10-8
「私個人としては、貴殿を一介の商会の護衛にするには少し惜しいと考えている」
青年将校の目の奥は獲物を狙うような目をしている。
カインはその目が怖くなり、振り払った。
途端にそれまで石像のように動かずにいた兵士たちが武器を構え、カインに向けた。
多数の鋭い槍に囲まれたじろぐ。
「やめろ。ただの戯言だ」
手の平を下に落とす仕草をすると兵士たちは再び本来の任務に戻る。
カインはこれ以上相手にするべきではないと考え、今度こそ逃げるように去っていった。
やはり港が一番落ち着く。
完全に汚れの落ちた路面に設けられたベンチに座り、アホウドリの鳴き声に耳をすませる。
複数の漁船と商船、それに混じり二隻程度の旅客船が港にすし詰め状態で停泊し、次々とモノや人を運び降ろしていく。
見たことのない形の動物や人種。高級感漂う嗜好品の数々に加え、その中に隠すかのように急ぎ足で運び出される武器の類。
あれはモンスターを討伐するために使われるのだろうか、それとも……。
嫌な想像をしてしまい雲ひとつとない空を見つめたままゆっくりと目を閉じ、慣れ始めた潮の香りを堪能する。
この街を出るのはいつ頃になるだろう。
「遅かったな、カイン」
夕暮れ時、支部に戻ると入り口の方でスネアが箒を持って掃き掃除をしていた。
普段なら召使いが淡々としているのだが、姿は見当たらない。
そういえば、昨日から人影が少なくなった気がする。
今朝も廊下を通って食堂へ向かうまでの間、誰一人も会うことはなかった上に朝食を摂ろうとしても給仕が寄ることはなかった。
「スネアさんが掃き掃除なんて初めて見ました。召使いさんは休みですか?」
召使いの行方が気になり、カインが尋ねる。
その言葉に一瞬身体を止め、暗い表情のスネアがカインの肩に手を添えた。
「あいつはテティス商会をやめた。あいつだけじゃない、大勢が去っていった」
「え?」
「ザラタンの件でな、ワシらの積荷がたまたま港に置きっぱなしにされておった。それをあいつらが全部壊してしまって、大赤字になってしまったわ」
「大赤字?」
「給料の支払いが当分未定だと告げたら、手のひらを返すように荷物をまとめてでていきおった」
「それって……僕の分も……です……か」
唖然となってしまい、言葉を途切れさせながら言うとスネアは頷いた。
「そこでだが、明日にもこの支部を一度閉鎖してテティス商会の本部へ向かおうと思う。ややこしいが、本部と支部はあくまで名目上でわけているわけで、実際には別の人間が運営しておるんじゃ」
「どういうことです?スネアさんはテティス商会の代表ではないんですか?」
あの街道で初めて出会った際に確かにそう名乗ったはずだが、記憶違いだろうか。
「それは正しい。ただワシはあくまで代表の一人。スネア・テティスであるが他にもテティスの名前をもっているものはおるんじゃ」
「えぇと、僕はつまりどうなるんですかね」
「未払いのままで申し訳ないが、本部までついてきてくれるか。本部までついたら何とか捻出しようと考えておる。そこまで辛抱してほしい」




