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風の少女と呪いの絆7  作者: たき
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 午後最後の授業は、大会堂で演舞の練習だった。またたくさんの嘲りの視線を浴びると思うだけで足がすくみそうになったが、「僕がついてるから大丈夫だよ」とキルクルスに励まされ、リリーはこくりとうなずいた。

 今朝ソールに話しかけたときも必死だった。とにかく少しでも早く噂を払拭したくて、そのためには自分が堂々といつも通りの態度でいることが一番だと精一杯の強気で臨んだ。

 ソールからの言葉はなかったけれど、どうにか声をかけることはできたとセピアのもとへ逃げ帰ったとき、キルクルスがしがみついてきた。振り払おうとして、自分が今にも膝から崩れ落ちそうになっていることに気づいた。それを見越してキルクルスが腕を絡めたことも。

「偉いね、リリー。このまま僕が支えるから」とささやいたキルクルスの助けに感謝して泣きそうになりながら、リリーはどうにか一日を過ごした。

 目立つことをしなければ、じきに皆はもっと面白いことに興味をもつ。それまでの辛抱だ。

 扉の前で一度生唾を飲み、リリーはそろりと大会堂に入った。

 ぱっと神法学科生たちがふり返る。一瞬びくりとこわばったリリーは怪訝に思った。

 刺さる幾多の視線から棘が抜けているような気がする。むしろ同情やいたわりすら感じられ、リリーは手を振っているセピアたちにいぶかりつつ合流した。

「リリー、よかったね」

 我がことのように喜ぶセピアに、リリーはますます困惑した。

「聞いてない? 昼休憩のときに図書館で、リリーの悪評を立てた人たちをソールががつんと叱りつけたの」

「向こうはリリーほど知名度がないから、()()ソールを激怒させたお馬鹿さんっていう形で噂になってるけど」とレオンが苦笑する。

 図書館でさらなる悪だくみを計画していた彼女たちの話をたまたま耳にしたソールの怒鳴り声は、父であるドムス教官を彷彿とさせるものだったらしい。オルトはちょこちょこ同期生と言い争っているが、ソールは誰に対しても優しくて揉めることがないと評判だっただけに、女生徒側が全面的に悪いと周囲は判断したようだ。

「リリーが朝、頑張ってソールに話しかけたのも影響してる。今は噂自体が嘘だったっていう見方が広がってるよ」

 あの人たちは反論してるけど、誰も信じてないみたいとセピアも肩をすくめた。

「みんなにすごい責められて泣いてたそうだし、しばらくは変なちょっかいはかけてこないでしょ。これで少しは過ごしやすくなるはずだよ」

「……うん。ありがとう」

 失恋した事実は変わらない。でも表面上は何もなかったことになる。自分さえ態度に出さなければ、誰かに見咎められることはないのだ。

 ソールが助けてくれた。もしかしたら罪悪感にかられて、あるいは降りかかった災難をさっさと払いのけたかっただけなのかもしれない。それでも次に会ったとき、今日よりはもっと緊張せずにお礼を言えるといいなとリリーは思った。



 馬と一体になって駆け回ったことで、ソールはいくらかすっきりした気分で帰宅した。

 下校の際に聞こえてきた話によると、自分が昼休憩に相手をなじったことが瞬く間に伝わり、リリーへの攻撃がやんだらしい。

 噂というものは本当に早い。図書館という静かな環境内で大声を張り上げたのだから当然かもしれないが、たった数日で評判が逆転してしまうのは恐ろしくもあった。

 今日の夕食時もしゃべるのはペイアだけだったが、食後にソールが洗い物をしていると、流し台に食器を運んだ父が尋ねてきた。

「明日から一回生の予約受付を開始するが、あの馬にするか?」

「うん。一番走りやすいし、あいつも俺を気に入ってくれてるみたいだから」

「そのようだな。いい馬だからみんな乗りたがるんだが、どうもお前以外を乗せたくないらしい」

 去年までは上手い乗り手なら受け入れていたのに、今年は引こうとする奴にやたら抵抗していると父は小さく笑った。

「久しぶりに卒業時の譲渡があるかもしれんな」

 武闘館に進学する際、入学者は馬を貸し出される。しかし下等学院で使用した馬があまりにもなつきすぎて他の生徒を拒むほどにまでなった場合、その馬を譲り受けることができるのだ。

 父が教官になってからも数えるほどしかないという事例に、ソールも胸を高鳴らせた。ともに武闘館に通う姿を想像し、ますます馬が愛しくなる。

「……なあ、ソール」

 コップについだ水を飲み、父がぽつりと呼びかけた。

「俺と母さんは、三人目を作ることに賛成だった。俺はその選択を悔やんだことはないし、きっと母さんも同じだ」

 はっと手をとめ、ソールは父をかえりみた。

「人間はいつか死ぬ。早いか遅いかは俺たちでどうにかできるものじゃない。お前に負担をかけているのは申し訳ないが――」

「違う、俺は……父さんやペイアが……」

「俺にもペイアにもお前がいる。母さんが抜けた穴は確かに大きすぎるが、無理に何かでふさがずに、穴ごとかかえて生きても不幸にはならない」

 ペイアだって新しい母ではなく姉が欲しいと言っていただろうと、父は瞳を弓なりにした。

「俺はお前とペイアが大人になって、好きな相手と結婚して充実した生活を送ってくれれば満足だし、それを楽しみにしているんだ」

 飲み終えたコップも流し台に置き、父は横目にソールをとらえた。

「お前はモテるみたいだから、いつでも選り好みできると勘違いしないよう警告しておく。ドムス家は少々呪われていてな。どうやら初恋が実らない定めらしい。お前のじいさんも伯父貴も、それから俺も振られた。ちなみに、相手はみんな下等学院時代に付き合いだした男とそのまま結婚している」

 えっ、とソールは驚いて目をみはった。

「俺も好きだと自覚したとき、あいつはもう他の奴を追っていたから、気持ちを伝えることはしなかったけどな。どれだけモテようが、両想いになるのは案外簡単なことじゃないぞ」

 明かされたドムス家の秘密に呆然とするソールに、父はにやりとした。

「だからお前には、その報われない定めをぜひとも打ち破ってもらいたい。自分が好きで相手もそうなのはめったにない好機だと思って逃がすなよ」

 台所を出ていく父を見送り、ソールは天井をあおいだ。

 そんなやっかいな呪いはもっと早く教えてほしかったと。

 片づけをすませて二階の自室に行く。風呂に入る前に明日の準備をしたソールは、机の上に置いたままのすり切れたお守りに目を向けた。

「……俺は、どうしたらいいんだろうな」

 ソールのつぶやきに、鳥籠の中で毛づくろいをしていた小鳥が顔を上げた。

「もう誰かが大事にしている人を奪いたくないと思っていたのに、俺にとっても必要な存在になって……俺一人があきらめればすむ話でもなくて……」

 セピアたちからは遅かれ早かれ追及されるだろうと予想していたが、まさか父にまで諭されるとは思わなかった。

 あれだけ広まっていれば教官の耳に届いても不思議はないが、授業に身が入らない原因が筒抜けなのはやはり気恥ずかしい。

 ソールはお守りを手に取り、そっとにぎった。破れた布地が送り主の心のようで、胸がうずく。

 泣かせたくなかった。傷つけたくなかった。

 彼女にはいつも笑っていてほしい。できることなら自分の隣で――。

『ソールハ、アキラメルツモリデ嘘ヲツイタ?』

 久しぶりに耳に触れた声に、ソールは驚惑した。くすんだ緑色の小鳥は丸い目でまっすぐにソールをとらえていた。

『本当ハ、リリーガ好キ?』

 黙って小鳥と見つめあい、ソールは今度こそ素直に吐露した。

「……ああ、そうだな。俺はリリーが好きだ」

 とたん、小鳥に変化が表れた。胸のあたりで青白い光が揺れている。

『尊イ自己犠牲デ苦シム君ニ、僕ハ喜ンデ力ヲ貸スヨ』

 明滅している光の中で文字がちらついている。ソールは息をのんで一つ一つを凝視した。

『君ハ君ノタメニ幸セニナッテイイ。君ノ想イハ僕ガ届ケル。ソール、僕ノ名前ヲ呼ンデ』

 まだ声変わりをする前の少年が発するような歌声が室内に響く。ソールはゆっくりと、見えた言葉を口にした。



 翌日の昼休憩の時間、リリーはエラルドと一緒に中央棟一階廊下を歩いていた。午後からある演舞の練習用に、二人で風の法専攻生の動きを図にまとめて配布することにしたのだ。

「エラルド、いつまで笑ってるの」

 むっとした顔のリリーに、エラルドは盛大に吹き出した。

「いや、だってさ、リリーがあんなに絵が下手だとは思わなくて」

「私は普通。エラルドが上手すぎるんだよ」

「じゃあ、君の描いたほうをみんなに見せてみる?」

 貴重な資料だから学院内で高く売れるかもとからかわれ、リリーはますますむくれた。

 絵心がないのは母に似たのだ。母方の祖父は画家だったが、母はその素質を受け継いでいない。逆に父は物の本質を瞬時にとらえる能力が優れているのか、どんなものでもさらさらとそれらしく描いてしまう。

 母のことは大好きだけれど、そこは父に似たかったなとため息をついたリリーは、正面からやってくるソールに気づいた。

 隣のエラルドがこわばる。視線を受け、リリーは微笑した。

「先に行っててくれる?」

「大丈夫か?」

 リリーがうなずくと、エラルドは気づかわしげにしながらもそばを離れた。脇を通り過ぎる際、エラルドと一度目をあわせたソールが立ちどまる。

 まっすぐ向き合うのは何日ぶりだろう。幾分緊張している様子のソールに近づき、リリーは勇気を振り絞った。

「私の噂を流した人たちに注意してくれたって聞いて……お礼を言いたくて」

「ああ、まあ……」

 図書館に行ったら偶然、とソールがぼそぼそ答える。

「ソールには本当に、すごく迷惑をかけちゃってごめんなさい」

 リリーがぺこりと頭を下げると、ソールの表情が複雑な色を帯びた。

「……あのね、自分で気まずくしておいて何だけど、できれば前みたいな関係でいられると嬉しいなって思ってるの」

 だから、と告げる声がかすかに震える。リリーはうつむき唇をきゅっと結んでから、顔を上げて笑った。

「これからも、ソールを見かけたら話しかけていい?」

 黄赤色の双眸が揺れる。戦うときは凛々しくて、雑談するときは穏やかで優しい瞳を見ているとやっぱり泣けてきて、返事を待たずにリリーは駆けだそうとした。

 その手をソールがつかんだ。驚いてふり返ったはずみにこらえきれなかった涙が一つ滑り落ちてしまい、リリーは慌ててもう片方の手でぬぐった。

「俺は――お前のこと、何とも思ってないわけじゃない」

 低く、だが力のこもったつぶやきを吐き、ソールはリリーを見つめた。

「もちろん嫌いだとか、迷惑だと感じたことは一度もない」

 リリーは首をかしげた。

 あのとき、確かにソールは「ごめん」と言っていた。自分の告白を拒んだのに。

「もし許されるなら、少し時間をくれないか。話をつけてくる」

 理解できなくてとまどうリリーに、ソールは懐から布を取り出した。開いた中にあったのは、小さな青い羽根だった。

「お前に預けておく。他に好きな人ができたり、俺のことなどどうでもよくなったら返してくれ」

「これは……」

「俺が連れて帰った鳥の羽根だ。昨日、青くなった」

 リリーは目をみはった。

「すごい。じゃあ、あの子の名前がわかったんだね」

「ああ。あいつの名はファイルフェンというらしい」

 ソールは再び羽根を布で包んでリリーに渡した。

「お前の気持ちが変わる前に伝えられるよう努力する。必ずあいつに認めてもらう」

(あいつ……?)

 ファイルフェンのことだろうか。布を両手で大事に胸にかかえたリリーは、尋ね返そうとソールをあおいでドキリとした。

 まるで自分を目に焼き付けようとするかのような、熱いまなざし。初めて見る、かたい決意の顔だった。

 何かが変わろうとしている予感に鼓動が速まる。ソールが去り、なかなか現れない自分を心配したエラルドが戻ってくるまで、リリーはその場を動けなかった。



「大変だ、オルト。ソールの奴、裏切るつもりだぞ」

 午後一番にある剣専攻の演習で闘技場へ向かっていたオルトは、追いかけてきたグラノの報告に吃驚した。

「お前からリリーを奪うから待っててくれって。まずいことになったな」

 つい先ほど立ち聞きしたという二人の会話を話すグラノの声が遠くなっていく。

「ソールは……リリーに告白したのか」

「いや、まだ匂わせただけだが、時間の問題だ。近いうちにお前に宣戦布告するらしい」

 そうなったらお前は負けるぞと言われ、オルトは目をむき、こぶしをにぎりしめた。

 なぜだ。ソールはリリーを振ったはずだろう。

 まさか気が変わったのか。

(リリーをあきらめてくれたんじゃないのか……)

 ソールに断られて悲嘆していたリリーを見るのは心苦しかったが、もう自分を脅かす存在はないと安心したのに。時期を見てきちんと好きだと告げ、リリーの気持ちをつかんでいこうと――。

 それほどまでに想いが強いのかと、オルトは歯ぎしりした。自分の牽制を踏み越えてでも、ソールはリリーが欲しいのか。

 どうすればいい。今まではソールが衝突を避けていたので揉めることはなかったが、そのソールが今度は積極的に攻めてこようとしている。

 動揺のあまり息が荒くなるオルトを見つめていたグラノが、「なあ、オルト」と甘い口調で呼びかけた。

「リリーを誰にも取られたくないんだろ? 俺が協力してやるよ」

「……どうやって?」

「いい方法があるんだ。今夜、具体的に作戦を立てようぜ」

 今の時点では敗北がほぼ確定しているのに、覆すことなどできるのか。

 半信半疑のオルトに、グラノはにんまりした。

「お前は放課後、一度家に帰れ。今日は友達の家に泊まって明日は直に学校に行くって言って、着替えとかを持ってこい。晩飯は俺ん家で食べればいいから」

 オルトの肩を抱き、グラノはささやいた。

「俺に任せろ。親友のお前に、とっておきの策を授けてやるよ」

 

 

 

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