第四幕 刃の先に見た絶望
帝国軍の訓練施設は、朝から金属音と怒号で満ちていた。
晴翔は新兵志願者たちと並び、粗末な剣を握りしめる。
対面するのは筋肉質の男、目つきは獲物を狙う猛獣そのものだ。
「構えろ!」
訓練士官の声が響く。
次の瞬間、男の剣が唸りをあげて迫る。
晴翔は慌てて受け止めようとしたが、衝撃は腕を痺れさせ、体は無様に地面へ転がった。
視界が土埃で曇る。
その後も何回突撃しても跳ね返されるだけで、誰が見てもその姿は惨めだった。
「……もういい、下がれ」
背後から冷たい声。振り向くと、腕を組んだエリナが立っていた。
その瞳は淡々としていて、感情の色をほとんど見せない。
「まだ死にたくないならやめておけ。剣は遊びじゃない」
俺は、慌てて立ち上がる。
「まだっ! まだやれます!」
しかし、エリナはくるりと後ろに振り返り歩きながら言い放った。
「少し頭を冷やせ。」
その言葉に反論できず、ただ悔しさだけが喉を詰まらせた。
数日後、施設に急報が入った。前線で衝突が起き、増援が必要だという。
兵士たちは慌ただしく装備を整え、出陣の列を作る。
エリナの姿は見えない。彼女はすでに別部隊と共に出立したらしい。
他の不合格者たちと朝練をしていた晴翔は胸の奥がざわつくのを感じた。
――今しかない。
自分も行けば、戦える自分を証明できるかもしれない。
誰にも見咎められないように鎧を借り、防具を適当に身に着ける。
そして、行軍する兵士たちの列の最後尾にそっと紛れ込んだ。
戦場に近づくにつれ、空気が重くなる。
風は生ぬるく、地面は兵士たちの足音で震えた。
行軍中の緊張感と鼓動の高鳴りに、ワクワクすらしている自分がいる。
やがて、遠くで金属のぶつかり合う甲高い音が聞こえはじめる。
そして、戦闘は唐突に目の前で始まった。
剣と剣がぶつかり、火花が飛ぶ。
甲冑の隙間から血が噴き出し、呻き声が響く。
隣にいた兵士が矢を受け、倒れ込んできた。温かい血が晴翔の腕を濡らす。
呼吸が早くなり、心臓が耳の奥で爆音を立てた。
敵兵が一人、こちらに向かって走ってくる。
その顔に怒りはなかった。恐怖と必死さ――生き残るための目だけがあった。
晴翔は剣を振り上げるが、手が震えてまともに当たらない。
押し返され、尻もちをつく。地面は血と泥で滑り、足が取られる。
気づけば、ただ必死に逃げ回っていた。
⸻
戦闘が終わる頃、俺の鎧は傷だらけで、足は棒のように動かない。
吐き気が込み上げ、膝から崩れ落ちる。
生き延びた安堵と、胸の奥を締めつける絶望感が同時に押し寄せた。
「……こんなの……ゲームじゃ……ない……」
その呟きは、誰にも聞かれず、戦場の風に消えていった。