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風の少女と呪いの絆7  作者: たき
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(6)

 最初の一本を外しさえしなければ、と何度悔やんだかわからないことを今もまた考えながら、フォルマは帰宅した。

 模擬戦を終えた翌週、武闘館で射術大会がおこなわれた。ゲミノールム学院の代表三名に入ったフォルマは上級生とともに臨んだが、緊張のあまり大きくそれてしまった一本目が影響し、準優勝となった。下等四学院の中で参加した一回生はフォルマだけで、よく頑張ったと上級生にもほめられねぎらわれたが、やはり悔しい。

「ただいま、エベーヌ」

『オ帰リ、フォルマ。元気ナイネ』

 部屋に入るなり呼びかけたフォルマに、鳥籠の中にいたこげ茶色の小鳥が首を傾ける。

『射術大会、ウマクイカナカッタ?』

「私の失敗がひびいて、準優勝だった」

 カバンを椅子に置き、フォルマは寝台に身を投げ出した。

『二位ハスゴイヨ』

「でも、私がちゃんと命中させていれば優勝してたんだよ」

 寝転んだままかざした右手をこぶしに変え、フォルマは暗青色の瞳をすがめた。

「……ブレイなら、絶対に当てたはずなのに」

 自分ではなくブレイが出場していれば、ゲミノールムはきっと優勝旗を持ち帰っていたことだろう。

 ブレイの分もと気合を入れて代表の座を勝ち取ったけれど、未熟な自分にはまだ早かったのだ。

『ブレイハ闇ノ下僕。フォルマノモトヲ去ッタ人』

「うん」

『志ガ異ナル、相容レナイ存在。デモ、ヤッパリ忘レラレナイ?』

「……うん」

 目頭が熱くなる。

 エベーヌは聞き上手で、フォルマはこれまでいろんな話をした。家族のこと、仲間のこと、弓のこと、学院のこと。中でも一番多かったのはブレイのことだ。距離が縮まったきっかけ、異性として意識した時期、そして――別れがどれだけつらかったか。

『フォルマ、サヨナラシタノヲ後悔シテル?』

 即答できず、フォルマは唇をかんだ。

 本当は、ずっと心にしまい込んでいる気持ちがある。吐き出してしまいたい想いがある。

 同期生たちが自分を気づかっているのがわかるから、吹っ切れたように振る舞っているけれど。

『フォルマハ、ブレイガ大好キナノネ』

 視界がにじみはじめる。頬が痙攣した。

『ブレイニ会イタイ?』

 こらえきれなかった。涙が滑り落ち、フォルマはしゃくりあげた。

「会いたいよ……ブレイに、会いたい」

 自分だけを映すこげ茶色の双眸が恋しい。自分の名を呼んで笑う声をもう一度聞きたい。

 たわいない話を飽きることなく続けた楽しい時間を、取り戻したい。

「ブレイと、もっともっと一緒にいたかった」

 同じ道は進めない。だから苦しくてたまらない。他の人では代わりにならないから、もう二度と好きな人はできないかもしれない。

 フォルマが嗚咽を飲み込んだとき、こげ茶色の小鳥がひときわ高く鳴いた。

 歌っている。人の言葉を話す小鳥が、甘く切ない旋律を奏でる。

『私ハフォルマノ幸セヲ、フォルマノ願イヲ叶エタイ。想イノ強サハ主ニ届ク。私ノ翼デ祝福ヲ必ズ届ケル』

「エベーヌ?」

『私ヲ見テ、フォルマ。私ノ魂ニ刻マレタ名ヲ、アナタナラ読ミ取レル』

 フォルマは上体を起こし、小鳥を凝視した。小さなこげ茶色の体の一部が薄青く明滅している。

 寝台を下りて近くに寄ると、確かに文字が見えた。

「フォルマ、帰ってる?」

 扉がたたかれ、レオンが入ってくる。はっと足をとめる双子の弟の気配を感じつつ、フォルマは一音ずつはっきりと口にした。

「ミオゾティス」

 とたん、青白い光が部屋いっぱいに広がった。まぶしさに腕で顔をかばったフォルマは、しだいに慣れてきた目で小鳥をとらえ、凝然とした。

「……青」

 そばに来たレオンがつぶやく。

 どこかみすぼらしかったこげ茶色の小鳥は鮮やかかつ美しい青色へと変化をとげ、二人の前で優雅に羽を広げた。



 フォルマが飼っていた鳥が青くなったと聞き、リリーたちは放課後にフォルマの家に行った。

「すごい……きれいだね」

 見事なまでに青くなった小鳥に、セピアが感嘆の息をつく。フォルマは小鳥が最初に落とした羽根をみんなに見せた。

「ミオゾティス。それがこの子の本当の名前だったんだね」

 本体から離れても羽根はまだつややかだ。リリーが小鳥に笑いかけると、小鳥はかすかに小首をかしげた。

『アナタノソバニイル鳥モ名前ガアル』

「えっ、クルスのこと?」

『ソレハ愛称』

 全員が驚惑の表情になったとき、羽音が響いた。開かれた窓辺に降り立ったのはクルスだった。

「クルス、あなたやっぱり本名があるの?」

 尋ねるリリーにハヤブサはギャッギャッと鳴き、小鳥のほうを向いた。短く鳴いたクルスに、小鳥がもじもじしたさまでとまり木を踏む。

「ミオゾティス、知ってるの?」

 小鳥は顔をそらした。

『私ハ嘘ヲツケナイ。ダカラコノ話ハ終ワリ』

 リリーはクルスをじとっとねめつけた。クルスが小鳥をおどして黙らせたに違いない。

「なーんだ。クルスは私のこと好きじゃないんだ。だから本当の名前を教えてくれないのね」

 わざとむくれたリリーに、クルスがまた鳴いた。リリーは肩当てをしていないので肩に乗ることができず、近くで停止飛行をするクルスが必死な様子で鳴き続けたため、リリーは吹き出した。

『彼ハ、アナタガ好キ』

 小鳥がぽろりと漏らす。代弁してくれたからか、今度はクルスも小鳥をにらまなかった。

「でも名前は教えてくれないのね。事情があるなら仕方ないけど、いつか知りたいな」

 リリーの機嫌が直ったことに安堵したのか、再び窓辺に移動したクルスが一声上げた。

『イツカ、ト言ッテル』

 やはり鳥同士だと意思の疎通ができるのか。リリーは小鳥の言葉を信じることにし、「約束だよ」とクルスの頭を人差し指でなでた。

「とりあえず、『冒険者の集い』で当たった宝は手に入ったわね。明日この羽根を学院長に提出してくるわ」

 セピアが丁寧に布にくるんだ青い羽根をさらに箱におさめる。

「ソールの鳥はどうなってる?」とレオンが話を振ると、ソールは申し訳なさそうな顔をした。

「俺は失敗した。鳥がしゃべらなくなったんだ」

「なんでそんなことに?」

 追及するレオンに、ソールはうつむいた。

「……たぶん……聞かれたことに正直に答えなかったからだと思う」

 ミオゾティスも嘘がつけないと言っていたことをリリーも思い出した。つまり、小鳥とは本音で語り合わないといけないのかもしれない。

 すまんとあやまるソールに、「一つは入手できたから」と皆がなぐさめる。

「私なんて一羽もなついてくれなかったんだから、私が一番役に立ってないよ」とリリーが冗談まじりに言うと、「確かにな」とルテウスがうなずき、場が少しなごんだ。

 それから七人は、次の冒険について相談した。やはり皆『奇跡のパン』が気になっていたようで、これからしばらくは図書館で材料について調べ、交流戦が終わったら必要なものを取りに行こうということになった。

 まもなくフォルマたちの両親が帰宅したので、五人もいとまを告げる。出された飲み物を盆に集めるソールの手伝いをリリーがしていたとき、眼前にポトリとお守りが落ちた。

 ソールが慌てたさまでお守りを拾ってズボンのポケットに突っ込む。かなり傷んでいたが、あれは自分があげたお守りではなかろうかと思ってソールを見やると、至近距離で視線がぶつかった。

 あまりの近さに顔がほてる。動揺するリリーを残し、ソールは盆を持ってさっさと部屋を出ていった。

 ずっと使い続けていたのだ。冒険中だけでなく、日常でも持ち歩いてくれていたのが嬉しくて、にやけるのがとまらない。

 熱くなった頬を両手ではさんで冷ますことに意識が向いていたリリーは、自分を見つめるオルトの暗いまなざしに気づかなかった。また、三人の動きをクルスがじっと観察していたことも……。



 ニ日後の昼休み、リリーは久しぶりにマイカと二人で昼食をとった。もともとマイカはおしゃべりで、少し人見知りな面があるリリーでも最初からなじめたほどの気安さがある。離れていた間にあったことを互いに報告するには、一回の昼食ではとてもたりなくて、また会う約束をした。

 マイカによると、模擬戦で一番話題になったのはリリーだが、オルトとソールの勝負もかなり評判だったらしい。入学式の代表戦以降、他学科は二人の打ち合いを見る機会がなかったので、今回の再戦で皆の興奮が高まったのだ。おかげでこのところ落ち着いてきていた告白もまた急増し、オルトとソールはしばしば女生徒に捕まっているという。

「明日からダンスの練習が始まるじゃない? だからきっと大変な騒ぎになると思うよ」

 交流戦後の舞踏会で、各専攻の代表は最初のダンスを披露しなければならない。オルトは『ゲミノールムの黄玉』なので、当日は『黄玉の姫』である三回生の女生徒と踊るのが確定しているが、ソールたちはこれから相手を決めることになる。

「みんな、最初のダンスは無理でも途中で踊る気満々だから、練習とはいえすごい争奪戦が起きそう」

 食べ終わった弁当を包みながらマイカが笑う。

「リリーも気をつけてね。男子が狙ってるから」

「マイカは誰か気になる人はいないの?」

 今日話してわかったが、マイカはオルトの追っかけをやめていた。憧れの気持ちはまだあるが、交際となるとちょっと違うと最近考えるようになったのだと。

 リリーの問いかけに、マイカは頬を朱に染めた。

「あの……ね、実は……仲良くなりたいなって思ってる人がいて」

 せかさずにリリーが待っていると、しばらく黙ってからマイカはぽつりとこぼした。

「カルパって、付き合ってる人いるのかな」

 リリーは目を丸くした。

「えーっと、たぶんいないんじゃないかな。本人からもソールからも聞いたことがないし」

 リリーの返事にマイカがほっとしたさまで顔をほころばせる。

 先日、リリーの落とした課題の紙を二人で拾ったとき、マイカは過去のおこないをカルパに打ち明けたという。本当なら恥ずかしくて隠したい内容だったのに、なぜかカルパには素直に話すことができた。そしてカルパも鬱陶しがらず最後まで聞き、変わろうと思って行動できるのはすごいぞとほめてくれたのだ。

 おおらかで飾らないカルパにマイカは惹かれた。彼ならたとえ何か失敗しても笑い飛ばして許してくれそうだと語るマイカは、明らかに以前とは異なっていた。盲目的に恋しているのではなく、しっかりと相手を見ている。

 お似合いかもしれないとリリーは思った。カルパは気さくで明るい。まとまればきっと楽しい交際になるだろう。

 情報収集の協力を申し出て、リリーはマイカと別れた。明日のダンス練習でまた会おうと。


 

 放課後、七人は学院長室に呼ばれた。先日セピアが提出したものが間違いなく『オーキュスの青い羽根』であると認められたのだ。

 期限までに間に合ったのはもちろんのこと、一回生ばかりの集団で課題を成し遂げたことを、ヘリオトロープ学院長はほめたたえた。

「君たちのご両親の何人かは私も知っている。彼らもすばらしい冒険集団だったが、その志が新しい仲間とともに君たちに引き継がれていることを嬉しく思う。七人とも、本当によく頑張ったね」

 そして学院長は記録書を開いて差し出した。これまで『冒険者の集い』に参加した集団が何を探したかを書き記したものだという。

 今年の頁に署名するよう勧められ、七人は順に名前を書いた。その後で、学院長が一番上に宝の名前を記し、頁の下部に日付と自分の名を綴る。

「これで君たちの功績と結んだ絆は学院に残る。いつか、君たちの子供がこの頁を目にする機会があることを願おう」

 最後に一人一人が学院長と握手し、七人は部屋を辞した。

「はあー、終わった。やっと実感がわいてきたわ」

 大きく背伸びをするセピアにレオンも笑った。

「記念品でももらってあっさり終了するのかと思ってたけど、ああして自分たちのことが記録されるって何だか感動するね」

「フォルマ、ミオゾティスの青い羽根、私たちにも分けてもらえる?」

 リリーの頼みにフォルマはうなずいた。

「もちろんだよ。一度に抜くとちょっとかわいそうだから、ミオゾティスに聞きながら少しずつ集めるね」

「カーフの谷に帰りたいとは言ってない?」と続けて聞いたセピアに、「今のところは」とフォルマも答える。

「でもいずれは帰したほうがいいのかな。寂しくなるけど」

 ミオゾティス自身が望めば、ソールのもとにいる小鳥も一緒にカーフの谷に連れていこうと話がまとまり、七人は解散した。

 歩きだしてすぐソールは、背後からの視線に気づいた。ふり向くと、ひどくかたい面持ちのオルトと目があった。

「ずいぶんボロ臭いお守りを持ち歩いているんだな」

 先を行く五人に聞こえないほどの小声だったが、ひやりとした不穏な空気にソールは足をとめた。

「町の礼拝堂におさめないのか」

 赤い双眸にくっきりと浮かぶ疑念に息をのむ。

「大事なのは……お守りか?」

 答えないソールの脇をオルトが過ぎていく。その背中から、自分への信頼と親しみが消えかけているのをソールは読み取った。

 片付けの際に落ちたお守りをリリーに見られ、急いで回収したが、あのときオルトも目撃していたのだ。ただ、あれがリリーからもらったものだとオルトには伝えていないはず――。

(グラノか……)

 まずいことになったと、ソールはうつむき額を押さえた。心臓に近い位置にあると安心するので、つい胸ポケットに入れていたが、リリーに見つかってからはズボンのポケットに忍ばせていた。しかしそれももうやめたほうがいいかもしれない。

 これ以上オルトとの仲を悪化させるわけにはいかない。虹の森への道をたどりつつある今、関係を壊す行為は控えなければ。

「……母さん」

 自分のせいで早死にしてしまった人を想う。母を中心にまわっていた頃のドムス家は、リリーの家のようににぎやかであたたかかった。三人での暮らしも慣れてきたが、やはり母が欠けた影響は大きい。

 この苦しみは、家族に悲しみをもたらした報いだ。

 もし虹の森に行くことができれば、こんな自分でも幸せを得る権利を手に入れられるのだろうか。

 何度も自然に思い浮かぶ相手との将来の姿を振り払い、一人残された廊下をソールは踏み進んだ。

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