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そして2日目の夜となり、船は海を征く。
航路に問題は無くとも船内に不穏な空気が流れ続け、この状況下では体調を崩す者も現れ始める。
最初は老夫婦であった。
バイマールズに住む息子夫婦に会うためであったが不運にも殺人の現場に居合わせてしまった。
もちろん罪は犯しておらず、その日は疲れて隅のほうで寝ているだけであった。
セルバスがいきなりたこ部屋に入りこみ、大声で怒鳴りつけたので驚いて目が覚めた。
隣の妻が震えていたので肩を抱き寄せ、その怒声に恐る恐る耳を傾ける。
殺人が起きたと聞かされ、誰しもが驚いた表情となった。
ただ、魔女の部屋についていったあのミュルカという少女だけは無表情のまま、セルバスのほうをじっとみていた。
「さて、と」
セルバスは6本目の酒瓶を開けると、例のパイプと丸めた草を胸の内側からだした。
そしてカインに見せたやり方で吸い始める。
それをしばらく眺めていると、咥えていたパイプをカインにさしだしてきた。
「どうだ、やっぱりやってみるか?」
「それ違法なんでしょ。やりませんよ」
「……お前はどうも真面目すぎるな。よく言われるだろ」
「ええ。でもそこまで悪い思いはしてきてませんから、真面目で正しいと思ってます」
セルバスは名残惜しそうにパイプの火皿で仄かに赤く燃える草を見つめる。
「港についたら警備兵が入ってくる。殺人が起きたんだから当然だ。船も隈なく捜査されて、こいつが見つかれば俺は別件逮捕ってやつにされちまう。だからバイマールズにつく間に全部楽しむつもりだ」
早いペースで一回目を終え、二回目を楽しむために次の草を詰める。
手の空いた船員たちも別の場所に集まり、セルバスと同じくして楽しんでいる様子が見える。
みなやはり恍惚な表情を浮かべ、不気味に笑っていて気味が悪い。
「お前は寝なくて良いのか?」
「え?ああ、なんだか眠たくなくて」
たこ部屋は現在封鎖されており、乗客たちはセルバスが言った通り甲板に整列して眠っている。
その間をセルバスと船員たちで守る形で取り囲む。
この状況で殺人を行う者はいないと考えてのことであった。
「安心しろ。あれは単なる冗談だ」
「分かってます」
カインはぶっきらぼうに言った。
夕暮れ時に言われたあの一言を許すつもりはない。言うべきではない冗談である。
「お、そうだ。こいつを忘れてる所だった。お前のだ」
セルバスはカインに覚えのある鍵を手渡した。
手のひらにのせすぐにどこのものか分かる。
「え、いいんですか?」
「いいもなにも最初から渡すつもりだ」
「あ、ありがとうございます」
「お前は金を払った。だったらこちらもそれに見合ったものを出さなきゃならねぇ」
セルバスが急に善人に思え始めた矢先であった。
悲鳴が聞こえてきた。
みなが一斉に明かりの届かない甲板へと集まるも、その声は船内からであった。




