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時間にしてみれば数日足らずだが随分と久しい気持ちになる。
布の中には人形が直立不動で立っていた。
目の前にいるカインにふれることはなく、黙ったまま1ミリたりとも動かない。
表面を覆っていた砂は剥がれ落ちており、出会った頃のあの木目の骨格をしていた。
「な、なんで人形が?」
カインは大きな声を出して驚いたので下にいたレーベが心配そうに声をかけてくれた。
「大丈夫、大丈夫。こっちの話」
下のレーベに聞こえるようにモニカが明るい声で伝えてくれるが、カインの心臓は驚きでいまだ鳴り止まない。
「実はね、この人形。私達の一族が造ったものなんだよ」
「私達の一族?モニカさん……獣人の?」
「そそ。それこそ最近の話じゃなくて数百年前から数十年前に造られたもので、世界中に散らばってるの」
「で、でもなんで?」
モニカの話が信じられないとカインは怪訝な表情をした。
嘘をついているわけではないかもしれないが、話が唐突すぎて頭が理解できないでいる。
「私も驚いたよ。この店は普段入れないように入り口は隠してるんだけどもね。レーベのお兄さんとの約束も無かったし、正直怖くてね。それでゆっくりと扉の隙間から見たら人形が立ってたってわけ。つまりね」
モニカは説明をしてくれた。
ナルシカ一族が持つ道具の中には数世代に渡って受け継がれるものがあるらしい。
詳しくはいえないが、それを所持していることで同族などは互いに近くにいる場合は反応があり、それを通して会話ができるという。目の前の人形は一番新しい型式らしく、初期の試作と比べるとだいぶ高性能だという。
人形には製作者のナルシカ一族が近くにいる場合、数年以上の操作が無かった際には近場の者の元へと近づく機能があるという。それのおかげかナルシカの元へとたどり着けたというわけであった。
「まさかカイン君と旅をしていたなんてね」
「えっでも、僕一緒にいたなんて一言もいってませんよ……」
「実はテティス商会のスネアさんからギルド長に連絡があってね、そこからレーベ君を通じて私に届いたってわけ。ごめんね、何もしらなかったみたいで」
自分の知らぬ間に情報が次々と伝わっていたようでカインは歯がゆい気持ちとなった。
一言言ってくれればいいものの、先程のレーベの言葉を思い出し深くは入らないことにした。
「それでね、カイン君さえよければこのまま人形と共にいてほしいんだ」
モニカの思いがけぬ一言でカインは数秒かたまった。
嬉しい気持ちの反面、なにやら危険なものに足を入れてしまっているのではないだろうか。
いやもうすでに片足程入っているとみていいかもしれない。
考える内に断る気持ちが強くなる。
「……その顔はやっぱりダメってことかな」
モニカの耳が元気無く萎れていく。
「ダメというか、せっかく見つけられたものを僕なんかに預けてもいいのかなって思いがあります」
偶然にも持ち主の元に戻った以上、無関係の自分が首をつっこむべきではない。
ここから先はモニカ――ナルシカ一族の問題になるはずだ。
「それは気にしなくていいよ。どうせ私が持ってても意味がないし、かえって危険なの」
「いや、でも、僕のほうが危険だと思いますけど」
頑なに遠慮するカインをよそにモニカは人形に優しく触れた。
途端に琴線に触れたかのように一瞬だけ人形の身体が痙攣をし、構えていた姿勢を崩した。
そして、周囲を見渡す動作をしたのち、カインに木目の顔面をむけた。
「きっとこの子は君の旅の役にたつと思う。人助けだとさ、思ってさ。どうか連れていってあげて」




