10-10
慌ただしく聞こえてくる音にカインは目を覚ました。
少しばかり早く起きてしまったが朝陽は十分に昇っており、今日は少し暑い気がする。
寝惚け眼で廊下に出ると、従業員の一人とあわやぶつかりそうになりながら寸前でかわし、一言も謝罪なしに風のように去っていく。
音は支部内全体で聞こえてきており、ただ事ではないことを知りつつも空腹を満たすために食堂へと向かう。
普段なら廊下に漂う良い香りが一つもしないことを不審に思い、自然と足が早くなる。
入り口が見え始め、異変を調べるべくドアを開けるとそこには誰もいない。
奥に見えていた厨房には人影もなく、テーブルにはコップの一つも置かれていない。
昨晩ここで食べていたはずだが、何が起こったのだろうか。
カインは仕方なく外にでて食べようと残り少ない路銀を取りに部屋へ戻ると、そこにはスネアがいた。
「カイン、どこへいっていた」
「朝食を食べに食堂へいってました」
「そうか。残念だが、もう食堂へ行くことはできない」
「どういう意味ですか?」
「本部からの鳥の伝えが少し前に届いてな。ここを勝手に売り払うという決定がくだされた。なのでワシらは今日中にここを出ないといけない」
「えっ」
カインは一瞬で凍りついた。
給料の未払いでさえ癪に触るというのに、住む所さえ失わなければならないのか。
「そういうことだから、カイン。すまんが、今すぐに荷物をまとめておいてくれ。またあとで確認に来るぞ」
スネアは抑揚のない声で眉一つ動かさずに無表情のまま部屋を出ていった。
とりわけまとめる荷物ものなど最初からないカインは新調したサックにあれこれ詰め込むと、すぐにスネアの私室に向かった。
非常に短い期間であったがここを去ることになりそうだと胸の内は穏やかではなかった。
顔見知りの護衛達はすでに退去した後のようでリッツやバルサックに会うことはできなかった。
部屋の前には必ず一人はいた召使いも今や誰一人として残っていないらしく、二つの観音開きのドアが今は虚しく感じる。
軽くノックすると、小さな声が聞こえたので入室した。
「カイン、か。どうした」
山積みにされた書類の横から顔を覗かせるスネアの表情は酷くやつれている。
怒っていないというのに眉間に皺がこれでもかと寄せられ、腫れぼったい目と相まって悲壮感はピークに達しようとしていた。
「荷物をまとめて来ました」
「かなり早かった。ワシが部屋に戻ってまだ数分だぞ」
「元々なにも無いのですぐに終わりました」
「そうか。急かしたみたいで悪かった」
「いえ……ところでバルサックさん達は?」
カインの言葉にスネアは外を一瞥した。
そして書類から逃げるべく立ち上がり、部屋中をウロウロし始めた。
「あいつは解放された。もうワシのものではなくなった」
「解放?やめたんですか」
「やめた?ああ、そうだ。あいつはワシが購入した奴隷だったんだ」




