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街道を進む途中、山々が連なる麓にあの集落に似たものが幾つか点在していたが、カインは決して近づこうとは考えなかった。また捕まるかもしれないという恐怖心もあるが、カインの故郷の村に近い匂いを感じていた。逃亡途中で村の事情全てを把握できたわけではないが、あの村には店舗らしき建物が一つも存在していなかった。また、市を展開するような大きな開けた場所などは無く、察するにあの村では主に物々交換で生計を立て、自分たちの内側で物事を取り締まる閉鎖された空間が熟成していたのではないかと。
実際、カインが捕まった際にも村の有権者と一切の面会もそういった組織だったものは一度も目にしなかった。敢えていうならば、カインを取り囲んだ際に指示をしたあの男だろうが、あの者さえも一介の村人にすぎなかったのだろう。
村社会が形成された集落に何の疑いも無しに立ち寄ったカインが捕らえられたのは当然の帰結であっただろう。
カインは今にしてようやく冷静に自分を省みる事が出来る。
人をあまりにも疑いすぎない己とその判断さえ正確にできない要領の悪さに頭を痛めた。
「はぁ……」
街道が続く先の夜空が明るくなりつつある。
夜明けがすぐそこまで迫っている。
新しい一日を迎えるのに悄気たままは勿体ない。
あの村の失敗を次回に活かそう、カインは顔をあげた。
しばし歩いてゆるやかな丘が続くようになった。
林の数も減り、村も見えなくなった。
人形は相変わらずついて来てくれているが、あの小屋での出会いは不思議なものであったな、と考えていると、遠くからこちらに向かう数台の帆馬車が見えた。
帆馬車の左右には馬が必ず1頭おり、その上には人間が跨っている。
カインは邪魔にならないようにと、路肩を進みはじめた。
次第に両者の距離は縮まり、一つ目の丘を降るところで出会うこととなった。
「おお、これは小さな旅人だな」
馬車が止まり、御者が手をあげて挨拶をしてくれた。
カインはその場でお辞儀をしてそのまま通り過ぎようとしたが、護衛なのだろうか騎乗した兵が背に背負う短い槍でカインの行く手を阻んだ。
驚いて顔を見上げる。
無表情で冷たい人相をしている。歳は成人してから十年は経っているだろうその男は、カインを見下すような瞳で視線を突き刺すようにして見続けている。
人形は戦闘の空気を読んだのか、カインの横にたつとやる気の姿勢をとった。