11-9
ダメ元で軽くノックするも一度もドアのほうを見ることなく、まるで聞こえていないかのような振る舞いをしている。
一度甲板に戻り、あの男に鍵のことを言うのは少々はばかれる。
カインは最初の部屋を再び覗いた。
最悪、ここで過ごせばいいが払った銀貨のことを思えば易易と決断することはできない。
しばし考え、突き当りの残りの一室を見た。入り口のドアからして価値のある雰囲気を漂わせる。
あそこは料金表の最上段の金貨の部屋だろう。
あまり自分から関わるべきではないと考えつつも、少しばかりの好奇心に負けて中を覗こうとしようとした。それまでのものとは違い、丸窓は高い位置に備え付けられており、カインの背ではつま先立ちしなければ届かない。
体重をつま先で上手く支えてやらなければ、身体は前のめりとなってドアにぶつかってしまうだろう。
もし中に人がいたら……。
カインの無謀な試みを人形が黙っているわけもなく、実行しようとした瞬間に首根っこを掴まれた。
そのまま宙へと持ち上げられるが無抵抗のまま頭を冷やす。
「そうだよね。ちょっとどうにかしてた」
カインは踵を返すと、諦めのため息を吐いて雑魚寝部屋の中へとはいった。
カインの登場に一斉に視線が注がれる。
次いで頭をかがめて入ってきた人形の姿に驚き、カインが主人のような振る舞いをして二度驚いた。
あまり目立たないようにと、部屋の隅へ身体を押し込むように座る。
人形は座ることはせず、カインの真横でたったまま乗客たちを監視するようにして佇む。
「君も座りなよ」
人形に休息は必要ないかもしれないが、周りを落ち着かせるためにも座らせる必要があった。
カインが開いている横を軽く叩くと、人形は腰を下ろした。
それと同時に船の横揺れが起こる。
左右にゆっくりと揺れながらカインは一人で驚いて周囲を何度も見るが、乗客たちは落ちつている。
何かが起きているはずだというのに誰一人として騒ぐものはおらず、みな暇をつぶすものを持ち各々が時間をつぶす。
一向に止む気配もなく、落ち着かないカインに乗客の一人が近づいてきた。
まだ十にも満たない女の子で遠くからこちらを見つめる女性は母親だろう。
「お兄ちゃんトイレ?」
少女の思いもよらぬ一言にカインは苦笑いで首を振った。
「じゃあどうしたの?なんだかそわそわしてる」
「心配させちゃって、ごめんね」
「ううん。なんでそわそわしてるの?」
「なんだかさっきからこの船、揺れて無い?君は平気なの?」
カインの不安な顔に少女は笑った。
「船ってのは揺れるものなんだよ。お兄ちゃん、船は初めて?」
「うん、生まれて初めて乗った。そうか、船ってこういうものなのか」
少女のいう事なのであまり鵜呑みにすべきではないと考えるも、誰かと話せた事で少し気持ちも落ち着く。確証のない言葉でも一人でも自分の考えに沿ってくれれば安心できる。
「君はお母さんと来てるの?」
「そうだよ。あそこにいるの」
やはりあの女性が母親であった。
「お兄ちゃんは誰かと一緒?」
「うん。隣りにいるこの……えーと、お兄さんとね」
お兄さんと呼ばれ戸惑う姿を見せる人形を二人は少し笑った。




