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変化のなかった水路の先に聞き覚えのない水音が聞こえる。
カインは水路に向けていた手を止め、ゆっくりと立ち上がりその異音を辿るべく極力、足音を立てずに水路の傍に立つ。
人形はカインの行動を不可解に思ったのか、一定の距離をとりながらこちらを伺う。
さらに集中をすべく目を閉じ、己の耳を頼りに異常の出処を掴もうと試みた。
せせらぎが正しく伝わる中で違和感の行方は存外近く、カインは大方の予想から来た道を戻る事にした。
今度は自身が先導をとるべく人形から松明を貸してもらうべく手振り身振りで伝える。
人形は一瞬の硬直後、理解してくれた様子で松明を渡すとカインの後ろにすぐついた。
「こっちが気になる」
人形にあっち側へいくと指で伝え、二人は来た道を戻り始めた。
数十歩進んでは立ち止まり耳を澄ませ、徐々にその異音の場所を絞っていく。
次第に迫る音に既視感を覚え始める中、人形が咄嗟にカインと距離をとった。
思わず振り返るカインの前を何か鋭いものが横切った。
風圧で髪の毛がまくり、驚いて半歩下がる。
人形は今しがた横切ったものを警戒しつつカインとの間の距離を保ち、こちらに近づこうとはしない。
「今のは……?」
カインは姿勢を保ったまま視線をぐるりと一周させる。
目に止まるものに異常はないが、踏みしめる足場に何かがあると睨む。
一見すれば単なる無作為に敷き詰められた土色の石たちだが、その中に周囲よりもややへこみのある石を見つけた。カインではなく人形が歩いた場所でカインは恐る恐る自分でもへこみの石を踏む。
瞬間に足ががくんと降り、床が沈む。慌てて足を引っ込め、待つこと一秒以内に鉄刃の振り子がカインの眼の前を過ぎていった。一瞬の出来事で理解が追いつかないが、まだ生きている事はわかる。
振り子の鉄刃は一度通りすぎると二秒以内に戻ってくる。
人形はその事を理解したようで戻っていった振り子を再び作動すべくカインが足でもう一度踏んでやると、身構えた。そして、一度目の前を通り過ぎたあと、慌ててこちら側にやってきた。
それが合図であったのか振り子は何食わぬ顔で定位置へと戻っていった。
「なんて危険な罠なんだ」
人形の無事に胸のうちで安堵し、今度は足元を気をつけながら同時に耳を澄ませる事を忘れずに奥へと突き進む。