第十五幕 玉座への招待
酒場の中に、鈍いノック音が響いた。
――ドンドン、ドンドン。
まだ朝も早い。昨日は勝利の宴で皆、酔い潰れてこの場に寝転がっていた。
晴翔は重いまぶたをこすりながら、よろよろと扉を開けた。
するとそこにはいつも通り綺麗で爽やかなエリナが立っていた。
「……エリナさん!?ど、どうしたんですか!?」
寝ぐせで髪はボサボサ、鎧の下のシャツも皺だらけ。昨夜の酒と汗の匂いがまだ抜けきっていない。
エリナは一歩下がり、眉をしかめた。
「……晴翔、少しは臭いを気にしろ。」
「あ、あぁ……やっぱり……」
肩を落とす晴翔に、エリナはため息をつきつつ咳払いした。
「まあいい。――それより、大事な話がある。」
外の木製の椅子に二人で腰掛ける。朝の冷たい風が、酒場の残り香をさらっていった。
「まずは、昨日の勝利だ。本当に良くやってくれた。……ただ、無茶な指示を受けていたと聞いたんだが、誰に言われた?」
ヴァリス団長の顔が一瞬、脳裏をよぎる。だが、晴翔は視線を落とした。
「いえ、僕の独断です。申し訳ありませんでした。」
エリナはじっと彼を見つめ、ふっと笑う。
「そうか……なら、いい。」
その穏やかな声に少し安堵したのも束の間、エリナの表情が真剣になる。
「――本題だ。昨日の戦いを見て、皇帝陛下が君に会いたいと申されている。」
「……えっ!? こ、皇帝陛下が!? な、なんで俺なんかが……!」
晴翔は思わず椅子から立ち上がる。
「お前のことを少し話したら、興味を持たれてな。昼頃、正式に陛下から呼び出しがかかる。準備をしておけ。」
そう言い残し、エリナは馬車へと乗り込む。
残された晴翔は、放心したように空を見上げた。
「お、俺……これから、国のトップと会うのか……?
下手すりゃ首飛ぶじゃねえか……。」
青ざめながらも、どこか胸の奥が熱くなるのを感じていた。
――その頃。
獣王国の王城では、重い沈黙が広がっていた。
玉座の前に控える将軍たちは誰一人声を発せず、ただ床にひざまずいている。
「……雷牙に続き、ブルガロスも敗れたか。」
獣王――獣王国を統べる王、レオグラント・オルビスは、低く唸るような声を漏らした。
「陛下、兵の損失は深刻です。このままでは次の戦にも……」
最後の三戦士の一人の虎の獣人、カイエルが身を屈めて話す。
「少し黙れ。」
王の声が、雷のように広間に響く。
だが、その目には確かに焦りの色があった。
「分かっておる……だが、帝国も我らとの戦で傷を負っておるはずだ。だが、今退けば“獣王国は牙を抜かれた”と笑われるだけだ。」
傍らの老臣が静かに口を開く。
「陛下……帝国側にも、停戦を望む動きがあると聞き及んでおります。いまこそ、戦を終える好機ではないでしょうか。」
レオグラントは目を閉じ、重く息を吐いた。
「……我らが牙を引けば、民はどう思う。だが――このまま戦を続ければ、民そのものが消える。」
しばしの沈黙の後、王は立ち上がった。
「……よかろう。帝国の出方を見よう。だが、少しでも敵意を見せた場合は最後の兵を送る。よいな?」
玉座の間を満たす重圧が、少しだけ和らいだ。
だが、王の拳はまだ震えていた。
それが怒りなのか、恐れなのかは誰にもわからなかった――。




