2-6
カインは両手でスイングするかのように横一線に切り抜こうとした。
しかし狼はそれを狙ったかのようにカインの左肩に噛みつく。
「ああっ!」
痛みと驚きで声がでてしまうも、痛みに構うひまなく噛みついたまま動こうとしない狼の横腹を斜め下から思い切り突き上げた。
狼の体もまた腹部を刺されたことで驚き、体を膨らませた。
噛む力が弱くなるもまだ執念のように噛みついたまま離れることはしない。
カインはそれならばと抜いては刺しを繰り返しそろそろ疲れてきたものの五度目の突き刺しで、ようやく狼はカインの肩から口を離した。
四足で辛うじて立ったまま一歩も動かない。
目も虚ろな様子でどこか遠くを見つめている。
カインはひと思いに狼の額を奥まで突き抜けるつもりで、力いっぱい刺した。
これまでで一番激しく体が仰け反り、仰向けの状態で倒れた。
そして二、三回の痙攣の後、震わせていた手足をゆっくりと力なく下ろすと、そのまま動かくなった。
狼は絶命した。勝利した実感よりも死地を抜けた事への疲れと、次第に鮮明となりはじめた肩の痛みでカインの意識は朦朧とし始めた。
倒れ込むように木に背を預け、そのままズルズルとしゃがみ落ちた。
「あんた、すごいじゃない!」
少女が駆け寄ってきたが、カインの肩の傷を見て小さく悲鳴をあげた。
「ちょっとまってて。私、包帯もってるの」
「巻いてくれる?」
「当たり前じゃない」
少女はカインの傷口をよく見るため、つぎはぎだらけの土色の農民服を自身のナイフで切り裂いた。
肩のL字に曲がる部分に痛々しい狼の歯型が深く入り込んでいた。
とりわけ、左右端のものは穴の径が大きくどんなに拭おうとも再び血が湧き始めた。
それでも少女は怖気づく様子は見せず、出血が比較的おさまるまで何度も包帯で血を拭き取り、素早く処置を施していく。
数メートルたらずの二巻の包帯を使い切り、ようやく血の勢いも落ち着き始め、血のにじみも収まったところで少女は項垂れたカインを揺すった。
「終わったわよ」
「……ありがとう」
か細く疲れ切った声であった。
どこかで休みたい、けれども、ここは危険が潜んでいる。
でもどこで休めば。
カインの思考は休むことだけしか考えることしかできず、淡々と同じ事を頭の中で繰り返していた。
「もう一歩も動けない」
「あんたはよくやったわよ」
少女なりに労いの言葉をかけたつもりであった。
しかし――このまま夜をここで過ごすには危険すぎる。
せめて開けた場所、出来れば何か囲いがあり、安全が確保出来る場所がいい。
探さなくてはならない。
少女は黙ってカインに肩を貸し、ゆっくりと立たせた。
「疲れてるのはわかるけど、別の所にいきましょ」