6-11
「自己紹介をしよう。ワシはテティス商会の代表者であるスネア・テティス。テティス商会の二代目となる。以後お見知り置きを」
スネアは改めて深々と頭を垂れた。
「見ての通りワシらの商会は旅商を主な事業としてしておる。後ろにおる馬車も全てテティス商会の資産。どうだ、驚いただろう」
飼葉を食べながら休む馬と牽く馬車の傍では従業員同士が談笑をし、それらを守るようにして護衛が一時も気を抜かず、周囲を警戒している。
ただの御者ではないとは思っていたが商会の代表であった。
しかも珍しい事に旅商を商いにしているというので、さらに稀有な存在であるだろうか。
普通に生きているだけでは決して会えるはずもない存在にカインの胸は緊張で痛む。
「ワシは君ほどの歳の頃から父と共に商売の経験を積むため、各地を共に駆け回った。魔物に襲われることもあったし、大損した事も数えればキリがない」
「君も確かに大変な思いをした。しかしそれはまだ始まりの地点から一歩踏み出した程度にしかならん。これからももっと災難や不幸が降り注ぐだろう」
カインは拳を握りしめた。
「脅しているわけではない。君の目を見ていると、希望に満ち溢れていた頃を思い出してな。きっと何者にでもなれると信じてやまないその考えは、いづれ折り合いを付ける時がくる。明日かもしれんが、数十年後かもしれんがね」
スネアは遠くの山を見つめた。
それから何も言わなくなり、召使いも主人の身の回りをやめ、やや後ろに下がりいつでも動ける態勢をとっている。
しばし見つめていたスネアだが、上空を囀りながら周る猛禽類の番を見るとふと立ち上がった。
「君はどこか行く宛があるのかね?」
「お話しました少女を探しに行かないといけません」
「うむ。しかし何一つとして情報はないのだろう」
カインは重く頷いた。
名前すら知らない相手だが、カインにとっては大事な仲間である。
「だったらワシの所で護衛として雇ってやろう。賃金も出す。一文無しなのだろう」
カインはポケットに入った銀貨数枚の袋を握りしめた。
この先の事を考えればあぶく銭みたいなものだろう。
「飯もつくし、寝るところもある。君にとってはなかなかの好条件だと思うが」
スネアは質問攻めの際に見せた好奇心が宿る瞳から真摯なものへと変わり、気づけば一介の雇い主の顔をしていた。
バルサックと呼ばれる騎兵も気になった様子で遠くからカイン達を見ている。
カインは今後の事をしばし考え、スネアの言う通り好条件を飲むことにした。
見知らぬ土地な上、この先どう進めばいいかなど成人になりたての少年には荷が重い。
「わかりました。それじゃあお世話になります」
カインの言葉にスネアは口角をあげて、喜んでみせた。