第2話:遺物の秘密
ルミエールの回廊を走る俺の足音が、石畳に響く。魔法の灯りが青白く揺らめき、俺の影をちかちかと踊らせる。肩に担いだ革袋は、ずっしりと重い。伝説の探索者パーティ「シルバーフロスト」から預かった荷物だ。ガルドの言葉――「これが最初の試練だ」――が、頭の中でぐるぐる回ってる。
「カイト、絶対ミスるなよ! シルバーフロストの荷物だぞ!」
俺は自分に言い聞かせる。鍛冶屋への配達、いつもならただの仕事だ。でも、今日は違う。探索者への第一歩なんだ。絶対、完璧に届ける!
市場を抜け、回廊の奥へ進む。ルミエールは迷路みたいに複雑で、初めて来たやつは絶対迷う。けど、俺は配達屋だ。この都市の道は頭に入ってる。鍛冶屋は地熱が強い「火の区画」にある。そこなら、煙を地上に逃がす煙突があるから、火をガンガン使って鉄を叩ける。
「よし、着いた!」
鍛冶屋の入口は、熱気でむわっとする。魔法の火がゴウゴウと燃え、鉄を叩くカンカンという音が響く。中にいるのは、ルミエール一の頑固職人、バルドじいさんだ。白髪まじりの髭をたくわえ、筋肉むきむきの腕でハンマーを振ってる。
「おい、バルドじい! シルバーフロストからの荷物だ!」
俺が声をかけると、バルドはハンマーを止めて振り返る。目がギラッと光る。
「シルバーフロストだと? 見せてみろ!」
俺は革袋を差し出す。バルドは袋を開け、中から金属の欠片を取り出す。手のひらサイズで、表面に奇妙な紋様が刻まれてる。魔法大戦の遺物だ。じいさんは目を細め、欠片を魔法の灯りにかざす。
「ふむ……こりゃ、ただの鉄じゃねえ。魔法回路の欠片だな。ガルドの奴、どこでこんなもん見つけてきたんだ?」
「魔法回路?」
俺が首をかしげると、バルドはニヤリと笑う。
「昔の魔法技術だ。魔法大戦の頃、兵器や装置を動かすのに使われた。今じゃ誰も作れねえ。こいつを溶かせば、すげえ武器ができるぜ。」
俺の心臓がドキンと跳ねる。武器! 探索者が持つような、かっこいい剣とか弓とか! 俺もいつかそんな武器を手に、地上を冒険したい!
「で、カイト。この荷物、誰にも見られなかったな?」
バルドの声が急に低くなる。俺はハッとして首を振る。
「いや、市場でちょっとざわついたけど、誰も中身は見てないよ!」
「そうか。ならいい。こいつは大事なもんだ。変な奴に狙われねえよう、気をつけな。」
変な奴? ルミエールでそんな物騒な話、聞いたことねえぞ。俺が不思議に思ってると、バルドは欠片を革袋に戻し、奥の作業台にしまった。
「よし、配達ご苦労さん。報酬はシルバーフロストに請求しとけ。」
「了解! じゃ、俺、戻るわ!」
俺は鍛冶屋を出て、回廊を走り出す。けど、バルドの言葉が引っかかる。変な奴ってなんだ? ルミエールは平和だろ? まあ、考えても仕方ねえ。次は市場に戻って、ミオに報告だ!
市場に戻ると、シルバーフロストの三人はまだいた。ガルドは商人と話しながら、でかい剣を背負ってる。リナは弓を手に、鋭い目で周囲を観察。エルムは静かに立って、魔法の灯りをじっと見つめてる。俺はちょっと緊張しながら近づく。
「ガルドさん! 荷物、バルドじいに届けました!」
ガルドが振り向く。でかい体に、鋭い目。けど、口元には笑みが浮かんでる。
「よくやった、カイト。ミスなく届けたか?」
「もちろんです! 完璧っす!」
俺が胸を張ると、リナがクスクス笑う。彼女の声は軽やかだけど、どこか試すような響きがある。
「ふーん、配達屋のくせに、なかなかやるじゃない。で、中身、見た?」
「え、いや、見てないっす! バルドじいが魔法回路とか言ってたけど、俺、よくわかんなくて!」
思わず本音が出ると、リナの目がキラリと光る。ガルドが低く笑う。
「正直な奴だな。いいぞ、カイト。探索者に必要なのは、まず信頼だ。」
信頼。俺の胸が熱くなる。シルバーフロストに認められた! これ、めっちゃチャンスじゃん!
「じゃあ、ガルドさん! 俺、探索者に――」
言いかけた瞬間、市場の奥でドンッと音が響く。群衆がざわめき、俺は思わず振り返る。回廊の影から、黒いローブを着た奴らが現れた。三人。顔はフードで隠れてる。なんか、めっちゃ怪しい。
「ガルド、例の遺物は?」
ローブの一人が低い声で言う。ガルドの目が鋭くなる。リナは弓に手をかけ、エルムは静かに杖を握る。市場の空気が一瞬で張り詰める。
「カイト、下がれ。」
ガルドの声は静かだけど、めっちゃ怖い。俺はとっさに後ずさる。なんだ、この雰囲気!?
「遺物を渡せ。さもないと、この都市がどうなるか――」
ローブの男が手を上げると、魔法の灯りがチカチカと揺れる。市場の連中が悲鳴を上げ、逃げ始める。俺は革袋を届けたことを思い出す。あの魔法回路、こいつらが狙ってるのか!?
「カイト、ミオのところに逃げろ!」
リナが叫ぶ。けど、俺の足は動かない。逃げる? いや、こんな時に逃げたら、探索者になんかなれねえ! 俺は市場の屋台の陰に隠れ、様子を伺う。
ガルドが剣を抜く。刃に氷の魔法が宿り、青白く光る。リナは弓を引き、エルムは杖を掲げる。ローブの男たちが同時に動く。魔法の光が市場を照らし、爆音が響く。俺は屋台の陰で息を殺す。心臓がバクバクしてる。戦いだ。シルバーフロストの戦い、初めて見る!
ローブの一人が炎の魔法を放つが、ガルドの剣がそれを切り裂く。リナの矢が別の男のローブを貫き、エルムの地熱魔法が地面を揺らす。すげえ……これが探索者か! 俺も、こんな風に戦いたい!
けど、戦いは一瞬で終わらなかった。ローブの一人が市場の奥へ逃げ、ガルドたちが追いかける。市場はパニック状態。俺は屋台から這い出し、ミオのいる食料倉庫へ走る。
「ミオ! 大変だ!」
倉庫に飛び込むと、ミオが帳簿を握りしめて立ってる。目を丸くして俺を見る。
「カイト!? 何!? 市場で爆発音が――」
「シルバーフロストが、なんか怪しい奴らと戦ってる! 魔法回路ってのが狙われてるみたい!」
俺がまくし立てると、ミオの顔が青ざめる。
「魔法回路? それ、魔法大戦の技術だよ。なんでそんなのがルミエールに……?」
ミオの言葉に、俺はハッとする。彼女、倉庫の管理人だから、物資の流れに詳しい。もしかして、ミオなら何か知ってる?
「ミオ、魔法回路って、なんでそんな大事なの?」
ミオは一瞬迷った顔をして、こう言った。
「カイト、あんた、巻き込まれちゃったかもね。魔法回路は、昔の兵器を動かす鍵。もし悪い奴が手に入れたら、ルミエールが危ないよ。」
危ない? ルミエールが? 俺の頭がぐるぐるする。けど、同時に思う。俺、ただの配達屋じゃ終わらない。シルバーフロストの試練、受けてやる!
「ミオ、俺、ガルドさんたちを追う! 何か知ってたら、教えてくれ!」
「カイト、危ないよ!」
ミオの叫びを背に、俺は再び回廊へ飛び出した。魔法の灯りが揺れる中、俺の夢が動き始める予感がした。




