表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

3・悪役令嬢ヴィオラマリー

 それからヴィオラマリーは、徹底的に悪女として振る舞った。

 家の窓は、両親とシェリルリリーの部屋はもちろん、廊下でも応接間でも、とにかく全て壊して回った。


 父親がヴィオラマリーを殴って言うことを聞かせようとすれば、彼女は父のことも平気で杖で打った。


 父親――公爵にとって、それは大変な屈辱であった。今まで、支配していたと思った娘が屋敷の中で暴れ回り、自分はそれを制御することすらできないのだから。


 恥を晒すことが大嫌いな公爵は、娘が暴れ、自分が侮られる場面を使用人達に見られることすら嫌で、一時の感情のまま、使用人達に暇を出した。使用人達を脅し、固く口止めをしたうえで、だ。


 もともとゴールベル家は「家事なんてヴィオラマリーにやらせればいい」という理由で、使用人は数少なかったし――後片付けをする人間が完全にいなくなれば、ヴィオラマリーも家を荒らすことをやめるかと思ったのだ。しかしヴィオラマリーが態度を改めることはなく、家の中は荒れ放題になった。


 ヴィオラマリーは今まで、「シェリルリリーを泣かせた」「家事が完璧にできていなかった」などの理由で、いつも鞭打ちされてきた。前者はもちろんシェリルリリーの嘘だし、後者は掃除後の微かな埃やら料理の味付けに無理矢理難癖をつけてくる、単なる両親の憂さ晴らしだった。


 ヴィオラマリーはいつも、理不尽に虐げられてきた。彼女は今までされてきたことを返しているだけだし、なんならヴィオラマリーは幼い頃から、もっと酷い仕打ちを受けてきた。この程度では、復讐には全く足りない。


 だが父と母は、今まで自分達がしてきたことを棚に上げてヴィオラマリーを「なんて恐ろしい娘」だの「悪魔の子」だなどと罵った。ヴィオラマリーが悪魔の子であるなら、その悪魔とは自分達のことであろうに。


 ただ、両親はどんなにヴィオラマリーに苛立っても、誰かに相談することはできないようだった。家を破壊して回る娘がいる家など、王子が婚姻を結ぶ家として失格だ。そうなればシェリルリリーとグゾルの婚約が解消されることなってしまう。王家の後ろ盾を失うことになる、と両親は怯えていた。


 ゴールベル家には男子がいないため、本来はヴィオラマリーが婿をもらい、夫となる者に爵位を継がせるはずだったのだが。そもそも両親が、ゴールベル家の婿となる者への品定めを厳しくしすぎて、今まで両親の望む条件に合う子息がいなかったのだ。そのためヴィオラマリーは十九歳だというのにいまだに婚約者がいない。


 しかも当のヴィオラマリーは今、家で暴れ回っており、とても婿を娶れる状況にない。つまり今シェリルリリーと王子の婚約が破棄されてしまえば、ゴールベル家には本格的に危機が訪れるのだ。


 両親は、ヴィオラマリーの乱心を必死に隠そうとしたが――ヴィオラマリーは自ら、自分を「悪女」として宣伝して回った。わざと舞踏会など人の集まる場所へ行き、堂々と、シェリルリリーの自作自演などではなく、本当に彼女に意地悪く接するようになった。


「あらごめんなさい、シェリルリリー。ドレスに葡萄酒がかかってしまったわね」


(でも、あなたは今までこの何倍……本当に何倍も、私の大切なものを奪ってきた。だから、この程度可愛いものでしょう?)


「ひどい! お姉様、わざと私の大切なドレスを汚したのね! このドレスはグゾル殿下にプレゼントしていただいた大切なものなのに!」


 シェリルリリーは、大袈裟に涙を零してみせる。まあ、今回は本当にわざとだから別に否定もしない。


 どうせ、何もしなくたってシェリルリリーには「お姉様が私をいじめるの」と言われるのだ。なら本当にやってやろう、というだけである。


(あなたが今まで嘘をついてきたことが、本当になっただけよ)


 すると、すんすんと泣いているシェリルリリーを抱き寄せ、グゾルが憎悪をぎらつかせてヴィオラマリーを睨んだ。


「とうとう本性を現したな、ヴィオラマリー。このような舞踏会の場で、人目も憚らずシェリルリリーを虐げるなど……お前はどこまで恥知らずなんだ!」


 ヴィオラマリーはどこ吹く風。むしろ、どこか楽しげに微笑を浮かべている。


「うふふ、本性を現した、ですか……。そう思いたいのでしたら、どうぞ思ってくださいな」

「何を笑っている! シェリルリリーに申し訳ないと思わないのか!?」

「ええ、少しも思いませんわ。せいせいします」


 次期国王と次期王妃に対しての、この態度。周囲で見ていた貴族達は、ザワリとどよめいていた。


「ヴィオラマリー様はいつもシェリルリリー様を虐げているのだと、聞いてはいたが……あの女、心底性根が腐っているんだな」

「本当に、とんでもない悪女だ。シェリルリリー様もおかわいそうに……」


 皆、皆、ヴィオラマリーを蔑み、シェリルリリーに同情の目を向けた。


 それからもヴィオラマリーは、公の場でシェリルリリーを罵った。

 かつてシェリルリリーと一緒になって自分を陥れた取り巻き達や、夜会で自分に無体を働こうとした男性陣などに対しても同じように、わざと大勢の人がいる前で無礼な態度をとった。そのたびにヴィオラマリーの悪評は膨れ上がっていった。


 恐ろしい悪女。

 人の心がない悪魔。

 シェリルリリー様と血が繋がっているとは思えない鬼畜。


 ヴィオラマリーの悪い噂はあらゆる言葉で飛び交い、今や夜会で彼女の名前が出ない日はない。有閑貴族達はゴシップが大好きだ。面白おかしく尾ひれをつけて、誰もが彼女を残虐な女だと話す。


 そうしてヴィオラマリーの悪評は、とうとう国王の耳にも届いた。


 臣下達からは、「ゴールベル公爵家の長女は、最近非常に素行が悪いです。グゾル殿下がシェリルリリー様とご結婚なさったら、形式上はその悪女がグゾル殿下の義姉ということになります。お二人のご結婚は、考え直した方がいいかと」と言われるようになった。もっとも、それは臣下達の「自分の娘を王子の妃に」「もっと自分にとって都合のいい相手を王子の妃に」という思惑も含まれる提言ではあったが。


 すると現国王は、小考の末に、言った。


「ゴールベル公爵家の姉妹を王城へ呼べ。私が直々に、この目で見極めてやろう」


 国王とゴールベル公爵家の姉妹は、これまで面識がないわけではない。だがいくら王子の婚約者とその姉であっても、国王陛下とそう頻繁に言葉を交わせるものではない。顔を合わせるのは、実にひさしぶりのことであった。


 そうして、ヴィオラマリーとシェリルリリー、そして両親が王城へと招集された。

 四人は謁見の間に通され、姉妹二人が王座の前に跪き、その後ろに両親が控える形となる。


 王座の傍らにはグゾルの存在もあり、忌々しそうにヴィオラマリーを睨んでいた。


「ゴールベル公爵家の者達よ。次女のシェリルリリーは左手に紋章を持つ『奇跡の子』であるとして、幼い頃よりグゾルと婚約を結んできた。だがしかし、姉のヴィオラマリーは残虐非道な悪女であると、貴族達の間で悪評が飛び交っている。次期王妃の姉が悪女では、他の者達に示しがつかない。そこで今日は、ヴィオラマリー、ひいてはゴールベル公爵家が、この先も王家と交友を結ぶのに相応しい品格を持っているのか見極めるべく、そなた達に来てもらった」


 謁見の間は、王の権威を示し、王座は高い階段の上に造られている。グゾルによく似た威圧的な目が、ヴィオラマリーを見下ろしていた。


「ヴィオラマリー・ゴールベル。そなたはグゾルとシェリルリリー、そして他の貴族達に対しても、公爵令嬢とは思えぬ非道な仕打ちを繰り返していると聞く。この噂は真実か? 己の口で説明せよ」


 国王――この国の最高権力者を前に、ヴィオラマリーの両親は緊張しているようで、顔が強張っていた。頼むから国王におかしなことを言ってくれるなよ、と。


 だがヴィオラマリーは、そんな両親の願いを砕くように口を開いた。


「お言葉ですが、陛下。私のことを糾弾する前に、まずはご自分の息子を躾ける方が先だと存じます。グゾル殿下には、次期国王としての資質がありません」


 両親は、ぞっと血の気が引いた。ヴィオラマリーだけが罰せられるぶんには全く構わないが、自分達まで「こんな無礼な娘を育てた非常識な親」として巻き添えで罰を与えられることは絶対に避けたかったのだ。


「ヴィオラマリー、黙りなさい! 陛下、申し訳ございません! この娘は悪魔に憑かれているようでして……」


「いいえ、私は悪魔に憑かれてなどおりません。私自身の意思で、申し上げております。陛下はグゾル殿下の性質や挙動について、正確にご存知でいらっしゃるのでしょうか? グゾル殿下が次期国王でいいと思っているのであれば、民達があまりにも哀れです。この国は完全に破滅しますわ」


 両親達が慌てふためくのも気にせず、ヴィオラマリーは口を閉じずに話し続ける。


「……もっとも、現時点で既に、この国は他国と比べてあまりに後れをとっておりますが。身分による格差が激しく、身分の高い者は平気で平民を虐げ、人間ではないような扱いをして、権力を盾に逆らうことも許さない。はっきり言ってこの国は野蛮です。貴族制度はどの国にもあるものですが、他国はちゃんと高貴な者の義務(ノブレスオブリージュ)を果たしておりますわ。高い身分に甘えて平民を支配するだけの現状を、恥ずかしいとお思いにならないのですか」


 国王がガタンと王座を立ち、ヴィオラマリーの両親は顔を真っ青にした。


「ヴィオラマリー・ゴールベル。そなたの言葉はグゾルと私への侮辱であり、不敬であるぞ。噂通り、そなたは公爵令嬢として多大な問題があるようだ。――私が直々に手を下してやろう、感謝するがいい」


 国王はヴィオラマリーのもとへと歩み――直後、鈍い音がした。

 国王が持つ、王家に代々伝わる宝玉を使った杖。国王がそれで、ヴィオラマリーを打ったのだ。


 しかしヴィオラマリーの瞳には、鋭い光が灯ったままだった。王によって罰を下されているのは彼女の方なのに、まるでヴィオラマリーの方が、裁きを与えようとしているかのように。


「無礼だったとしても、私は事実を申し上げております。グゾル殿下は調査もせずシェリルリリーの言葉を鵜呑みにし、何度となく私に暴力をふるってきました。人の上に立つ者としてあるまじき行いです。このままでは殿下は、王になった後も自分に都合の悪い意見には耳を塞ぎ、甘い誘惑にばかり目を向けて、国益のことなど何も考えません。陛下も殿下も、もっとこの国の民達のことを――」


「そのようなこと、貴様のような小娘が口出しすることではない。立場を弁えよ」


 国王は再び、杖でヴィオラマリーを打つ。

 腹部への、容赦のない打撃だった。ヴィオラマリーは、ゲホゲホとえずく。


「……陛下も進言を聞き入れることもなく、暴力に訴えるのですね。なら……こちらももう、慈悲はいりませんわね」


 ヴィオラマリーは、自分に向けて振り下ろされた王の杖を、今度は見切って掴んだ。

 そのまま杖を奪い取り――思いきり、床に叩きつける。

 ガシャン、と音がし、杖にはめ込まれていた宝玉が外れて床に転がった。


 その場にいる、ヴィオラマリーと国王以外の全員が顔面を蒼白にし、息を呑んだ。

 ヴィオラマリーの両親は生きた心地がしなかった。どうかこれが夢であってくれと心から願った。だがこれは現実である。国王は怒りでわなわなと身体を震わせ、声を上げた。


「この娘は王家に歯向かう大罪人である、処刑せよ!」

「陛下!」


 真っ先に声を上げたのは、グゾルだ。

 だがもちろん、グゾルがヴィオラマリーの処刑を止めるはずがない。


「全てヴィオラマリーが悪いのです! この女は間違いなく悪魔です! ですが、シェリルリリーは悪くありません、こんな悪女に虐げられていた被害者なのです! 罰を与えるのは、ヴィオラマリーだけにしてください!」


 国王の一存によって、この場にいるヴィオラマリーの家族も、連帯責任で罰を負わされかねない。グゾルはシェリルリリーの身を案じているのだ。


 息子の言葉を聞き、国王はゴミを見るような目でヴィオラマリーを一瞥した。


「ヴィオラマリー・ゴールベル。グゾルはこう言っているが、貴様はグゾルとシェリルリリーの結婚については、どう考えている?」


 ヴィオラマリーは、迷わず答える。


「グゾル殿下とシェリルリリーは、二人して自己中心的で国民のことを考える気がなく、二人を制御できる者もおりません。彼らが、他者の言葉に聞く耳を持たないからです。このままでは破滅に突き進んでゆくだけです。この国の未来のためになりません。婚約は解消するべきです」


「そうか」


 国王は、ニイッと嗜虐的な笑みを浮かべる。


「貴様がそう言うならば、グゾルとシェリルリリーの婚約は継続しよう。どうせ、妹だけ王子と結婚できることに嫉妬して、このような幼稚なことをしているのだろう? 罰を受けるのは貴様だけだ、ヴィオラマリー」


 国王は最初から、ヴィオラマリーの意見の反対を選ぶつもりだったのだ。自分に歯向かった、生意気な小娘への腹いせのために。


 ヴィオラマリーの家族、そしてグゾルは、心の底から歓喜する。


「陛下! 寛大なご決断、心より感謝申し上げます!」

「ああ、よかった! 処刑されるのはヴィオラマリーだけだ!」


 ヴィオラマリーの処刑が決まったというのに、家族もグゾルも、バンザイをしかねない勢いで喜んでいる。杖で打たれた彼女を心配する者など誰もいない。むしろ、これでやっと厄介払いできる、とすら思っているようだった。


 そんな家族達を見て、ヴィオラマリーは――

 薄く、唇の端を上げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
公爵家で使用人0はやばい・・・どんだけ国の規模しょぼいんだ
[一言] 使用人がいない公爵家ってw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ