10-11
スネアはそう言って、書類の山を崩すことにとりかかる。
ため息を吐きながら慣れた手つきで己の印を押していく。
あのバルサックがスネアの奴隷だったとは全く知らなかった。
確かにいわれてみれば自分たちに接する時とスネアの時とでは態度が違っていた。
しかし単に目上の者に対しての敬意や雇っていただいたという恩義からくるものかと思っていたが、奴隷とは想定外であった。
「借用していたこの建物も払う目処が無いと伝えると、担保として入れていたバルサックをもっていかれた。
解放といったが、あれはワシからという意味だ」
「今バルサックさんはどこへ?」
「分からん。ワシは仲介業者を通して建物の持ち主と賃貸の契約をしていてな。おおかた、その持ち主の元へ連れて行かれた可能性がある」
「持ち主の名前は分かりますか?」
「さぁな。聞いた話では土地の売買で悠々自適に暮らす成り上がりの貴族だと言っていたか。どちらにしろこの街にはもうおらん。ここよりも遥か北の大都市へと移動を始めたはずだ」
「なにか、なにか手がかりはないんですか?」
スネアの事務処理を邪魔するかのようにカインはおもわず腕を掴んだ。
「カイン離せ、仕事ができん。そこまでしてなぜあの男に執着する。お前はどちらかといえばあいつから邪魔者扱いされていたではないか」
出会いも酷く、扱いもまともではなかったが次第に同じ剣を振るうものとして敬意が芽生えていた。
人間性はともかくとして、自分よりも格上の相手。学ぶ所はあり、教えを乞う事もできたはずだった。
「確かにそうです。けど、学べる所はありました」
「お前のその向上心は目を見張るものがある。その心意気は決して失うな」
「はい……」
いなされた気分で短く返事をした。
カインが次の指示が出るまでしばし天井を見つめているとドアを蹴飛ばすように開いた。
リッツであった。
表情は赤く、少し垂れ気味である目は見開いて歯をむき出しにしていた。
何事かとカインは怯えたが、スネアは机に向けていた目を一度だけ向け、何事もなかったかのように再び書類にとりかかる。
その態度がリッツをさらに激高させた。
「スネアさん!どういうことだ、この家を売り払うって!」
今にも飛びかかりそうなリッツを制止しようと追ってきた護衛達が暴れる前に羽交い締めにした。
かえって余計に刺激を与えてしまいもがいて暴れるリッツをカインが近づいて肩を叩いて落ち着かせる。
「リッツさん、落ち着いて」
「落ち着けだと!カイン、俺に指図するな。生意気だぞ」
周りを見る冷静も失い闇雲に暴れるリッツにカインは同情を示した。
食堂にいる時にここを家だと満足気に語っていた数時間前の姿が嘘のようで心が傷んだ。




