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やや昇り勾配のある桟橋を渡った先の木甲板に降り立つ。
同じ服、同じ頭髪の船員達が隙間なく横一列に肩を寄せ合いながら、四つん這いとなって一糸乱れぬ動きで甲板を擦る姿が目に留まる。掃除道具なのだろうか、手には頭ぐらいある茶色の薄毛の果物の実を半分に割ったものを持ち、丹念に甲板を磨きあげている。
その指揮をとる男、船員達と比べるとやや小柄で年老いているが威厳のある顔つきであった。
カインがそのまま素通りしようとした時、腕を掴まれた。
「おい、お前」
「は、はい」
鋭く酒ヤケした声にカインは緊張した声となった。
「どこから忍び込んだ。うちの船にタダ乗りするとは良い度胸じゃねぇか」
掴んでいた腕を己の方へと引き寄せ鼻同士がくっつくのではないかというぐらい顔が接近した。
肉類しか食していないことがまるわかりな口臭にカインは鼻を抑えたい衝動にかられ、顔を背けて一瞬の合間に息をした。
その態度が気に入らない様子で眉間に皺をよせた男はさらに凄んでみせた。
「この場で半殺しにしてやってもいいんだぞ」
「ちょ、ちょっとまって。待ってください。チケットならここにあります」
カインはサックにいれたチケットを渡した。
男は半信半疑の顔で奪い取ると、薄曇りの眼で文字を追う。
「珍しく正式のもんだ。返すぞ」
何の前触れもなく手を離されカインは前のめりに倒れそうになる。
寸前のところで男が助けてくれ、カインから奪ったチケットを少し歪めて手渡した。
「お前が正規の客ってことはわかった。だが、自分勝手な真似はするな。ここでは俺がルールだ」
男の傲慢すぎる態度にカインは何も言い返せず、手の止まっている部下の横腹を足で蹴る姿は最悪に映った。
船内と入る小さな入口を見つけたのは、船が出向してすぐのことだった。
カインは出発してからしばらくは、甲板でくつろぐつもりでいたが、船員たちのむさ苦しい掃除風景に少し嫌気がさして、出航と同時に船内ににげこんだ。
極端に短い廊下が一本伸びており、ドアの数は3つあるだけで、間隔も随分と狭い。
どの部屋が自分の所だろうかと手前にあるドアの丸窓を覗く。
最初の部屋は殺風景なもので客同士を隔てる仕切りはなく、ましてや寝具の類は一切ない。
ここではないなとすぐに他所を確認しようとしたが、人の数に驚く。
すし詰め状態とまではいかないが、眠る際に寝返りをうつのが困難なぐらいには満員となっている。
受付が見せてくれた料金表の最下層にあった部屋ここで間違いない。
カインは怪しまれる前に身を引き、今度は筋向かいの部屋を覗き込んだ。
四隅にそれぞれベッドを置き、ベッド同士の間隔は大人二人が手を繋いがぐらいの空きがある部屋。
うち二つには乗客が腰掛けており、二人とも男性であった。
受付のいっていた部屋はここで間違いなさそうだ。
カインは中に入ろうとツマミを持つ寸前に鍵穴があることに気づいた。
「鍵・・・もらってないよね」
人形に確認をすると、人形はしばらく沈黙してから首をひねった。




