幸せな(お飾り)王妃と美貌の騎士
メアリーベルは王妃だった。ただし、夫には常に傍に置く女性がいて、放置されたお飾り妻なだけで。
メアリーベルは幸せな王妃だった。お飾り妻でも、容姿の優れた騎士がいつも傍にいたので。
宮廷のお喋り雀達は国王が愛人を常に傍に置いていることよりも、お飾り妻な王妃が眉目秀麗な騎士を常に傍に置いていることを口さがなく噂した。
五年経っても子どもができず、メアリーベルは子が産めないと、またしても悪評が増えた。お喋り雀達は二人が白い結婚だと、知っているにも関わらず。
それでも、メアリーベルは幸せだった。
メアリーベルは幸せだった。愛する夫と結婚できたから。
メアリーベルは幸せだった。夫の在位期間を五年も伸ばすことができて。
メアリーベルは幸せだった。夫が常に傍に置いている女性は愛人ではなかったから。
でも、メアリーベルは不幸せだった。愛する夫とは白い結婚だった。
でも、メアリーベルは不幸せだった。五年もの間、夫は彼女の悪評を放置していた。
でも、メアリーベルは不幸せだった。夫を愛する気持ちは枯れ果ててしまったから。
◇◆◇
「メアリーベル様。故郷に帰りましょう」
件の美貌の騎士はメアリーベルに親しげに言った。
夫への愛がなくなったメアリーベルは騎士の顔を見て、眉根を寄せた。
「もう、帰国しても良いの?」
「はい! 先日、成人しまして、使い魔と契約ができました」
この場に他の者が居たのなら、二人の会話に首を傾げただろう。今年、成人したというのなら、騎士の容姿も子どもから大人に変わったはずだが、騎士は五年前から成人しているように見えた。
「国に帰る前に使い魔と契約するなんて、なんで、そんな危ない真似をしたの?!」
使い魔との契約は大変デリケートなものだ。熟練の魔法使いの指導の下でなければ、魔法が暴走して死んだり、使い魔に殺されることもある。母国ではメアリーベルが王女であるということで使える伝手や優遇措置を使えば、熟練の魔法使いの協力を得られるが、この国では使えない。
それでも、騎士は一人でやり遂げたというのだ。
「だって、それくらいしないと、メアリーベル様を無事に連れて帰られないでしょう?」
「あなたはそんなことを考えていたの? だからって、一人で使い魔と契約するなんて危険なことをするなんて・・・。私は保護者失格だわ」
「そんなこと、言わないでください。メアリーベル様がいたから、わたしも無事に成長できたんです」
「マリー・・・」
メアリーベルが魔法の天才少女を連れて結婚したのは、貴族が魔法の使える子どもを求めて、魔法の使える女性を妾にしたがるからだ。
妾の子を実子として受け入れる妻側も、生まれてすぐに子どもを手元に置いて、実母を知らせずに育てるのなら、実家にも恩恵があるからと承諾する。自身の死後も、実家との関係で妾が後妻に迎えられないとわかっているから許せるのである。
妾の親もそれなりの利益があるから、許すわけで。
妾本人以外は誰の損にもならないから、反対の声など上がらないのだ。
しかし、魔法の使える者は成人と同時に魔法使いとして爵位を持ち、一人の貴族としての権利を有する。
親の独断で妾にされてしまっても、それは変わらない。自分の意思で妾の地位を捨てることができる。
だからこそ、子どもをいくらでも産ませられる時期である成人する前は、魔法の使える女性にとって地獄のような時期なのだ。
マリーが魔法の天才だから、メアリーベルは護衛騎士として連れ出すことができた。ただの魔法の使える少女だったのなら、騎士の幻影を纏うこともできず、魔法の使える子どもを求めて妾にさせられていただろう。
「わたしだって、あいつがメアリーベル様を大切にしていたのなら、帰国してから使い魔と契約しました。ですが、五年、経っても、あいつはメアリーベル様を大切にしようとしなかった。だから――」
「だからって、マリー・・・――」
メアリーベルは言葉を探した。
「メアリーベル様。もう、時間はないのでしょう?」
「・・・ええ。もうないわ」
「馬鹿な奴だわ」
「マリー!」
「ごめんなさい、メアリーベル様。口が過ぎたわ」
「あの人はもう、私の愛したあの人じゃなくなったの」
「ソーデスネ」
「昔のあの人だったら、こんなふうにはならなかったのに・・・」
「ソーデスネ」
態とらしい相槌を打ちながら、マリーは思った。元から、メアリーベルが思うような男ではなかったのだ、と。
恋に恋したメアリーベルだから、夫のことを都合良いようにしか見ていなかったのだ、と。
成人したとはいっても、マリーはまだ恋を知らない。
知っている恋の実例はメアリーベルだけだ。
だから、マリーは恋に幻想など抱かない。
思い込みで始まった想いが報われなかった時に哀れすぎる。それが恋だ。
「約束の時はもうすぐ・・・」
憂えるメアリーベルにマリーは声をかけた。
「帰りましょう、メアリーベル様」
◇◇◆
そして、王妃と騎士は宮廷から姿を消した。
国王がどれだけ探しても、どこからも見つからなかった。
王妃の連れていた美貌の騎士ならともかく、何の特徴もない下級メイド二人の出入りなど、大勢が出入りする宮殿では、不審には思われない。
王都から出た二人連れの男についても同様だ。片方が女なら、王妃ではないかと、推測する余地もあったが、貴族然とした男とその従者だ。
彼らが国を出て数ヶ月後、その国はメアリーベルの母国に攻められて滅んだ。
元より、終わりが近いと言われていた国だったが、メアリーベルの輿入れにより、余命が伸びただけだった。
宮廷に出仕していた家と、貴族達は国を腐敗させ、滅ぼした責任を取らせる為に念入りに粛清された。
国を運営する知識のある者が居なくなっても、メアリーベルの母国にはそれなりの数の文官もいて、後はその指示を従順に聞く読み書きのできる者がいれば良い。寧ろ、不正の知識のある者が居たほうが復興の妨げになる。
他国から来た王妃を軽んじ、国王と火遊びを楽しんでいた宮廷のお喋り雀達も、ご落胤と思われる令嬢令息を王家の再興に使われては困る。
それ故に粛清されたのだ。
国王はメアリーベルを愛していたから、守りたかった、と供述したそうだが、不倫できなきゃダサいなんて貴族文化のないメアリーベルの母国の者達には、この国は王侯貴族を名乗る男娼と娼婦しかいないのか、と粛清にまったく、心が痛まなかった。
不倫できなきゃダサい貴族文化の国では男娼と娼婦の地位もそう低いものではないが、メアリーベルの母国では非常に低い。それ故だった。
愛人が政治的味方を作る手段である国と恋愛遊戯でしかない国の違いでもあったが、そのどちらの国も未婚者同士の間に生まれた子どもか、婚姻関係のある男女の間に生まれた子どもにしか、爵位も相続権も許されていない。
妾にされた魔法の使える女性が産んだ子どもが、妻の実子として届け出を出されている理由もそうだ。
だから、メアリーベルは幻影を纏い続けられるマリーを連れて母国を出た。子どもを産むだけの運命から彼女だけでも助けようと。
国王が常に傍に侍らせていた女性は、家族を人質に警護をさせられていた女魔法使いだった。
人質になっていた家族は約束を守られるどころか、彼女が国王の警護に就かされてすぐに殺されていたらしい。解放された彼女は、家族の墓の墓守になった。
帰国したメアリーベルと眉目秀麗な騎士の幻影を纏っていたマリーは、王女と魔法使い――それぞれの生活に戻った。
一年後――
王女の役目として嫁いで行くメアリーベルを、マリーは遠くから見守った。今は燃え上がるような恋などなくとも、次こそは幸せに、と願いながら。