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リッツの怒りなど他所にスネアは淡々と己に課せられた責務に追われていた。
これ以上は無駄だとカインはリッツと共に退出し、支部の外で塀に背を預けて途方にくれていた。
通り過ぎる町民達と目があうと手を振ってくれる。
もう少しは町を救った者の一人として扱われそうだが、それもいつまでか。
「さっきは悪かった。お前がいなきゃスネアさんを殴ってたかもしれない」
顔を俯かせたまま表情は険しいリッツが重い口を開いて謝罪をした。
カインは何も言えずにいた。
この人にとっては帰る場所だったが、主のあの態度は納得いかない。
新参者のカインですらそうなのだから、リッツの心の内は相当なくるものがあるはずだ。
「なぁ、カイン。お前はどうするんだ」
「僕は……」
既に決心はついていたが、いざ言葉にすると喉元でひっかかったまま出ようとはしない。
一言いえば済むはずなのに躊躇いが出てしまう。
酷い仕打ちをされてもなお、打ちひしがれた場所から救ってくれたスネアにまだ何も返せていない。
「素直に言えよ。俺と違ってお前にとっちゃあテティス商会で働くことは全てじゃないだろ。そもそも、冒険者がなんで商会の護衛なんかしてるんだって話だ」
「素直に言いたいです。でも、スネアさんの良心を裏切る事はしたくないです」
「良心って、あれは別にそんな大層なもんじゃないだろ。あの人がいかにもやりそうな手口の一つだ。だいたい、相手は商人だ。人との駆け引きなんて得意だし、使えるものはすり減るまで使う性分だろう」
リッツの吐く毒は止まることを知らず、溜まっていた鬱憤を残さず出し切るつもりで言い続ける。
「俺たちは所詮、金で繋がった関係だ。港にモンスターが襲ってこようかって時にも何人残った。大勢が慌てて逃げ出し、給料が貰えないってわかった途端にトンズラじゃねぇか。恩義や忠義なんてものはねぇよ」
「でもリッツさんは違った。貴方はテティス商会を愛していた」
カインの言葉にリッツは身体を震わせた。
「そうだ。俺は愛していたし、愛されていると思っていた。気に入らない連中もいたが、家族ってのはそういうのもひっくるめて家族だ。好かれるよう努力もしてきたし、そのおかげで受け入れてくれた人は増えていった。俺は家族だと、家だと思っていたなのに……」
リッツは言葉を詰まらせたままカインから顔を背けた。
続きを聞こうとしたが、僅かに見えるリッツの顎にはいつしか涙が溜まり、耐え兼ねたそれらがゆっくりと地面に落ちたのを見たカインは、通りを歩く人々を眺めながら見て見ぬふりをした。




