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第2話 トンビがタカを産む

 通りを挟んで正面は独身寮なのだが、斜め向かいはそれぞれ建物の無い空き地、2階建ての一軒家である。空き地の工事が始まったのは1年半ほど前で、作業は月曜から金曜の日中だ。大抵のサラリーマンや学生は工事の様子や音を聞く事は無かったと思う。しかし不定休でかつ在宅勤務だった俺は、ほとんど毎日作業車両の通過音や作業者同士の話す声を聞かされるハメになった。


 音がどうしようもなくうるさい時もあれば、それほどでも無い時もあった。どうしようもない時は駅前のカフェに行くか、少し離れたところにある図書館で仕事をした。昼の12時半から1時間と、15時半から15分くらいの休みがあり、その間だけ音が止む。聞かされるこちらからしても憩いのひと時であり、その間に仮眠を取ったりした。


 夏場は冷房を用いたが、風がある日は窓を開いて凌いだりもした。薄着の汗ばんだ体に通る風が心地よかった。休憩の時間外からは、彼らの車のラジオを通してノイズ混じりの喋りや古ぼけた音楽が聞こえてきた。作業中は騒がしい分、それは俺にとっても気分転換を促した。


 作業員同士がなにやら取り留めのない話をし、それが漏れ聞こえてくることもあった。余り興味もなかったが、眠気を催した頭はむしろそんな会話をよく聞き拾って覚えていた。


 道路はどこが良く詰まってどこが穴場なのか。事業所の上長が何を言ったか。事務のあの子は今日どんな様子だったか。今日はいつもの弁当屋で何弁当を買ったか。なんて具合だ。その中でとりわけ興味を持ったのは、自身の娘についてあれこれ語る男の話だ。


 ある時、こんな話をしていた。

 男は今28歳で、18の時に同い年の女と所帯を持ち、女は式を挙げる頃には既にまんまるなお腹を抱えていたという。近頃娘の勉強を良く見ているが、両親よりよっぽど頭の出来が良いのか、スラスラと問題を解いてテストも高得点ばかりだという。


 あくまで話し声だけを盗み聞きしているので表情は分からないのだが、話す父親が鼻高らかなのは声色で分かった。嫌味な感じはなく、快活な語りも相俟って活弁士の小噺を聴くような風情だ。


 「じゃあ、トンビがタカを産むんだんすね」

 「馬鹿野郎、誰がトンマだ馬鹿野郎」

 「いててて、トンビですトンビ」

 「トンビか、そうかそうか」

 「トンビって一体なんだ」

 「なんか鳥じゃないですか」

 「それよりもタカの方が優秀ってことか」

 「ことわざだとそんな感じの意味っすね」

 「ふーん、まあこんな事話してる俺らはトビなんだけどな」

 「そういやトビって何なんだろうな」

 「漢字で書くと鳥が入るんで鳥じゃないすかね」

 「トビとトンビって仲間か何かかね」

 「さあ、調べてみたら良いんじゃないすかね」

 「調べるほどじゃないだろうが、おめえが調べてくれや」

 「今日行く風俗の嬢選びで忙しいっす」

 「おめえ馬鹿野郎、学のねえ野郎はこれだから困るんだ馬鹿野郎」

 「いててて、そっちも中卒じゃないすか」

 「うるせえ馬鹿野郎、おめえの学生の数だけやたら多い中学と違ってこっちは質の良いトコ通ってたんだよ馬鹿野郎」

 「田舎出身だから子供が少なかっただけじゃないすかそれ」

 「口の減らねえ野郎だな馬鹿野郎」


 やり取りはともかくとして、トンビとトビの話が気になって、俺はその場で調べた。正式名称がトビ、トンビは俗称で漢字の表記は鳶。高所作業であちこち飛び回る様や、鳶口という道具を用いる事から鳶職という名前が定着したようである。その他にも色々な情報を得る事ができたが、その頃にはもう、休憩は終わって彼らは作業に戻っていた。


 俺は、その話をした男が、この事実に一体いつどの様に辿り着くのかという事について思いを馳せた。自分で調べるのか、同僚の男から聞かされるのか、テレビ番組やラジオで知るのか、あるいは案外知らないままで過ごしていくのか。


 それとも、彼の優秀な娘が何かのきっかけに教えるかも知れないな。なんてアレコレ変に妄想は膨らんだが、そんな俺の頭を

 「くだらねえ事考えてねえで仕事しやがれ馬鹿野郎」

とでもどやしつけるみたいに、またいつもの工事音がやかましく聞こえてくるのだった。

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