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翌日になり、昨日の事など町の人々は気にする様子は見られなかった。
血で塗られた港の周囲はすっかりと清掃され、ここが地獄であったことなど一部のものしか分からない。
それでも建物の隅や街路灯の支柱の一部には痕が残っている。
カインはそのほんの一部を見つけ、手の甲で優しく撫でた。
ここは角を曲がろうとした際に目の前を吹き飛んでいった兵士がいた場所で、薄く残る血痕は彼のものだったのだろう。
雰囲気は変わらずとも残るものはある。
「カイン」
ギルドの鍛錬の時間はまだであったが、レーベが買い物に付き合って欲しいとのことで今は二人でいる。
「何を買われますか?」
「頼まれ物が幾つかありますが、大荷物ではないので何とかなります」
最初にまわる店は薬草を扱う店であった。
そういえば、こういった店に入るのは初めてのことであるがテティス商会の支部の大きさと比べれば小屋みたいなものだ。
気を利かせてドアを先に開け、レーベを中に入れる。
「いらっしゃいませ」
小さなメガネをした店主の男がカウンターに座り、読み物をしていた。
客は一人もおらず、明かりも仄かに薄暗いが、棚や瓶に詰められた様々な薬草はカインの興味をひく。
一つ手にとり、顔を瓶に近づけて眺める。
不思議な形をした親指ぐらいの蕾状の草だが、これだけで値段は銀貨一枚もする。
落として割ったら大変だと、すぐに棚に戻す。
「店主、頼まれたものだが今あるだろうか?」
レーベはメモをとった紙を店主に手渡している。
店主は腰掛けていた椅子から立ち上がると、店の中を周りながら一覧にのっているものを確認している。
邪魔にならないようにと少し離れ、気になる薬草達を見て回る。
「気になりますか?」
薬草が揃うまでレーベもカインの隣に立ち同じ薬草を見つめる。
「とても。どうしてこのような小さなものが時に傷を治したりするのか不思議です」
「確かに。私は薬師ではないので分かりませんが、興味があるようでしたらギルド長へ伝えておきましょうか」
「いや、そこまではいいです。僕はまだ剣の道の途中ですから。他のことに気を取られている余裕なんてないですよ」
今度は平皿にのせられた細長い枝のような薬草に触れた。
香りが沸き立ち鼻腔を刺激する。
危うくくしゃみがでそうなところを寸前で抑え込んだ。




