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「で、でも。もし旅先で壊れてしまったら」
カインはそんなことを漏らした後で慌てて口元を抑えた。
本心から出てしまった言葉だったのだろうか、人形を見つめる。
「それはこの子の運命だったって思うわ。それに私達にいつまでも囚われちゃダメって意味もあるの」
「囚われちゃだめ?」
「この子たちだっていわば人に近いものよ。貴方も少し旅をして分かったと思うけど、けっこう気まぐれな所があるでしょ。行動の全てが合理的じゃないことなんて多々あったと思うわ」
言われてみれば何の意味があるのか分からぬ行動に心当たりがある。
見た目を変えれば事情を知らぬ者には人にしか見えない気がする。
「ナルシカ一族は確かに彼らを造った。けど、彼らが世界に散らばってからは、自分自身がそれぞれの生き方をしてきたはず。カイン君と出会う前、この子がどんな生活をしてきたか私達は知らない。けれども、時間はずっと止まっていたとは思わないわ。暖かな春の日差しに感謝する日もあれば、冬の耐えれぬ寒さを憎んだ日もあったんじゃないかしら」
モニカは続ける。
「この子に世界を教えてあげて。貴方が世界を知りたいように、貴方の役にたたせてあげて。大丈夫、ちょっとやそっとじゃ壊れないように強くしてあげるわ」
モニカは人形の鳩尾辺りに手を当てると、その部分がゆっくりと開いた。
中には六角形の透き通った濃い青色の鉱物が入っている。
「な、なんですかそれはっ」
モニカはカインを近くまで寄るよう手招きして、実際にそれを触らした。
見た目からは想像できない程に表面は重厚で硬度もある。
触ると冷たい感触が指先から手首に達し、筋を通り肘の下まで刺されたような刺激があった。
驚いて手を離すとモニカが笑う。
「今の感覚があるのね。それはこの石の性質なのよ」
「何の石ですか」
「先祖たちは魔法石と呼んだわ。今も似たようなものが鉱山やモンスターから取れたりするけど、あれは単なる魔石。魔法石とは比較できないほどに脆弱な存在よ」
カインはそれからもう一度だけ石に触れた。
「人形はこの魔法石の力で動いているの。私達でいうところの心臓よ。これが砕けてしまえば人形は動かなくなるわ。逆に言えば、これさえあれば頭や四肢が千切られても直せば動くわ」
さらりと恐いことをいうモニカの目は純粋なものをしている。
技術者としての瞳……というべきか。
「カイン君。もう一度聞くわ、この子を旅に連れて行ってちょうだい」




