第3話:探索者の試練
ルミエールの回廊を、俺は全力で駆けていた。
魔法の灯りがチカチカと揺れ、壁に映る影が歪む。市場での爆音、シルバーフロストの戦い、ローブの怪しい奴ら――頭の中がぐちゃぐちゃだ。でも、足は止まらない。
「カイト、危ないって言ったでしょ!」
背後からミオの声が追いかけてくる。彼女も倉庫を飛び出して、俺を追いかけてきたらしい。けど、今は止まれない。シルバーフロストが戦ってる。俺の夢が、目の前で動いてるんだ!
「ミオ、後で説明する! とにかく、ガルドさんたちを――」
言いかけた瞬間、回廊の奥から**ドゴォン!**という地響きがした。石の壁がビリビリと震え、魔法の灯りが一瞬消える。
「な、何!?」
俺は思わず立ち止まる。ミオが追いつき、息を切らして俺の腕をつかむ。
「カイト、戻りなさい! あれ、地熱の異常だよ!」
地熱の異常? ルミエールの命綱である地熱が、こんな揺れを起こすなんてあり得ない。俺たちの足元、いつも暖かいはずの石床が、冷え始めている。
「まさか……」
ミオの顔が青ざめる。彼女は食料倉庫の管理人。物資だけでなく、都市の設備にも詳しい。
「地熱炉が攻撃されてる。魔法回路が関係してるかもしれない……!」
そのとき、回廊の奥からガルドの声が響いた。
「エルム! 炉を守れ! リナ、右翼を押さえろ!」
俺とミオは顔を見合わせ、反射的に走り出す。地熱炉――ルミエールの心臓だ。そこが止まれば、都市は凍る。芋もネズミも育たない。みんな、死ぬ。
地熱炉の区画に着いたとき、そこは戦場だった。
巨大な石造りの炉を中心に、魔法の火がゴウゴウと燃えている。普段は静かなこの場所が、今は炎と氷の魔法が飛び交う修羅場だ。
シルバーフロストの三人が、中央に立つ。
• ガルドは氷の魔法剣を振り回し、ローブの男を薙ぎ払う。
• リナは弓で遠距離から援護、矢が光って敵を貫く。
• エルムは杖を地面に突き刺し、地熱を操って溶岩の壁を作り、敵の侵入を防ぐ。
敵は五人。黒ローブの集団だ。一人が手に持つのは――あの魔法回路の欠片。バルドじいが預かったはずのやつだ!
「どうやって!?」
俺は叫ぶ。届けたばかりの遺物が、こんなに早く敵の手に!?
「カイト、下がってなさい!」
リナが鋭く叫ぶ。けど、俺の足は動かない。目の前で、探索者が戦ってる。俺の夢が、目の前で――
「カイト!」
ミオが俺を突き飛ばす。次の瞬間、炎の弾が俺たちのいた場所を直撃。石床が焦げ、熱風が顔を焼く。
「ぐっ……!」
転がりながら見ると、ローブの一人が魔法陣を展開してる。魔法回路の欠片が、彼のローブの胸で青白く光っている。
「遺物が……起動してる!?」
エルムの声に、初めて動揺が混じる。
ガルドが剣を構え直す。
「奴らは、炉を破壊して地熱を止める気だ。ルミエールを凍らせて、支配するつもりか!」
支配? ルミエールを? 俺の頭が真っ白になる。市場の喧騒、ミオのスープ、ネズミ串のおっちゃん――全部、消えるのか?
「許さねえ……!」
俺は立ち上がる。手には、配達用の木の棒。戦闘訓練なんてろくにない。でも、逃げたら終わりだ。
「カイト、馬鹿! 死ぬよ!」
ミオが叫ぶ。けど、俺は走り出す。敵の一人が、炉に向かって魔法陣を展開しようとしてる。隙だ!
「うおおおお!」
俺は木の棒を振り上げ、敵の背後に飛び込む。棒がローブの肩に当たり、男がよろめく。
「誰だ!?」
男が振り返る。フードの下から、冷たい目が覗く。次の瞬間、氷の槍が俺に向かって飛んでくる。
「カイト!!」
ミオの悲鳴。俺は反射的に横に跳ぶ。槍が石床を貫き、粉々に砕ける。冷気が体を凍らせる。
「くそっ……!」
俺は這うように逃げる。けど、敵の注意が俺に集まった。その隙に――
「今だ!」
ガルドが動く。氷の剣が弧を描き、ローブの男の腕を斬り飛ばす。魔法回路の欠片が宙を舞い、床に落ちる。
リナの矢が残りの敵を貫き、エルムの地熱魔法が炉を守る。戦いは、シルバーフロストの勝利で終わった。
戦いが終わった後、地熱炉は無事だった。
けど、床には焦げ跡、壁には亀裂。魔法の灯りが弱々しく揺れている。
ガルドが俺の前に立つ。でかい体が、影を落とす。
「カイト。お前、馬鹿か?」
低い声。でも、怒ってるようには聞こえない。
「は、はい……すみません。でも、炉を守りたくて……!」
俺は頭を下げる。木の棒は折れ、服は焦げてる。情けない格好だ。
ガルドは一瞬黙り、そして――笑った。
「いい度胸だ。配達屋のくせに、探索者の真似事とはな。」
リナが近づいてくる。弓を肩に、ニヤリと笑う。
「無茶だったけど、敵の隙を作ったのはあんたよ。ま、合格ってとこかな。」
合格!? 俺の心臓が跳ねる。
エルムが静かに歩み寄り、落ちた魔法回路の欠片を拾う。
「この遺物……起動には、地熱炉のエネルギーが必要だった。奴らは、炉を乗っ取る気だった。」
ミオが駆け寄ってくる。涙目だ。
「カイト、無事でよかった……でも、二度とあんな無茶しないで!」
俺は苦笑いしながら立ち上がる。体は痛いけど、心は熱い。
ガルドが俺の肩に手を置く。重い。でも、安心する手だ。
「カイト。明日、俺たちの拠点に来い。探索者の見習いとして、試練をやる。」
見習い!? 俺の夢が、目の前で――
「本当ですか!? やります! 絶対やります!」
俺は叫ぶ。市場の喧騒、芋の蒸しパン、ネズミ串――全部、俺の日常。でも、これからは違う。
ガルドが背を向ける。
「ただし、失敗したら即クビだ。覚悟しとけ。」
俺は頷く。覚悟? もう、とっくにできてる。
そのとき、エルムが呟いた。
「……この遺物、完全な形じゃない。もっと大きな装置の一部だ。地上に、まだ何かある。」
俺はハッとする。地上。極寒の荒野。魔法大戦の秘密。そして、俺の夢。
ルミエールの魔法の灯りが、静かに揺れた。
俺の冒険が、今、始まる――。




