第4話:極寒の門を越えて
朝、ルミエールはいつもより静かだった。
市場の喧騒も、ネズミ串の匂いも、今日は遠い。
俺、カイトは、防寒着 を着込んで、シルバーフロストの拠点に向かっていた。
拠点は「昇降門」のすぐ横――地上へ通じる唯一の出口 だ。
石壁に巨大な鉄の扉が埋め込まれ、周囲は魔法陣で強化されている。
普段は閉ざされ、探索者だけが許可証で開けられる。
俺は許可証なんて持ってない。でも、今日は違う。
「おー、カイト! 遅えぞ!」
扉の前で、ガルドが手を振ってる。
隣にはリナとエルム。二人とも、本物の防寒装備。
厚手の毛皮、氷結防止の魔法布、足元は鉄の爪付きブーツ。
俺の防寒着は、配達屋用の古着。寒さ対策は……芋の皮で作ったマフラー だけ。
「す、すみません! ミオに止められて……」
「またミオか。まあ、幼馴染ってのは面倒だな。」
リナがクスクス笑う。エルムは無言で、俺の装備をジト目で見てる。
ガルドが許可証を扉にかざす。
ゴゴゴゴ……
重い音とともに、鉄の扉がゆっくりと開く。
その向こうは――
真っ白な闇。
「これが……地上?」
俺の声が震える。
冷気が一気に押し寄せ、息が白くなる。
魔法の灯りはなく、ただ風が唸る。
足元は凍った岩。遠くに、氷の柱 が無数に立っている。
太陽は見えない。空は厚い雲に覆われ、光は届かない。
「初地上は誰でもビビる。けど、慣れる。」
ガルドが肩を叩く。重い手。でも、安心する。
「試練は簡単だ。偵察 だ。
半径500メートルの遺跡跡を回り、異常がないか 確認する。
敵が出たら、俺たちが対応。お前は観察 しろ。」
観察。簡単そう。でも、俺の心臓はバクバクだ。
地上に出て、10分。
俺の足はもう凍りそうだった。
配達屋の足腰は自慢だけど、極寒は別。
風が顔を切り、雪が目に入る。
でも、視界の端に――
「ガルドさん! あれ!」
凍った地面に、巨大な金属の残骸。
半分が雪に埋まり、表面に魔法回路の紋様 が刻まれている。
第2話の遺物と同じだ。
エルムが近づき、杖で雪を払う。
「これは……魔導兵器の残骸。魔法大戦のものだ。」
リナが弓を構え、周囲を警戒。
「敵の気配はない。でも、足跡 がある。ローブ集団だ。」
俺は息を呑む。
――奴ら、地上にも来てる。
ガルドが残骸を調べる。
「この規模……単なる偵察じゃない。何か大きな計画 だ。」
そのとき――
ズン……ズン……
地面が震える。
遠くから、巨大な影 が近づいてくる。
氷の鎧をまとった、人型の魔物。
身長は5メートル。手に持つのは、凍った剣。
氷の亡魂――地上最悪の敵。
「カイト、後ろに下がれ!」
ガルドが剣を抜く。氷の魔法が刃に宿る。
リナは弓を引き、エルムは地熱魔法を展開。
――戦闘開始。
俺は岩陰に隠れ、観察 する。
これが試練だ。逃げたら終わり。
氷の亡魂 の一撃が、ガルドの剣と激突。
衝撃波で雪が舞い、俺の体が吹き飛ばされる。
「うわっ!」
転がりながら見る。
リナの矢が亡魂の目を貫き、エルムの溶岩が足を溶かす。
ガルドが跳躍し、氷の剣で首を薙ぐ。
――一閃。
亡魂が崩れ落ち、氷の破片が散る。
戦いは、30秒 で終わった。
俺は立ち上がる。膝がガクガクだ。
「す、すげえ……」
これが、探索者。
ガルドが振り返る。
「カイト。観察、どうだった?」
俺は息を整え、答える。
「亡魂の動き……遅い。でも、一撃が重い。
リナさんの矢は目 を狙って、エルムさんは足 を溶かして、
ガルドさんはタイミング を合わせて――」
ガルドがニヤリと笑う。
「合格だ。」
合格!?
俺の胸が熱くなる。
見習いとして、認められた。
帰路。
昇降門に戻る途中、エルムが呟く。
「ローブ集団は、魔導兵器の復元 を狙っている。
魔法回路は鍵。だが、完全な設計図 が必要だ。」
リナが続ける。
「設計図は、地上の深部 にあるらしい。
――禁断の遺跡。」
禁断の遺跡。
俺の背筋がゾクッとする。
魔法大戦の真実。ルミエールの危機。そして、俺の夢。
ガルドが俺を見る。
「カイト。次は本格的な探索 だ。
お前も、正式メンバー として連れてく。」
正式メンバー!?
俺は叫ぶ。
「やります! 絶対やります!」
ルミエールに戻ると、ミオが待っていた。
「カイト! 無事!?」
涙目で抱きついてくる。
俺は苦笑いしながら、背中を叩く。
「ミオ、聞いてくれ。俺、正式メンバー になった。」
ミオは一瞬驚き、そして――
「……バカ。死なないでよね。」
小さく呟く。
その夜、俺は芋の皮マフラー を握りしめた。
明日から、本物の冒険 が始まる。
極寒の地上。魔法大戦の謎。そして、俺の夢。
魔法の灯りが、静かに揺れた。
――次は、禁断の遺跡へ。




