第十八幕 命の天秤
帝国を発って二日。
晴翔、カリナ、ヴァリス、ライサンダーの四人は、獣王国近くの深い森に到着していた。木々の間を抜ける風は冷たく、どこか鉄の匂いが混じっている。
「……妙に静かだな」
ヴァリスが肩に槍を当てて低くつぶやく。
晴翔も同じ違和感を感じていた。鳥の声すらしない。やがて森の奥から、遠く金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「ん? 何か聞こえんか?」
ライサンダーが前に出るが、晴翔が手で制した。
「待ってください。ゆっくり行きましょう」
音のする方へ慎重に近づく。だが進むにつれて、あたりの様子は恐ろしいものへと変わっていった。
倒れた兵士たち——
どれも獣王国の紋章を付けた戦士たちだ。
「ひどいわね……ここまでやるなんて」
カリナが眉をひそめた。
森を抜けると、古びた石造りの遺跡が見えた。それは獣王国側の砦として使われているらしいが、すでに半壊し、入口では無数の武器が飛び交っている。
「……あれを見ろ」
ヴァリスが指差した先、前線で一人の戦士が立ちはだかっていた。
濃い茶色の髪、裂かれた鎧。
それでも剣を振るい続ける姿勢は折れていない。
「獣王国の三戦士最後の1人……カイエルじゃな」
ライサンダーが目を細める。
その周囲を、聖魔王国の兵が囲んでいた。
するとカリナがぽつりと言う。
「ねぇ、晴翔。ここで聖魔王国に味方してさ、獣王国ごと片付けた方が早くない?」
ライサンダーも続けた。
「今回は小娘に賛成じゃ。もともと滅ぼして帝国の負担を減らす予定だったはず。今なら手間が省ける」
晴翔は一瞬言葉を失った。
(戦争を終わらせに来たのに……ここで一国を消す? それは違う……エリナさんならそんなことはしない)
しかし相手は団長二人。
若い自分では押し切られる可能性が高い。
その時、ヴァリスが晴翔を横目で見た。
「……で、お前はどうしたい?」
少し驚いた。初めはあんなにも俺の意見を聞いてくれ無かったのに、今や意見を求めてくれている。
晴翔は嬉しさを隠しながら息をのみ、拳を握った。
答えは、もう決まっている。
「獣王国は……これから同盟国になる。なら、助けない理由はありません。弱っている国を叩く聖魔王国ような卑劣な戦いはしません!」
静寂。カリナもライサンダーも今の自分が真っ直ぐと自分の意思を貫いたことに驚いている。
そして、次の瞬間、ヴァリスが微かに笑った。
「なら動くぞ。さっさと指揮をとれ、晴翔」
その言葉が背を押した。
「カリナ団長、正面を引きつけてください!ライサンダー団長は回り込みを、ヴァリス団長はカイエルさんの救援を!」
「えぇ…分かったわ…」
カリナはキョトンとしながらも手綱を引いて動き出す。ライサンダーは高らかに笑い、兵を率いて走り出した。
帝国一行が飛び出すと、戦況は一気に崩れた。
側面からの攻撃に聖魔王国軍は混乱し、前線の兵は総崩れとなる。
カイエルも驚いたように晴翔たちを振り返る。
「な、貴様らは、帝国の……なぜ助けてくれるのだ?」
「弱っている人を見つけたら手を差し伸べる、それが帝国だからです!」
その表情に、確かな光が宿っていた。




