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風の少女と呪いの絆7  作者: たき
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(12)

 翌朝、リリーはいつものように五芒星の首飾りをつけてから、ソールにもらった羽根を布にくるんだ。

 ソールから何かを贈られるのは初めてだ。自分の誕生日はあと少し先だが、もうこれで十分嬉しい。

 昨日のやり取りを思い出すだけでドキドキしてくる。変に期待してまた勘違いだとわかったら今度こそ立ち直れないのに、それでも胸が高鳴ってしまう。

 自分は心変わりなどきっとしない。待てと言うなら待てる。

「ファイルフェン……あなたがソールとの仲をつないでくれるの?」

 人語を話す鳥を探しにいった日以来、ソールが連れ帰った小鳥とは会っていない。たしかくすんだ緑色だったはずだが、それがフォルマのもとにいるミオゾティスと同じくらいきれいな青色に変化したという姿をこの目で見てみたかった。

 リリーが布に頬ずりしたとき、室内のとまり木から抗議めいた鳴き声がした。ふり返ると、クルスがわざとらしくバサバサと大きな音を立てて羽を広げている。

「もしかしてクルス、妬いてるの?」

 羽根を包んだ布をスカートのポケットにしまってリリーが尋ねると、クルスが甘えた声をあげた。どうやら当たっていたらしい。

「クルスが本当の名前を教えてくれたら、もっと可愛がってあげるよ」

 リリーは笑って部屋の扉を開けた。そして飛んでついてくるクルスとともに、朝食をとるべく階下へ下りた。

 今日、待ち合わせ場所にはセピアだけがいた。オルトは休みなのかと聞くと、イオタの話では昨日友達の家に泊まると言って着替えを詰めて出ていったらしい。

「セピア、どうかしたの?」

 何やら考え込んださまで歩くセピアをいぶかしんだリリーに、「うん……」とセピアは歯切れ悪く答えた。

「オルトが泊まるほど仲のいい人って、やっぱりグラノかな」

「そうじゃない? イオタさんはオルトから何も聞いてないの?」

「オルトは『友達』としか言わなかったみたい」

 セピアが何を気にしているのか、リリーにはわからなかった。グラノは副代表だし、たいていオルトと一緒に行動しているから、たぶん一番親しいのではないか。

 少し落ち着きがなさそうで、わりと思ったことをぽんぽん言っている感じのグラノは、オルトに対しても遠慮がない。時々口喧嘩が過熱しているようだが、我慢しない関係というのは素敵だ。

「何でもない。きっと心配しすぎよね」

 セピアは肩をすくめて苦笑した。話の変えどきだと判断し、リリーは昨日ソールから青い羽根をもらったことを伝えた。

「へえー、ソールの鳥も青くなったんだ? またみんなで見に行かないとね」

 それにしても、ソールも粋なことをするねとセピアはにやにやした。

「リリーはもちろん待つんでしょ?」

「うん……ちょっと怖いけど、ソールを信じてみようと思う」

 あのとき告げられた「ごめん」の裏に隠されていた気持ちを知りたい。ポケットの中の布にそっと触れ、リリーは熱に揺らいだ黄赤色の瞳を想起した。

 セピアは朝一番で水の法担当のケローネー教官に呼ばれているからと、中央棟に入ってすぐ別れた。今朝はソールともキルクルスとも会わないなと思いつつリリーが一限目の教室へ向かっていたとき、グラノが駆けてきた。

「リリー、来てくれ! オルトとソールが喧嘩してるんだ」

 えっ、とリリーは驚惑した。

「どうして――」

「いいから早く。お前のことで揉めてる」

 先に走りだすグラノの後に続く。

 ソールが言っていた『話をつける』相手は、まさかオルトだったのか。

「あれ? リリー?」

 正門を抜けたところで、登校してきたレオンたち三人組とすれ違ったが、説明している時間はない。人の流れに逆らって必死にグラノを追ったリリーは、射的場のそばの空き地にたどり着いた。

 小型の荷馬車が一台ある。御者は茶色い外套にフードをかぶっていて顔がわからない。そして荷馬車の前に立っているのは、オルト?

 周囲を見回したが、ソールの姿はない。もしや荷台に倒れているのかと、リリーは近づいた。

「オルト、ソールは……?」

 荷馬車の中にもソールがいないことにほっとしながらオルトを見て、リリーは息をのんだ。

 表情というものがいっさい失われたオルトの瞳はにごっていた。赤い双眸に薄くにじむのは――黒色。

 悲鳴を漏らして後ずさったリリーは、背後にいた人物に肩をつかまれた。とたん、ビリリッと刺激が這う。

 相手も短くうめく。かえりみるとグラノが手を押さえていた。

「いっ……てえ。何なんだよ、いったい」

 リリーは服の上から胸元を押さえた。首飾りが熱をおびている。

 たしか、前にも似たようなことがあった。あのときは衝撃だけだったが、今はまるで首飾りが警告を発しているかのようだ。

「……ブレイと同じ」

 リリーのつぶやきに、グラノがぴくりと反応する。

 五芒星は天空神の紋章。

 ブレイは闇の下僕だった。そのブレイと同じ現象が起きたということは――。

「……グラノも……?」

 恐怖に唇をわななかせるリリーにグラノは黄色い瞳をすがめ、それからゆっくりと口角を上げた。

「ああ、もしかしてばれた? ブレイの奴、こんな大事な情報を共有しないなんて意地が悪いな」

「オルトに何をしたの?」

 ずっと突っ立ったままのオルトは、リリーを見ようともしない。

「何って、昨日俺ん家に泊めただけだぜ。一緒に飯を食った後も遅くまで話をした」

 グラノはオルトに嘲笑の一瞥を投げた。

「こいつはな、お前が好きで好きでたまらないんだ。ずっと好きだったのに、お前がソールなんかにふらっといっちまうから、我慢がきかなくなった。どうすればお前とソールの仲を引き裂けるかってことばかり考えてたこいつに、優しい俺が相談に乗ってやったんだよ」

 剣を持ったらむちゃくちゃ強いのに案外可愛いよなと、グラノがオルトの肩をぽんとたたく。それでもオルトは身じろがない。ただ荷台だけをうつろな目で見下ろしていた。

「お前を独り占めしたいっていうこいつの願いはかなえられないけど、ソールの手の届かないところに連れていくことはできる。そこでお前を()()()一生を過ごすのも、こいつにとっては悪くない話だ。まあ、そんなこと俺は許さないが」

 最後に憎しみのこもった一言を吐き、グラノは懐に手を入れた。はっと警戒を強めたリリーに向かって、グラノは取り出した小瓶の中身をぶちまけた。

 白い粉が舞う。思わず吸い込んでしまったリリーは激しく咳き込んだ。

 のどが焼けるように痛い。呼吸すら苦しくなり必死にあえぐリリーに、グラノが下卑た笑いを漏らした。

「ほら、オルト。お前の愛しいリリーが困ってるぞ。助けてやれよ」

 わざと大声でからかいながら、グラノは荷台から取り出した縄でリリーを手早く捕縛した。乱暴に引きずられて荷台に転がされたリリーは、『嵐の法』で縄を切ろうとして、声が出ないことに気づいた。

「悪いな。お前の法術は強力だから、封じないとこっちが危ないんだ」

 今使った薬は声を失うものだと告げられ、リリーは絶望した。これでは助けを求めることさえできない。

「さあ、それじゃあ行こうか、リリー。お前の心臓をみんな待ちわびている」

 ブレイは失敗したが俺は成功したと高笑いするグラノのそばで、オルトはぼうっと立っている。すっかり生気の消えたさまに、リリーは涙目になった。

 今のオルトに自分の声は届かない。

 こんな近くで想われていたなんて知らなかった。いつもセピアと三人で当たり前のように一緒にいたから、オルトがかまうのもそのせいだと思っていた。

 自分がソールを追いかけるのを……振られて落ち込む姿を、オルトはずっとそばで――。

「おおっと、これは最高の見ものになりそうだな」

 グラノが遠方に目を向け、口笛を吹いた。

「オルト、お前の恋路を粉々に打ち砕いた憎らしい奴が来たぞ」

 先に荷台に乗ったグラノの呼びかけに、初めてオルトがゆらりと動いた。赤い瞳に輝きが戻らぬまま、剣の柄に手をかける。

 黄色く輝く猫を先頭に、ソールとフォルマ、そして少し遅れてキルクルスとセピアたちがこちらへ向かって駆けてきていた。



 朝、登校途中のソールを待ち伏せていたキルクルスは、現れた目当ての人物に「おはよう」とひらひら手を振った。

「カルパ、悪いけど今日はソールと二人で登校させてね」

 強引にソールの腕をつかんで絡めたキルクルスに、ソールとカルパが顔をしかめる。

「おい、キルクルス。お前まさか……」

「何? 今度は僕がソールに告白するんじゃないかって心配してる?」

 おそるおそるといったさまで質問を投げようとしたカルパに、僕はリリー一筋なんだからそんなことしないよとキルクルスはきっぱり否定した。

 もごもごと口ごもるカルパの隣で、ソールが嘆息した。

「とりあえず手を放せ。別に逃げたりしない」

「わかってるよ。これはただの嫌がらせだから」

 リリーを泣かせた仕返しだよと言うと、ソールは気まずい表情で黙った。そこで反論せずに甘んじて罰を受けるあたり、やはり人がいいというか何というか。

「それで、何の用だ」

 カルパと離れて二人で腕を組んで歩いていると、周囲の視線が面白いようにまとわりついてくる。この学院に長居するつもりはないので自分の評判は気にしないが、おそらく今日明日のうちに自分とソールが付き合いだしたという噂が学院内を駆け巡るだろうなとほくそ笑んだキルクルスは、ソールの問いかけに「君の様子を見にきただけだよ」と答えた。

 セピアたちから、今回の騒動は亡くなった母親への罪悪感によるものだと相談されたのだ。ソールがわだかまりを解消できるよう、手伝ってくれないかと。

「あまり重症だと故郷に連れていく必要があったけど、どうやら自分で突破口を開いたみたいだね」

「……俺の力じゃない。父さんやみんなに背中を押されただけだ」

「それでも、君は行動を起こすことにした」

 人に流されるだけでは玉は手に入らない。そこに自分の意志がなければ。

「もし君がこのままリリーを放っておくなら、僕がもらうつもりだったんだけどね」

 ソールの体がひくりとかたまる。黄赤色の双眸がキルクルスをとらえた。

「……本気か」

「リリーって本当にモテモテだよね」

 オルトだけが相手なら勝つ自信があったんだけどなあと、キルクルスはぼやいた。

「君がリリーを捕まえる覚悟を決めたのなら僕は一度退くけど、また彼女を不安にさせたりしたら今度こそ君を蹴落とすからね」

 本気を込めてじっとソールを凝視したキルクルスは、『見えた』ものにぞっとした。

 以前より鮮明になっている。()()証拠だ。

 そのとき、中央棟からセピアたちが慌てた様子で出てきた。

「キル! ソール! リリーを見なかった?」

「いや……」

 困惑顔のソールの横でキルクルスは眉をひそめた。

「セピアと一緒に登校したんじゃないの?」

「したけど、私はケローネー先生に呼ばれてたから中央棟に入ってすぐ別れたの。そしたらその後で、学院を急いで出ていくリリーとすれ違ったってレオンたちが――」

「前をグラノが走ってて、リリーは彼についていってるみたいだったんだ。だからオルトに何かあったのかと思ったんだけど」

 レオンがセピアを見やる。セピアは青ざめていた。

「グラノは……危険かもしれないの。もしリリーが巻き込まれたら……!」

 話している間に、ルテウスが大地の女神の使いを召喚した。黄色く輝く猫はリリーの捜索を頼まれて周囲を見回し、すぐに地を蹴った。それを一番にソールが追う。

「ソール、一人で行っちゃだめだ!」

 キルクルスの制止を聞かないソールに、フォルマが続く。残る四人も走った。

 御使いは射的場のほうを目指していた。やはりまだ『狩人』がいたのかとあせったキルクルスは、射的場を素通りした猫が空き地へ入っていくのを見た。

 前方に人が三人乗れる程度の小さな荷馬車が停まっている。御者台にフードをかぶった外套姿の人物が一人、そして荷台にいるのはグラノと縄で縛られたリリー。さらに――。

「待って、ソール!」

 フォルマが叫ぶ。キルクルスも蒼白した。

 ようやく違和感に気づいたらしいソールの足が鈍る。しかし勢いをとめる前に、オルトが踏み込んだ。

 ドッと胸を貫いた剣先が背中から飛び出す。串刺しにされたソールに、リリーが目を見開いた。

「オルト、乗れ!」

 グラノの指示に、オルトがソールの腹を蹴りながら剣を引き抜き、動きだした荷馬車に乗る。大笑いしているのはグラノか。そのまま去る荷馬車をルテウスの召喚した御使いが追うが、キルクルスたちは倒れたソールのもとへ集まった。

 セピアが早口で『治癒の法』を唱える。威力の加減などしている暇はなかった。

「ソール、こらえて! あと少しだから!」

 キルクルスはソールの額に手を当て、天空神のもとへ向かおうとしている魂を必死に抑えた。

 おびただしい血をあふれさせる傷がふさがっていく。しかしソールの魂はキルクルスの光る手を内側からぐいぐい押している。

「頼むから、ソール!」

 ついに指のすきまからするりと魂が抜け出た。

「ソール! だめだよ、戻って!」

「逝くな、ソール!」

 レオンたちも声を張り上げて呼びとめる。

「ソール!!」

 やっと傷が完全に閉じた。しかしキルクルスたちの引きとめも虚しく、ソールの魂は空へ吸い込まれていった。

 冷えていく亡骸を、後に残して。 


閲覧ありがとうございます。思いきり「続く」ですが、これで7巻は完結です。次巻は最終巻の予定ですが、あまりにも長くなり過ぎた場合は巻を分けるかもしれません。

また、8割がた書き進んでから投稿を始めるので、おそらく1、2か月先になるかと思います。

よければ、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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