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第十三幕 小さな騎士の成長

 砂塵が舞う戦場で、ブルガロスは勝ち誇ったような表情を見せる。分厚い胸板を震わせ、鈍い光を放つ角を掲げる。周囲の獣人たちの喚声が追い風となり、彼は自分の勝利を確信していた。


 ――その油断が、ほんの一瞬だけ、隙を作った。


 晴翔は地面にもたれかかるように伏せ、震える視線を必死に戦場の熱に合わせた。心臓はまだ速く打っている。だが、血の匂いに呑まれて動けないのとは違う。見せかけの弱さを作り、相手の目を惹きつける——エリナが以前、教えてくれた戦の勘所の一つだ。


 ブルガロスが大きく振り下ろした斧を、晴翔は力を振り絞って、わずかに身体を横にずらし避けた。

 

 その瞬間、晴翔の剣先が間を突き、ブルガロスの顔面の隙間をかすめた。


サシュッ


 金属と皮革が軋む音だけが、耳に強く届く。

「なにッ――!?」

 怒りに満ちた咆哮が、獣王国の先陣を震わせた。ブルガロスは左の頬を押さえ、片方の視界がふいに欠けたように見えた。


 致命には程遠い一撃だった。だが、その一撃は確かに届いた──ブルガロスの顔に浅い損傷を与え、彼の動揺を生んだのだ。


 ブルガロスは自分よりも格下の相手に傷を付けられたことに怒りが膨れ上がり、今度は晴翔目掛けて容赦無い攻撃を繰り出した。


「ガキのくせに……やるじゃねえか!」

 逃げられないと悟った晴翔の前に、ヴァリスが割り込んだ。槍を構え、ブルガロスの攻撃を防いだ。


 そして短く言い放つ。

「よくやった。あとは俺ら団長に任せとけ!」


 晴翔は初めは小さく首を振ったが、ヴァリスの鋼の視線に押されて、仕方なくうなずいた。彼は丘の縁に這い上がり、エリオに身体を支えてもらいながら、周囲の光景を見下ろす。

 

 そこには、自分がこれまでただ遠巻きに見ていた“本物の強さ”があった。


 奮い立つライサンダーが大斧を振るい、敵の中列を切り崩していく。

「ふははっ! もっと来いッ!」と豪快に笑うその声は、戦場の雰囲気を壊すようだった。


 カリナは冷静に散弾銃を撃ち続け、狙った群れを押しのける。弾丸の衝撃が前線に短い裂け目を作り、そこへグラディスの重い剣が入る。老獪な一振りで道をこじ開けると、オルフェンは影から飛び出し、静かに、しかし確実に要の兵を仕留めていった。


 その混戦の中、ヴァリスはブルガロスと正面から渡り合っていた。槍が斧を受け、衝撃が両者を押し返す。肉体と肉体がぶつかる音、呼吸の乱れ、短い掛け声——だがその中で、ヴァリスは笑っていた。


 戦はやがて帝国側の流れへ傾いた。セドリックが冷静に部隊をブルガロス側に動かし、挟撃の角度を作れば、ライサンダーとグラディスが一気に押し込み、カリナの銃声が跳ね返り、オルフェンの一撃が決定打を欠いた他の敵将を討つ。


 ブルガロスらは必死に抵抗したが、次々と迫る連携の前に徐々に追い詰められていく。


 斧が重く振り下ろされると同時に、ヴァリスの槍が懐に入り、グラディスの一閃が返しの態勢を崩した。ブルガロスは膝をつき、胸の奥で息を切らしながら、その大きな体を支えきれなくなっていった。


 ブルガロスが振り下ろす斧を、ヴァリスの槍が鋭く弾き返す。

 

 一瞬の隙を突き、ヴァリスが力強く突き込むと、巨体がよろめいた。


「馬鹿な……! 俺が、こんな小国に……っ!」


 血走った目でヴァリスを睨みつけ、最後まで足を止めまいとするブルガロス。

 しかし、容赦なく繰り出された一撃が彼を打ち倒した。


「ぐっ……ぬぅ……!」


 その巨躯が地に崩れ落ちると、戦場に静寂が走った。獣の咆哮は消え、代わりに遠くで兵たちの安堵の息が漏れる。帝国は、勝利を得たのだ。


 晴翔は丘の上で、震えながらも深く息をついた。仲間たちの背中を見渡し、胸に込み上げるものがあった。恐怖を乗り越え、短い一撃を成し得た自分を、まだ誰も完全には認めていないかもしれない。それでも、確かに一歩を踏み出せた。


 ヴァリスが槍を肩に回し、少しだけ微笑む。

「よくやった、ガキ。エリナ団長が見込むだけの男だな」


 その言葉を聞いて、晴翔も少し微笑んだ。戦の傷跡は冷めていくだろう。だが心に刻まれたものは消えない。彼は今、その重みと向き合っていた。


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