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召使いの言う通り、食堂があったがカインを驚かせたのはその大きさであった。
そこらの飯屋よりも大きな広さと置かれる食卓と食器の数、ならびに食事の量と全て桁違いであった。
それに加えてカインと同様に朝食をとる人数も入れ替わりで次第にその数を膨らませていく。
ひとまずは座ろうと少し離れた場所に座った。
どのようにすれば朝食がもらえるのだろうかと周りを眺めていると、二人の男が何食わぬ顔でカインの筋向かいに座り、こちらを一瞥したが何も言わず自身の前に用意されていたコップを持つと頭上よりも高い位置へまで掲げた。
予想のつかぬ行動にカインは少々狼狽えたが、二人の奇異な行動の謎はすぐにとけた。
食堂で忙しく働く給仕のものが足早にカイン達のテーブルにやってくる姿が見える。
給仕は両手にピッチャーを持ち、重たいのか少し苦悶な表情で眉間に皺を寄せ、気のせいなのかややガニ股となって歩いている様子が伺える。
少し息のあがる声を出しながらテーブルの傍まで来ると、男たちは掲げていたコップを再びテーブルの上に置いた。それが合図で、ゆっくりとピッチャーを傾け始めた。
中身はどうやら水のようで、注ぐ角度を気にしながら慎重にコップを満たしていく。
給仕は注ぐ中で男たちの顔色を伺い続けており、注がれ続けるコップの許容量が残り少ないためであった。
男たちはそんな焦りを見せる給仕を楽しんでいるのか少しニヤついた顔で見ていたが、寸前のところでピッチャーの胴を手で持ち上げてやめさせた。
「あぶねぇ。溢れちまう所だったぞ」
内心では明様に嘲笑っている。カインは見てみぬ振りをするしかないだろうかと黒い気持ちが湧き始めた。
給仕は申し訳無さそうに深々とお辞儀をし、隣のもう一人のコップへと注ぎ始めた。
カインは気になり、見守る。
初めの男同様に慎重に水を注いでいくが、その勢いは安定しない。
見れば手元が震えており、表情は辛いものへと変わっている。
そうして最後まで注ぎ終えるのかと思ったが、二人目の男はわざとピッチャーの胴を傾け、真下へと向けた。
ピッチャーの中身が床下めがけ一気に流れ落ち、男たちの服を濡らす。
「おい!!」
男の怒声が朝の静かな食堂を一瞬にして静寂なものへと変えた。
一心不乱に食していたもの、隣同士で談笑していたものなど全員がそれを止め、視線はカイン達のテーブルに注がれる。
「濡れちまったぞ!!」
一部の人間がその怒声に身体を強張らせる。
しかしカインは立ち上がり、耐えていた気持ちを開放する気持ちでテーブルを強く叩いた。
男たちの視線が給仕からカインに変わる。
「なんだお前」
カインはその瞳とあった時、ルガの裏路地で遭ったならず者を思い出した。
既に経験済みであるが故、あの時の恐怖は薄くなっており身体に力が入らないことはない。
相手の実力は分からないが、決して遅れを取るような輩ではない。
「その人は悪くない」
勇気を持って出た言葉に震えはなく、詰まることなく素直に言えた。
「生意気だな、お前」
最初にコップを注いでもらった男が給仕からピッチャーを奪うと、それをカインめがけて投げつける動作をしたが、すぐさま男たちの身体が凍ったかのように止まった。
憎たらしい目つきが徐々に大きくなりはじめ、唇を震わせる。
何が起こったのか分からないカインは突っ立ったまま、周りを見渡し、最後に自身の背後を見ると鎧に身を纏ったバルサックが腕を組んで仁王立ちしていた。