力が暴走することを、家の恥だと、汚点だと言った。

だから、この腕輪を嵌めさせたのだと。

それは、しつけの一環なのだと。


けれど、これはしつけなどではない。

静かで、緩やかな、処刑だ。


婚約破棄の一件で、わたくしと両親の関係はさらに冷え切った。

父はわたくしを呼び出すと、「王家にご迷惑をおかけしたのだから、しばらくは修道院で頭を冷やせ」と、事実上の勘当を言い渡した。

母は、そんな父の横で、ただ冷たい視線を向けるだけだった。


彼らはもう、わたくしを娘だとは思っていない。

ただ、家の体面を汚した厄介者としか。


(……それでも、仕方がないのかもしれない)


心のどこかで、そう思ってしまう自分もいた。

だって、わたくしは、取り返しのつかないことをしたのだから。


ふと、脳裏に遠い日の記憶が蘇る。

あれは、わたくしがまだ、この腕輪を嵌められる前のこと。

五つか、六つくらいの頃だったろうか。


庭の木陰で、わたくしは一羽の小鳥を可愛がっていた。

怪我をして飛べなくなっていた、小さな青い鳥。

毎日こっそり餌を運び、名前をつけて、話しかけていた。

わたくしにとって、初めての、たった一人の友達だった。


ある日、些細なことで侍女に厳しく叱られた。

悲しくて、悔しくて、感情が激しく昂った。

その瞬間、自分の中から、熱い何かが溢れ出すのを止められなかった。


――気づいた時、手の中にいたはずの小鳥は、真っ黒な炭になっていた。


「あ……あ……」


声にならない悲鳴が喉に詰まる。

指先から溢れた魔力が、わたくしの大切な友達の命を、跡形もなく奪ってしまったのだ。


あの時の、手のひらに残る灰の感触と、焦げ付く匂い。

侍女たちの怯えた顔。

『怪物だ』と囁く声。


あの絶望が、今も胸に突き刺さっている。

わたくしの力は、何かを傷つけ、壊すための力なのだ。

大切なものほど、この手からこぼれ落ちていく。


だから、この腕輪は罰なのだと、そう思っていた。

この力で二度と誰も傷つけないための、必要な枷なのだと。


(けれど……本当に、そうなのだろうか)


カイゼル辺境伯の、あの静かな瞳を思い出す。

彼は、わたくしを『怪物』として見てはいなかった。


コンコン、と扉がノックされる。

「お嬢様、エドワード殿下とイザベラ様が、ご訪問です」


「……え?」


最悪の来客の名に、思わず眉をひそめる。

一体、何の用だというのか。

断ることもできず、重い足取りで応接室へ向かうと、そこには勝ち誇ったような笑みを浮かべた二人が、我が物顔でソファに座っていた。


「あら、クラウディアさん。ずいぶんとおやつれになったこと。夜も眠れないのかしら?」


イザベラが、扇で口元を隠しながら、くすくすと笑う。

その隣で、エドワード殿下は腕を組み、ふんぞり返っている。


「当然だろう。俺という婚約者を失ったのだからな。だが、これも自業自得だ。ところでクラウディア、お前、最近リントヴルム辺境伯に色目を使っているそうじゃないか」


「……何のことでしょう」


「とぼけるな! あの夜会の日、辺境伯がお前に声をかけていたと、もっぱらの噂だぞ!」


殿下の声が、嫉妬と苛立ちで尖っている。

どうやら、あの氷の辺境伯がわたくしに関心を示したことが、彼のプライドをひどく傷つけたらしい。


「いいか、勘違いするなよ。辺境伯が興味を持つのは、お前のような出来損ないではなく、ヴァインベルク家の後ろ盾だけだ。だが、そのお前ももうすぐ修道院送り。辺境伯もお前にはすぐ興味を失うだろう」


「そうですわ、クラウディア様。身の程を知るべきですことよ」


二人は言いたいことだけ言うと、満足そうに帰っていった。

わざわざ、わたくしを貶めるためだけに来たのだ。

その幼稚さと悪意に、溜め息しか出ない。


けれど、同時に、小さな波紋が心に広がっていた。


(そうか……あの人たちは、わたくしがカイゼル辺境伯と親しくなることを、恐れているんだわ)


それは、ほんの小さな発見だった。

けれど、今までただ耐え、受け入れるだけだったわたくしの心に、初めて生まれた、反撃の狼煙のような、小さな、小さな光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ