(3)
翌日、早めに朝食をすませて七人は出発した。上空を「うそー、うそー」とガラガラ声で鳴く灰色の鳥が過ぎていき、全員が見上げる。
「あれはだめかなあ」
レオンのつぶやきに、ルテウスが首を横に振った。
「嘘つき鳥は鳴き声がそれっぽいだけで、人間の言葉を理解しているわけではないからな」
そうだよね、とレオンも肩をすくめる。それから七人は周囲に気を配りながら、鳥が多く生息していそうな森や林を順に巡っていった。
時々人声がするが、鳥ではなく花だったり、謎かけをする動物にしつこくつきまとわれたりと、なかなか目当てのものに出会えない。簡単に手に入っては面白くないだろうとキュグニー教官は言っていたが、あてもなくさまよい続けるのもけっこう精神的にきついものがあった。
そろそろ打開策の検討に入るべきかという雰囲気が広がったとき、フォルマが斜め後方の木をふり返った。
「フォルマ、どうかした?」
セピアの問いかけに、フォルマは「気のせいかもしれないけど」とためらいがちに答えた。
「さっきから視線を感じてて……同じ鳥がいるんだよね」
フォルマが指はささずに目でうながした木を六人もかえりみる。ちょこちょこと枝を飛び渡るこげ茶色の小鳥の姿があった。
「確かに、すごい見てるね」
レオンが顔を引きつらせ、小声で言う。小鳥とは思えない目力にソールたちも困惑した。
「フォルマだけが気づいたってことは、あの鳥はフォルマを追ってるのか」
あそこまでがっつり注視されていれば、どれだけ鈍くても気配を察したはずだと、オルトが皆を見回す。
「試しに話しかけてみる?」
レオンの提案にフォルマはうなずき、まず一人でそろりと近づいた。少し遅れて、六人が警戒されない程度まで寄る。
小鳥は逃げない。木の下までたどり着いたフォルマは小鳥としばし見つめ合った。
「えっと……こんにちは」
『コンニチハ』
返事があったことに、七人は喜びの悲鳴をあげかけた。
『アナタノ名前ハ?』
「フォルマ。あなたは?」
こげ茶色の小鳥はそれには答えず、フォルマの肩に下りてきた。狐色のフォルマの髪をくちばしでつつき、軽く引っ張る。
「くすぐったいよ」
首をすくめて笑うフォルマの髪に小鳥はいっそう顔をうずめた。
『私ト遊ンデ。私ハアナタガ気ニ入ッタワ』
「じゃあ、私の家に来る?」
『喜ンデ』
「ありがとう。仲良くしようね」
用意していた鳥籠を見せ、家に着くまで入ってもらっていていいか尋ねると、こげ茶色の小鳥は素直に中に入った。
「すごい、やったねフォルマ」
セピアが手をたたく。ここにきてようやくしゃべる鳥が捕獲できたことに、フォルマもほっとした顔つきになった。
「どうする? 一羽でも十分かもしれないけど、せっかくだから昼食までは粘ってみる?」
「粘る!」
レオンの呼びかけに、リリーがこぶしを胸の前でにぎる。ソールはむしろこの一羽で終わらせたいと思ったが、反対する理由を追及されると困るので黙っていた。
それから七人は鳥探しを再開したが、その後は特にこれという鳥は現れず、昼食にちょうどいい場所が見つかったことで休憩することにした。
フォルマは自分の弁当をわけてやりながら小鳥と話をしている。それをリリーがうらやましそうに眺めるのを盗み見ていたソールの肩に、不意にくすんだ緑色の小鳥がとまった。
『オイシソウダネ』
ソールは目をみはった。残り少ない弁当をのぞき込んでいる小鳥に一瞬かたまったものの、「食べるか?」と声をかける。小鳥が『食ベル』と即答したので匙ですくって運んでやると、小鳥はついばみはじめた。
『ウン、オイシイネ。コレハ君ガ作ッタノ?』
「そうだが」
『君ニツイテイッタラ、モット食ベラレル?』
「ああ、まあ」
『ジャア行クヨ。君ノ名前ハ?』
「……ソール」
『ソール。ヨロシクネ』
くすんだ緑色の小鳥がソールに頭をすり寄せる。あっさり交渉成立したことにとまどうソールの横で、レオンが吹き出した。
「食べ物につられるなんて、リリーかクルスみたいだね」
「確かにな。でもこれで二羽か」
上出来だなとルテウスが言う。
「どうして私だけ来てくれないのかな」
念のために持ってきた鳥の餌をばらまいてみようかとぼやくリリーに、オルトが言った。
「クルスの匂いが染みついてて警戒されてるんじゃないか?」
「鳥って匂いがわかるのかな? もしわかるなら、それが一番可能性が高そうだけど……あとは、まだ入手していない情報があったか」
食べ終わった弁当箱を包みながら、セピアが首をかしげる。
「でも、フォルマとソールにはあって、リリーにはないものって何だろう?」
武闘学科生じゃないとだめだということはないだろうし、と不思議がるセピアに、レオンがふと真顔でフォルマとソールを見た。
「レオン、何か思いついたの?」
尋ねるリリーに、レオンはややあって微笑した。
「いや、どうかな。僕にもわからない」
とりあえず、カーフの谷を出るまでになつく鳥が寄ってこなければ今回はあきらめようねと、レオンはリリーをなだめた。
食事を終え、来た道を戻るときにリリーは鳥の餌を手のひらにまいてみたが、やってくるのは普通の鳥ばかりで、どんどん落ち込んでいくリリーをソールは複雑な心境で見やった。その間にも自分になついた小鳥がいろんな質問を投げてくるので、答えられる範囲で応じる。フォルマは自分の鳥とすっかり仲良くなったようで、途中で籠から出して肩に乗せて歩いていた。
フォルマも同じ悩みをかかえているとは思わなかった。確かに一時期、暗い表情でいたことがあったが、今はそういう素振りもなく、代表として弓専攻一回生をまとめている。
様子がおかしかったのはブレイの失踪前後だから、もしかしたら――そのとき、フォルマと会話していたレオンがふり向いた。
『今日ノ晩御飯ハ何?』
もの問いたげなレオンのまなざしについ顔をそらしたソールは、左手に持つ鳥籠の中から振られた話題に苦笑した。
「お前は食べることが好きなのか」
『大好キ』
まさに、来るべくして来たという感じだ。
『僕モ外ニ出タイ。ソールノ肩ニ乗リタイ』
逃げないだろうかと一瞬ためらったが、逃げてもまだフォルマの鳥がいると考え、ソールが籠の扉を開けてやると、くすんだ緑色の鳥はひょいひょいと出てくるなりすぐソールの肩に移動してきた。当たり前だが、ハヤブサのクルスよりずっと軽い。
「二人とも、すごくなつかれてるよね」
いいなあとリリーがため息をつく。もう森は抜け、馬車へ向かうのみだ。
「クルスもかわいいじゃないか」
「それはそうなんだけど、私もおしゃべりしたかったな」
ソールのなぐさめにもう一度嘆息し、リリーは森をかえりみた。しかしついに断念したらしく、手のひらに残っていた鳥の餌をぱっぱと払った。
帰りは町に寄ることもなく、リリーの『早駆けの法』を使ってフォーンの町を目指した。そして夕方、ケントウムの町を過ぎてセムノテース川を越えたところで、クルスが飛んできた。
再び籠に戻されていた二羽の小鳥はハヤブサの登場に驚いたのか羽をばたつかせたが、荷台の縁にとまったクルスとじっと見つめ合ってからおとなしくなった。
「クルス、聞いて。私だけしゃべる鳥が寄ってきてくれなかったのよ」
愚痴をこぼすリリーにクルスが一声鳴く。リリーが人差し指を差し出すと、クルスはその指を甘噛みした。それで機嫌がなおったらしく、ようやくリリーの表情がやわらいだ。
セムノテース川に一番近いのはレオンたち三人の家だったので、荷馬車はまずレオンとフォルマ、ルテウスを下ろし、次にソールを下ろした。
「お疲れ様。ソール、小鳥の世話を頼んだわよ」
御者台で手綱をにぎったまま声をかけてきたセピアに「ああ、わかってる」と返事をし、ソールは手を振るリリーたちの出発を見送ってから帰宅した。
「お帰り、お兄ちゃん! その鳥、どうしたの?」
玄関扉を開けるなり迎えに出てきたペイアが目を輝かせる。部屋から顔をのぞかせた父にも事情を説明し、しばらく飼うことになったと伝えると、ペイアが大喜びした。
ひとまず自分の部屋に連れていき、机の上に置く。後で置台がないか物置で探してこよう。
『オ腹空イタ。今日ノ御飯ハ何?』
先ほどの問いを繰り返す小鳥に、ソールは「今日は父さんが作るから」と答えた。
『ソールノ父サンモ、オイシイモノヲ作ル?』
「ああ、それについては心配ない」
『楽シミダネ』
ソールは黄赤色の瞳をすがめた。食事を楽しみにするなど、本当にリリーかクルスのようだ。
胸ポケットからボロボロになったお守りを出して鳥籠の横に置き、思い出してズボンのポケットもまさぐる。くしゃくしゃに丸まった紙を広げると、短い文章が目に入った。
“恋煩いに鳥は囀る”
それは金物屋で聞いた話だった。明らかに自分たちの探す宝に関係していそうだったが、あのときオルトに言うのをためらってしまった。
結局口にできず、捨ててしまおうと一度は手帳から破ったものの、迷ってまた手帳に差しはさんでいた。今回やはり報告すべきとポケットに入れて持っていったが……。
告げなくて正解だった。自分に鳥がなつけば、誰を想って悩んでいるか、きっとオルトにばれていただろう。
自分をかばい、堂々とディックに反論していた横顔が脳裏によみがえる。その強さに驚いて、嬉しくて、いっそう苦しくなった。
料理をつくるときはオルトも大目に見ているらしい。牽制を受けて以降、できるだけオルトを刺激しないよう注意を払っているから、警戒がほぐれているのかもしれないが。
オルトもそんなに大事なら、告白でもなんでもして早くリリーを捕まえればいいのだ。誰かのものになれば、自分もあきらめられる。
もう一度紙をにぎりしめたこぶしを額に押し当てる。うつむいて目を閉じ唇をかむソールを、小鳥は静かに見つめていた。
休み明け、登校してすぐ寄ってきたキルクルスと一緒にリリーは中央棟内を歩いていた。
「そっか、リリーだけ人の言葉を話す鳥がなつかなかったんだね」
クルスが頻繁に遊びに行っているせいかなと首を傾けるキルクルスに、「キルもそう思う?」とリリーは息をついた。
「フォルマはもともと動物好きみたいだから、きっとかわいがるだろうし、ソールのところに来た小鳥も食べることに目がないって感じだったの」
「リリーはクルスじゃ不満?」
「そんなことないよ。クルスはかわいいし……でも、私も鳥さんといろんな話をしたかったな」
父のように、クルスと意思疎通を図れるとよかったのに。
「クルスが話せないぶん、僕がいっぱい相手をするよ。だからうんと可愛がってね」
いまだに性別を間違えられることがある愛らしい笑みを広げ、キルクルスがリリーと腕をからめる。そのとき、槍担当教官室の前に立つカルパを見つけ、リリーは声をかけた。
「おはよう、カルパ」
「おはよう――相変わらず、いろんな意味で誤解を生みそうな距離感だな」とカルパが苦笑する。
「キルクルスってリリーにばっかりくっついてるよな」
「当然でしょ。僕たち仲良しなんだから。ねえ、リリー?」
リリーの肩に頭を乗せてもたれかかるキルクルスにリリーも曖昧に笑い、教官室を一瞥した。
「ソールは中にいるの?」
「ああ、朝一番に配布するものがあるから来いって先に指示されてたらしい」
父親が教官だと学院でも気が抜けないから大変だよなと、カルパは肩をすくめた。
「カルパは昔からドムス先生を知ってたんだよね?」
「うん。入学前はここまで怖い教官だと思わなかったよ。この前も合同演習中に三回生が叱られて泣いちゃってさ……もう、迫力がありすぎて、俺らみんな動けなかったもんな」
「武闘学科の先生はみんな厳しいの?」
「いや、カルタ先生は少し緩いみたいだ。むしろ生徒にいじられてるな」
そして弓専攻のペリパトス教官はちょうど二人の間くらいな感じだという。
「でもさ、ドムス先生のおかげで、自分では気づかなかった欠点がだいぶ修正されてきてるのがわかるんだ。それに、めちゃくちゃ怖いぶんほめられたときはすげえ嬉しいし」
乗馬の授業も担当しているが、ドムス教官が馬を駆る姿は本当に格好よくて、同性なのに見とれてしまうほどらしい。
だから各専攻の雰囲気はさまざまだが、一番統制が取れているのはおそらく槍専攻だろうとカルパは言った。技術は未熟でも、自分は騎士であると錯覚してしまいそうな自信と心構えが自然とわいてくるのだと。
そういえばと、リリーはこの休み中に偶然会ったソールの昔馴染みについてカルパに尋ねた。とても騎士には見えない振る舞いだった彼らのことを口にすると、カルパは心底嫌そうに顔をしかめた。
「あいつらはクソだよ。進学先が分かれて、俺たちがどれだけほっとしたか」
「やっぱり問題がある人だったんだ……なんか、言うことが急に変わって、ちょっと気味が悪かったの」
本心がどこにあるのかわからなかったと答えるリリーに、カルパはうんうんとうなずいた。
「ディックは昔からああなんだ。気に入らない奴が孤立するよう周りを誘導していくから、ある日突然蹴落とされてびっくりする。ソールも……ずっとみんなの中心にいたのに、やられた」
それから後は嫌味三昧だったのだ。ディックたちはわざとソールの目の前でみんなと遊ぶ約束をし、いかに楽しかったか大声で語っていた。また鍛錬所内の試合前には、ソールを口撃して動揺を誘おうとしたこともある。もちろんそんなことで負けるソールではなかったのだが。
「あいつ、むだに愛想がいいから、初対面だと特にだまされやすくてさ」
悔しそうに歯噛みし、それからカルパはにんまりした。
「まあでも、リリーは引っかからなかったんだな。さすが、ソールをよく見てるだけのことはあるな」
リリーはドキリとした。
「え、別に、そんな……ひゃっ」
いきなりそばで開いた扉にリリーは飛び上がった。紙束を手に出てきたソールが目を丸くする。
「あ、お、おはよう」
「おはよう……カルパ、お前また何か余計なことを言ったのか?」
うろたえて赤面するリリーに眉をひそめ、ソールがカルパを睥睨する。
「失礼だな。俺がいつそんなまねをしたんだよ? リリーは見る目があるよなって話を……」
「あああ、もう行かなきゃ。二人とも、模擬戦頑張ってね」
「頑張れって、リリー、今回は敵じゃないか」とカルパが笑う。そういえばそうだったとリリーは縮こまった。
「来年は槍専攻に協力してくれよな」
カルパの誘いにリリーはちらりとソールを見て、まだ腕にしがみついたままのキルクルスを引きずってその場を逃げ出した。
ソールが勧誘してくれるなら、来年こそは槍専攻の力になりたいという願いをかかえて――。