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風の少女と呪いの絆7  作者: たき
4/12

(4)

 朝、剣専攻生と槍専攻生はそれぞれ法塔と闘技場の前に集っていた。鎧を着用し、武器を手に、時が来るのを待っている。静かだが熱気のあふれる両陣営に、中央棟で見守る生徒たちも期待に満ちた顔つきでいる。

 模擬戦では、弓専攻生は神法学科生と同じく数名が協力者として選ばれていた。弓専攻が新設された当初は、弓専攻生を二つに分けて参加させるという案もあったのだが、実力を均等にというのが難しく、協力者の位置づけになったと言われている。

 建物の保護や治療のためにセピアとルテウスは中央棟の外で待機して任務にあたるというので、フォルマとレオンも同行することにした。運がよければ目の前で両専攻の迫力ある戦いを見ることができる。

「どっちが勝つかな」

「実力は拮抗してるみたいだけど、リリーへの期待をこめて剣専攻を推す声が少し大きいかも」

 フォルマの問いかけにレオンが答えたとき、協力者である風の法専攻生が『翼の法』で地面を離れた。特にリリーが軽やかに浮き上がると、どよめきが広がった。

 模擬戦の協力者に一回生が選ばれることはめったにない。それが風の法専攻生となると、ニトル・ロードン教官以来二人目という栄誉で、今回は勝敗の行方をのぞけばリリーの注目度が非常に高かった。

「ああしてると、なんか親衛隊みたいだな。リリーは協力者なのに、みんなリリーを守る気満々じゃない?」

 ふわふわ浮いているリリーに、隊長をはじめ剣専攻生たちが熱心に話しかけている。今年の剣専攻三回生の代表ザオム・ニードと副代表シュイ・レーベンはシータが手伝いに行っている剣鍛錬所出身で、リリーとは面識があるらしい。今回リリーが配属されたシュイの隊の生徒も全員その鍛錬所に通っていたというから、やや人見知りなうえに対戦も初めてのリリーの緊張を少しでもほぐそうとする剣専攻生側の配慮が感じられた。

 シュイが冗談でも言ったのか、どっと笑い声があがる。それまでかたい面持ちだったリリーも笑みがこぼれ、二階で見学する生徒たちから羨望の吐息が漏れた。リリーにけがをさせるなよという嫉妬まじりの注意まで飛んでいる。

「交流戦では敵を油断させるのに有効だな。それでなくても風の法専攻生はなめられることが多いから」

 あの見た目で恐ろしいほど法術を連発するなど、知らなければ想像できないとルテウスも悔しげにくしゃりと髪をかきなでる。

「でも大丈夫かな。人に対して法術を使って、また何か起きたら……」

 やっと幼い頃の心の傷を克服できたのにと心配そうなセピアに、レオンはにんまりした。

「みんな護符をつけてるし、ソールが相手側にいなければ、案外割り切って吹っ飛ばしていくかもよ……おっと、いよいよだね」

 準備が整ったのだろう。中央棟内にいたヘリオトロープ学院長がさっと右手を挙げ、ロードン教官が風を起こして法塔の鐘を鳴らす。開戦の合図に、両専攻の生徒たちは雄叫びとともに本陣を飛び出した。

「みんな、こんなところにいたのか。あ、リリーがこっちに来るね」

 四人のもとにやってきたキルクルスが、オルトたちと行動をともにするリリーを見つけて喜ぶ。そして闘技場のほうをふり返り、「あーあ、大当たりだ」とぼやいた。

 炎の法専攻生を引き連れて向かってくる槍専攻生の隊の中に、ソールの姿がある。一回生代表同士が衝突するとわかり、中央棟から興奮の悲鳴がわき上がった。

 少し高い位置を飛ぶリリーもソールに気づいたらしく、複雑な容相になる。リリーがオルトに伝えたのか、うなずくオルトの赤い瞳が好戦的に輝いた。

「迅雷の統括者たる風の神カーフ。王の眷属たる我と我に与する者たちに閃電の翼を!!」

「力と戦の支援者にして荒ぶる炎の神レオニス。王の眷属たる我と我に与する者たちに覇者の祝福を!!」

 リリーと槍専攻側の炎の法専攻三回生副代表の補助の法がそれぞれ同時に発動する。さらに炎の法専攻生は続けざまに『剣の法』を放った。

「光と熱を司りし炎の神レオニス。我は請う、我に仇なすものどもに灼熱の刃を!!」

 まとめて敵を炎で飲み込まんとする容赦ない攻撃に、剣専攻生たちの足がとまりかける。しかし向かってくる炎が包み込むように大きく広がったとき、風が炎をはじき飛ばした。

「うわ、三回生副代表の攻撃を――」

 交流戦でも主戦力として活躍する炎の法専攻の三回生副代表ともなれば、高火力を誇るはずだ。しかも『勇みの法』でさらに強くなっているのに、その彼の『剣の法』を『砦の法』で霧散させたリリーに、レオンが目をみはる。周囲も驚きざわつき、味方であるシュイたちですら呆気にとられた様子でかたまる中、今度はリリーが攻撃を仕掛けた。

「大気を司りし風の神カーフ。我は請う、我に仇なす者どもに疾風の爪牙を!!」

「くそっ、回避しろ!」

 炎の法に防御の法術はないが、『剣の法』をぶつけて相殺することは可能だ。しかしリリーの想定以上の術力に面食らって対応が遅れた炎の法専攻生の叫び声に、槍専攻生たちがわっと左右に分かれた。

「……相手が悪かったな」

 槍専攻に同情する、とルテウスがため息をつく。

『嵐の法』は中央棟側に寄った集団に襲いかかり、次々に戦闘不能者を生んだ。建物を守る『盾の法』がきしんで破れかけたため、そばにいた大地の法専攻三回生が即座に重ねがけで強化する。

 戦力を半減させられた槍専攻の隊長は青ざめながら後退の指示を出した。先に槍専攻生は『勇みの法』で威力を高められていたが、リリーから素早さを授けられていた無傷の剣専攻生を強引に押しのけるには、圧倒的に数が足りなかった。 

 戦では連絡係くらいしかできないと揶揄されることの多い風の法専攻生の印象を払拭するリリーの活躍に、中央棟にいた同専攻生たちから歓声と拍手がわく。本来の力を発揮すれば、敵に回すととんでもなくやっかいな法術だと皆に知らしめるには十分だった。

「あの隊長、ソールと一緒だったから命拾いしたね」

 レオンが苦笑する。リリーがわざとソールのいないほうへ『嵐の法』を向けたのは明らかだ。リリーなら、それくらいの調整はできる。

 撤退に転じる槍専攻の隊を、剣専攻の隊が追う。このまま一気に本陣まで攻め込むつもりだろう。今年は早く勝敗を決するかもしれないという大多数の予想の前で、不意に一つの見せ場ができた。

 隊長を逃がすための時間稼ぎとして、ソールと数名が立ちふさがったのだ。

 対峙する一回生代表二人に、中央棟の声援が入り乱れる。剣専攻側からしてもソールはやはり邪魔な存在のようで、シュイがソールの相手をオルトに任せると告げたとき、剣専攻の本陣から伝令が届いた。反対側の進路でぶつかった両軍の戦いは槍専攻が制し、現在剣専攻の大将がいる法塔へ進軍中だという。

 大将を守るべく戻るか、強引に押し進むか――大将に合流する生き残りの兵数を聞いたシュイは、敵の本拠地を目指すことを選んだ。

「オルト、絶対にここを通すなよ! リリー、一緒に来てくれ!」

 向こうより先に敵大将を討つ、と味方を鼓舞して駆けるシュイに、リリーは二人を気にしながらついていく。

 双方とどまる人数はほぼ同じだったが、乱戦にもかかわらずただ一人を相手取っているのはオルトとソールだけだった。なかなか勝負がつかず、他に目を向ける余裕がないのだろう。

 両者が地を蹴り、振るう武器の金属音がまき散らされる。入学式の代表戦の再現に観客は見入った。もちろん勝負に割り込む野暮な者もいない。

 互いに一歩も引かない。永遠に続くとさえ思われた打ち合いはしかし、槍専攻の大将が討ち取られたという勝鬨(かちどき)があがったことで終了した。

 副代表のシュイは代表のザオムとほぼ同程度の実力なので、槍専攻三回生代表と戦っても引けは取らない。加えて炎の法専攻三回生副代表が本陣に戻るのをリリーが阻止し、敵大将を守る風の法専攻三回生代表とも堂々と法術合戦を繰り広げたため、敵大将は神法学科生の助力を得られず、シュイに撃破されたという。

 一見、剣専攻の余裕勝ちに思われたが、剣専攻の本陣も陥落寸前だったという情報が伝わり、本当にギリギリだったらしい。

「リリーとだけは敵対したくないね」

 自分たちが三回生になったとき、模擬戦で協力を求められた際はどちらに入るか慎重に決めようとレオンが顔を引きつらせる。

「でも、リリーとレオンが同じ陣営にいたら勝ちも同然だから、面白くないんじゃない?」

 副代表のチュリブもきっとレオンの側につくだろうし、と言うセピアに、「あれを見てなおリリーに立ち向かう勇気は僕にはないよ」とレオンは肩をすくめた。三回生の攻撃すらはね返したリリーは、目撃者多数によりすでに模擬戦の勝敗よりも話題になっている。

「キュグニー先生は模擬戦に参加しなかったのか?」

 ルテウスの質問に、「出たけど、二回とも問題が発生して途中で中止になったんだって」とセピアは両親から聞いた事件の顛末を教えた。その代わり、交流戦では大活躍だったと。

「さすがはキュグニー先生だ」とルテウスが満足げにうなずく。その隣でフォルマがシータの武勇伝を催促したので、セピアはシータについても語り、フォルマも恍惚としたまなざしをここにはいない女性へと飛ばした。

 まもなく大きな拍手が鳴り響き、シュイたちに連れられたリリーが姿を現した。オルトが「勝負は持ち越しだな」と笑ってソールの肩をたたき、リリーのもとへ走る。

 爆風を浴びて汚れていたのか、オルトがリリーの頬をこすった。リリーが照れ臭そうに自分でも頬をぬぐう。シュイたちにひやかされ、両手を振って否定するリリーの背中にオルトが触れた。

 晴れ晴れとした表情で本陣へ帰還するシュイの隊に囲まれ、リリーはオルトにうながされて去っていく。その光景を見送っていたソールは槍専攻の上級生に呼ばれた。

「俺たちもいったん引き上げるぞ」

「よく抑えたな、ソール」

 ともに奮闘し生き残った上級生にねぎらわれ、ソールも「お疲れ様でした」と軽く頭を下げた。

「午後の反省会、緊張するなあ」

「絶対ドムス先生にどやされるぞ」

「いや、あれはもう仕方なくないか? リリーが強すぎた」

 上級生たちが半分愚痴まじりの感想を言いながら闘技場へ向かう。ソールはオルトと肩を並べて歩くリリーをもう一度そっと見やり、上級生の後を追った。

 


「オルトから話は聞いてたけど、あそこまで強いとは思わなかったな」

 中央棟から届く勝利を祝う声に笑顔で応じながら、シュイがリリーをふり返る。

「ハンデルが慌てまくってたもんな」

「そりゃそうだろう。炎の法専攻で副代表まで務める奴を追い詰めたんだから」

 模擬戦が始まる前は、女の子だし一回生だから手加減してやるよと()()()言っていたハンデル・スピーガは、戦闘不能になったとき顔色を失くしていた。

 とどめをさすのはシュイに任せた。さすがに自分にやられたとあっては、彼の面目がつぶれてしまう。学年は違っても同じ神法学科生なので、今後どこで関わるかわからない。相手の自尊心を必要以上に削るまねは避けたかった。

 人が相手だと難しい。風の法専攻生をないがしろにする人たちの見方を変えたいと思う一方、やりすぎても引かれてしまう。交流戦ならもっと気兼ねなく全力を出しても大丈夫だろうかとぼんやり考えていたリリーは、「さすが祝福の女神だよな」というシュイの賛美に我に返った。

「あの頃は、リリーから花冠をもらうためにみんな必死でさ」

「そうそう、シュイとザオムなんか毎回試合前は神経尖らせて、ちょっとしたことで大喧嘩してたし」

 ここにいるのはカラモスの剣鍛錬所に通っていた生徒ばかりだ。当時をなつかしむ彼らとは反対に、女神役を進んでやったわけではないリリーは気恥ずかしさにうつむいた。

 毎年開催される鍛錬所内の剣術大会の優勝者に贈られるものはさまざまだったが、ある年、カラモスに頼まれてリリーが花冠を授けたことがあった。仰々しく飾り立てた姿で「優勝おめでとう」と述べるだけでいいと言われたが、跪いてきらきらした目で自分を見上げる優勝者たちに気後れしたのを覚えている。

 リリーは一度で終わるつもりだったのに、生徒に大好評だったからと翌年も頼まれた。そのときは自分がやりたいと名乗りを上げた少女が複数いたので喜んで役を譲り、母の隣で心ゆくまで試合を観戦した。しかし翌年はなぜかリリーに役が戻り、少女たちの陰口や嫌味にさらされながら務めを果たした。それがつらくて数年は断固拒否し、オルトが鍛錬所に通う最後の年だけオルトに頼み込まれて引き受け、優勝したオルトに花冠をかぶせた。

「今年はやらないんだろう?」

 オルトの問いに、リリーはうなずいた。

「もうお母さんにくっついて見学してるわけじゃないし、もしするなら別の人にお願いしてほしいってカラモスさんには伝えてあるから」

「ああ、今年に入ってリリーが来なくなったって、弟が寂しがってたな」とシュイが苦笑する。

「花冠は無理でも、絶対に優勝するから見にきてほしいって言ってたぞ」

 シュイの弟は確かに強い。来年ゲミノールムに入学予定で、剣専攻を受験すると聞いている。

「行くなら付き合うぞ。カラモスさんにも会いたいし」

 オルトの誘いにシュイは吹き出した。

「とか言って、リリーに寄ってくる奴を追い払う気だろう」

「お前の守りがかたすぎて全然リリーに近づけねえって、みんな文句を垂れてたんだからな」と言うシュイたちに、オルトが渋面した。

「ちょっかいをかけまくってリリーを泣かせたくせに、何言ってるんですか」

「俺らもお子様だったんだよ。今、リリーが気にしてないならいいじゃないか。なあ?」

 シュイがリリーに同意を求める。そういえば昔、シュイやザオムに頻繁にいたずらを仕掛けられ、泣いたことがあったとリリーも思い出した。そのときはオルトが怒って一人で彼らに立ち向かい、取っ組み合いになっていた。

 派手な喧嘩に気づいたカラモスが間に入り、みんなまとめて叱られた後、そろってリリーに謝罪した。それが今や、各学年の代表や副代表という肩書を背負っているのだから、面白い。

 ソールも昔はやんちゃだったのだろうか。乱暴な遊びにも連れていける弟が欲しかったと言っていたし。

 それでもきっと、誰かを傷つけ怯えさせるようなことはしなかったはずだ。隣にいるだけで安心感を与えてくれる人だから。

「リリー、来年も頼むな」

 オルトの声かけに、リリーは曖昧に微笑むだけにとどめた。

 ソールはオルトほど積極的に来ない。嫌われてはいないと信じたいけれど、今一つ気持ちがわからなくて、踏み込んでいいのか迷ってしまう。

 セピアは絶対に大丈夫だからと背中を押してくれている。

 冒険のときもついソールのそばに寄ってしまう自分を、ソールが本当はどう思っているのか、知りたくてたまらなかった。


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