8-6
「あの人」
カインは静かに呟いた。
受付で対応してもらった時とは違い、雰囲気が全く違う。
どこか余裕のある表情で新米冒険者4人を試すようにのらりくらりと獲物を躱していく。
攻撃は一切行わず、盾も使わず。
ひたすら避け続けてばかりだが、表情はどこか楽しげであった。
弄ばれている自覚を人一倍感じたのか、男の一人がこれまでで一番早い斬撃をくりだした。
しかしそれすらも足を数歩下げただけでまるで、前もって剣の位置を知っていたかのように余裕を持ってかわしてみせた。
「あの人、強い」
無駄な動作がなく最小限で躱し続ける姿にカインはいつしか口を半開きして見とれていた。
「そう。レーベは強い。だが、私の次にだがね」
ギルド長はそういうと、手を叩いて存在を報せた。
全員の視線が一斉に向かい、獣人のレーベは上司に一礼した。
「見事だ、レーベ」
「ありがとうございます、ギルド長」
ギルド長という言葉に新米冒険者達は動揺する。
「次は私と手合わせしてくれないか。ここにいるカインを魅せてやりたい」
レーベがカインを見たが、すぐさまギルド長に視線を戻す。
「分かりました。貴方と手合わせするのは久しぶりです」
了解を得て、ギルド長がフィールド内に入った。
武器は何を使うのだろうかと眺めていたが、よく見ると腰や背中には何も用意していない。
だとしたら新米冒険者の武器でも借りるのかと見るも、素通りをしてレーベと対峙した。
「やはりその拳ですか」
「ああ、拳はいい。手入れを必要としないし、刃こぼれもしない。そして何よりも」
そう言いかけ、着ていた分厚いギルド服を脱ぎ捨て上半身は裸となる。
「己の一部。それだけが何よりも信頼できる」
鋭く伸ばした腕が空を切り、音がハッキリとカインの耳に入った。
残像がハッキリと見える程に早いパンチとそれに合わせて聞こえる空を切る音が絶え間なく鳴り響く。
いつしか新米冒険者達は巻き込まれまいとカインの近くまでやってきていた。
一通り動いて満足したのか、ギルド長がふいに動きを止めた。
そして、拳をレーベに突き出した。
「さあ、始めよう」