8-3
「バルサックさん、どうしてここに」
男たちの態度は豹変していた。
カインに投げつけようとしていたピッチャーはテーブルの上にゆっくりと置き、揺らしていた肩は大人しくなっている。
横柄だったガニ股は閉じられ、両手は真っ直ぐ伸びて腰につけられている。
男たちだけではない。
周りのギャラリーも何事もなかったかのように各自席に戻り、給仕たちも忙しそうに食堂内をまわる。
「何やら大声が聞こえてな。寄らせてもらった」
バルサックは無表情だったが声色から不機嫌なことを読み取れた。
そして食堂を見渡し、少しばかりまだ残る場の違和感を見つけるように目線を隅々までむけ、それはカインへと辿り着いた。
「カイン。何があった」
カインは頷き、事情を話そうとした時、机が音を立てた。
しかし男たちの手は横にあり、叩いたような仕草はない。
真っすぐとバルサックを見つめたまま、微動だにしていない。
仕切り直してもう一度、口をあけようとしたところで二度目の音が起こる。
カインは気にせずそのまま話そうとしたが、バルサックが手で静止した。
「先程から何をしているんだ、お前は」
自分のことかと思い、カインは驚いた顔で自分自身を指さした。
間抜けなカインを一瞥したが、すぐにテーブルに近い男を指さした。
「お前に言っている」
男は素っ頓狂な表情で締まりのない軽口をあけた。
そして首を振って否定を始めた。
「お前ではないのか?その躾のなっていない足の持ち主は」
そういってバルサックは男の左足に顎をむけた。
どういう事なのか、カインがその男の足を見ると、ヘの字に曲がってピタリとついていたはずの踵が離れている。バルサックの位置からでは男がテーブルの下を蹴る動作は見えないが、カインの位置からだと辛うじて分かる。そうしてなによりの証拠がテーブルしたに蹴られた衝撃でほんの少しの木くずが落ちている場所があった。
それは自然に発生したものではなく、密集した状態で存在しており、木くずの色合いもまだ新しいものであった。
「自分に不利な事を言われるからといって、下手な邪魔をするなどテティス商会の護衛が聞いて呆れる」
男達の正体はカインと同じく商会の護衛であったと分かった。
「聞けば、素行の悪い輩が別の街で問題を起こしていると耳に挟んだ。まさかお前達ではないのか?」
バルサックはここにきてようやく表情を曇らせた。
張り詰めた重い空気が流れ始め、カインはすぐに察知した。
腕の皮膚に静電気が走るあの感覚、初めてバルサックと会った時と同じそれであった。
男たちは沈黙し、頭を項垂れた。
「連れて行け。認めたと同じだ」
バルサックの一声が静かに食事をしていた一部の人間を仕事に戻した。
運んでいたスプーンを止め、テーブル下に足をぶつけようとも顔を一つ歪めず、外道となった護衛二人の脇を掴むと、食堂を去っていった。