第十二幕 震える刃
朝靄の向こうで号砲が炸裂した。地を這うような馬蹄の連なり、鋼のぶつかる金属音、兵士たちの叫喚。両軍は一斉に突撃し、戦場は瞬時に血と泥と怒号で満たされた。
その最前列、二人の大将が馬上で向き合う。一方は獣王国を率いる巨躯の武牛牙――厚い筋肉と黒い毛並みを震わせ、角を掲げる怪物のようだった。対する晴翔はエリナの代役として先陣を任され、震える手で剣と手綱を握っている。
「あんなちっぽけな小僧だと……貴様が先陣を任されるとは笑わせるな!」
ブルガロスの声は地響きのように重く、兵たちの耳を揺さぶった。
(ここまで来たら……やるしかない!)
晴翔は手綱を握り直し、剣を抜いて突撃する。
両陣が衝突した瞬間、戦場は地獄絵図の様相を呈した。兵が押し合い、弓火は空を切り、斧が肉を裂き、声が絶え間なく響く。
そんな混乱の中で、ブルガロスは晴翔を目掛けて一直線に突き進んできた。晴翔はなんとかその直進を避け剣を振るった。
「はぁっ!」
――刃は、ブルガロスの厚い肩をかすめるだけだった。
分厚い皮膚と鎧が刃を受け止め、血一本出ない。晴翔の力は、まるで紙切れを叩くように跳ね返された。
「その程度か!」
ブルガロスは笑い、角を突き出してきた。
「くそっ……!」
晴翔は歯を食いしばるしかなかった。
何度も味わう無力さが胸に突き刺さる。だが後退は許されない。晴翔はもう一度馬を奮い立たせ、必死に斬りかかった。
そのとき、ブルガロスの反撃が来た。巨体が振るう一撃は、ぶ厚い棍にも似た重みを持ち、晴翔の馬もろとも正面から叩きつけられる。馬の悲鳴と共に二人は空を描いて――地面に激しく叩きつけられた。
「晴翔ッ!」
後方からエリオの必死の叫びが聞こえた。だが――。
衝撃が肺を押し潰すように襲い、視界が白く滲む。身体を這うような痛み。晴翔は必死に起き上がろうとしたが、その脚は震え、手は思うように動かない。周囲は剣戟と怒号、肉の匂いで満ち、恐怖だけが鮮烈に甦った。
______
「他の団長方、そろそろ助けた方が良いんじゃねぇかぁ!?」
ライサンダーが斧を構え、敵の兵を薙ぎ倒しながら叫ぶ。
「…………」
グラディスは剣を振るいながら黙っている。
「ふん、あの坊やが勝つと思う? 所詮は烏合の衆よ。」
カリナは散弾銃で敵兵を打ちながら冷ややかに吐き捨てる。
「……確かに。 死んだら死んだでいいや……」
オルフェンはただ短剣を撫で、影に溶け込むように消える。
「全軍の動きを乱すな。」
セドリックは扇を開き、冷静に視線を巡らせる。
________
――怖い。
血の匂い、怒号、剣戟。幼い頃に植え付けられた恐怖が蘇る。身体は硬直し、心臓の音ばかりが響く。
そこへ駆け寄る声があった。
「晴翔ッ! 立て! ここで止まるな!」
エリオが必死に叫び、手を差し伸べる。だが、その声は恐怖の渦に飲み込まれ、晴翔の耳には届かない。
最悪のタイミングで馬から降りてきたブルガロスが斧を構えていた。
「小僧、お前にはまだ勇気が足らんなッ!」
自分より2倍くらい大きな斧が俺の頭上に落ちてきたのだった。




