第二十幕 開戦の前兆
同盟成立を祝う宴は、獣王国の砦にある広間で開かれていた。
石造りの空間に灯る篝火が揺れ、戦いの緊張が解けた兵たちの笑い声が久しぶりに響く。
晴翔は杯を手にしながら、広間の端に座る一人の戦士に視線を向けていた。
鋭い眼差しを持つ獣人の青年——三戦士の一人、カイエルだ。
「……少し、いいですか」
声をかけると、カイエルは静かに頷いた。
「帝国の代表自らとはな。 だが、悪くない」
二人は並んで腰を下ろし、しばし無言で杯を傾ける。
やがて、カイエルがぽつりと口を開いた。
「今日の戦い……お前は、迷いながらも前に出たな」
「はい。 正直に言えば、あの場で決断するのは怖かったです」
「そうか」
短くそう言うと、カイエルは炎を見つめながら続けた。
「昔、似たような男を知っている。ここではない“別の世界”から来たと言っていた」
晴翔の胸が、わずかにざわつく。
「別の世界……ですか」
「ああ。 力は特別強くなかったが、戦う理由を言葉にする男だった。 仲間を守るためなら、迷いながらでも前に出る」
晴翔は返す言葉を探しながら、視線を落とした。
「……その人は、どうなったんですか」
「分からない。 ある日を境に、姿を消した」
それだけ言って、カイエルは杯を空けた。
エリナさんから聞いた話と同じで、その人物は突如姿を消している。
やはり、新月の夜に何か帰る方法があるのだろうか。
晴翔は少し迷ってから、ずっと聞きたいことを口にした。
「……カイエルさん。 雷牙やブルガロスのことは、気にしていないんですか」
その名を出した瞬間、空気がわずかに張り詰める。
だがカイエルは、驚くほどあっさりと答えた。
「別に、気にしていない」
「え……?」
「彼らは一国の兵として、やるべきことをした。 それだけだ」
淡々とした声音だった。
怒りも、悔恨も、そこにはない。
「戦争では、勝った側も負けた側も、“正しかったかどうか”なんて後で決められるものだ」
カイエルは杯を軽く揺らし、続ける。
「だが、戦場に立つ兵に選べるのは一つだけだ。
――自分の国のために剣を振るうかどうか」
晴翔は言葉を失った。
「だから、恨みはない。生き残った者が、次に何を守るかを選ぶだけだ」
その言葉は、どこか突き放しているようで、
同時に、深い覚悟を孕んでいた。
「……僕は、まだそこまで割り切れません」
正直な言葉だった。
「それでいい」
カイエルは初めて、ほんのわずかに口元を緩めた。
「君は“兵”じゃない。国を背負いながらも、戦を終わらせようとする側だ」
その一言が、妙に胸に残る。
その時だった。
広間の扉が開き、緊迫した表情の伝令が駆け込んでくる。
「晴翔殿!帝国領にて、聖魔王国との戦が激化。
帝国側が想定以上の苦戦を強いられています!」
宴の空気が、一瞬で凍りついた。
晴翔は静かに立ち上がる。
「……分かりました」
胸の奥に残る言葉と、不安。
それらを振り切るように、俺は前を向いた。




